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忙殺されるかのように戦場を旅した。
あえて激しい戦場に行くことこそが贖罪になると思っていたのかもしれない。
不思議と死を感じるようなことはなかった。
何百の敵を倒してきただろう。
いくつの屍の上を踏み越えているのだろう。
この世界はゲームだ、現実と呼ぶにはあまりにも多くのものを奪い過ぎた。
「お前を殺すためにここまで来た」
漆黒の闇を月明かりだけが照らす。
大理石で作られた神殿で両者は向き合っていた。
青い機械の装飾をまとった片割れが言う。その声に激しさは無いが、静かに淡々と言う声は強い決意を感じさせた。
「待っていたよ、新城明」
最高位の天使を模した、純白の機械天使が彼の声に答える。
高々七つのデータを集めるだけの簡単な作業だと思っていた。そうすることが彼女を再生させる唯一の方法だと思っていた。
そして、目の前に最後の一つを抱えた相手が立っている。
「アティド・ハレ。あんたは誰よりも強く、何よりも正しかった」
あらゆる罪を赦し、受け入れる共同体としての『白の教団』。
彼らが行動することで多くの命が失われたが、救われた者の方が圧倒的に多いのだ。
対立している者達まで受け入れ、同化させ対立を消し去っていく組織。彼らの存在があればこそ、個別の戦場という単位ではあっても白く塗りつぶされていき、争いは減少していった。
絶対者として君臨する、『教皇』があればこそ彼らは再度暴徒化せずに矛を収めた。
もっとも、適度に内部のガス抜きをするための鎮圧行為でもあったのだが。
「絶対的な正義などあり得はしないさ。君の正義もまた、一つの正しさだ」
正義という概念は、あくまでも相対的なものであり、対立概念としての悪を必要とするもの。
ゆえに観測する視点が変われば正義は悪に、悪は正義に転化し得る。 『黒の旅団』もまた、別の形で秩序を形成しようとしていたが、現実の利益を優先する集団にとっては、仮想とは富や武力を増やす手段でしかなかった。
仮想で正義を実現するものと、現実における力を獲得する手段として力を振るうもの。
金銭や権力を得るため手段としてそれを求めるのならば、後者の方がいかにも強力にみえるが、実際はその逆だ。
手段としてしか考えられぬ者には、見返りのないことができない。利益で束ねられた集団が利益を生まない行為を肯定することは、自己否定になってしまう。それは本来ないはずの制限を自身に課してしまい、あるはずの選択肢を奪っていく。
「だが、道は違えた」
共に戦う同士となり、同じ道を歩む未来もあったのかもしれない。だが、そんな未来は訪れなかったからこそ、今という現実がここに存在している。可能性という未来が収束して今という現実を形作り、過去となって確定していくのだ。
「復讐も一つの正義だ。君には、俺を裁く資格がある」
最後の鍵は、彼らの命と共にある。
勝者は全てを奪い、敗者は全てを失う。
全能なるものとなった勝者が望むのならば、死者との邂逅すらここでは叶うだろう。
「誰に認められるまでも無い。俺は、俺の正義を貫くだけだ」
妖精は挑む、頂に君臨する者へ。
『魔女』が嘆いた未来を書き換えるべく託された、最後の希望、システムそのものたる黒木愛と共に。
「ならばその正義、証明して見せろ」
御使いは試す、その力を。
それは、天宮水月と共に死線に挑んだあの時の戦いの再現。
「決着をつけよう。これで最後だ」
多重AAによる黒衣をまとった青い妖精は破滅を求め。
重なり合うAAを白衣としてはためかす白い天使は再生を望む。
対となり終へと向かい時が動き出す。
「ならば、これで全てを」
「「終わりにしよう」」
白と黒、光と闇の鏡写し。
鏡像はぶつかり合い、砕け散る。
しかし、それさえもまた、創造主達の掌の上の出来事でしかない。
この戦いは、アハリ・カフリとシロエ・ロートシルトが仮想そのものを舞台として、分割された自身の手駒を利用しその実権を奪い合うゲームだ。もっとも、ゲームと呼ぶにはあまりにも舞台装置が大掛かり過ぎてはいるが。
互いの駒は七つ。
複製し分割された意識は、それぞれ自我を持ち仮想という世界で人格を形成する。全ての情報ではないが、本人の知識を持ち才能を与えられ周囲の情報を書き換えていく。存在しないことを認識させない存在である彼らは、どこにでも存在し得て、同時に存在しないものだ。
あるものは国の指導的な立場に、あるものは特定の分野の才人としての役割を与えられ世界に紛れ込む。一角の人物として注目されれば、露見する可能性も高いが相手の方から接近してくる可能性も高まる。
いち早く自身の統合を成し得ることこそが勝利への近道だが、人数というメリットを失うデメリットでもある。
あらゆる方策を考えたシロエであったが、自身に致命的に足りない武力を得るために、器としての肉体を作り出すという結論に至った。自身にないのならば、作ってしまえばいいというのは仮想の生み親ならではの発想だろう。
駒を使い外堀を埋めることはできても、最終的に直接的な手段で相手を殲滅することができなかった彼女は、自身の剣として『教皇』を用意したのだ。
優れた肉体や、優れた頭脳を持っていたから彼は強いわけではない。そもそも、それがあったのならそんな存在をあえて作る必要などないのだ。肉体としてのAAに優れた頭脳を持ったデバイサーがいればそれで済む。
だが、彼女はアハリ・カフリ以上に強い存在を知らなかった。
彼の模倣をすればいい勝負はできるだろうが、勝つことはできないだろう。
だから彼女は、仮想の特定の時点から時点までを移動するロジックを彼に組み込んだ。
もしも敗れることがあれば、全てのデータを引き継ぎ次の周回として持ち越せるようにアティド・ハレの肉体に細工をした。
それは、ハードディスクのデータに上書きを無限回に繰り返すかのような呪詛。
鏡写しの迷宮の中、姫を助け出すまで勇者は戦い続けなければならない。
たとえその敵が自分自身であったとしても。
伏線回収、ここまで読んでいた方たちにはある程度推測がついていたと思われる内容です。今回は普段よりも、早めに更新できました。