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ROG(real online game)  作者: 近衛
六章
147/151

6-5-2 line

 世界は黒く色付き、闇の底に沈んだのかのようだ。

 椅子に座っているはずなのに、宙に放り出されたかのような浮遊感がある。

 色彩を失った世界は、澱んだ沼の中に放り込まれたようでもある。


 「また、俺は何もできなかったのか」


 溺れるような苦しさがある、

 狂ってしまいそうな憎しみがある、

 ただただ流れる涙を止められないでいた。

 立ち上がろうとして、大地という支えを失ったことに遅れて気が付く。

 宙に放り出され、椅子ごと床に倒れこむ。

 全身を駆け抜ける痛みが、これが夢ではないと訴えてくる。

 派手な音がしているはずだが、耳鳴りがひどく何も聞こえない。

 感覚を失うほどの絶望をして初めて、殺したいほど憎悪する相手を理解できた。

 なるほど、絶望的な結末を見たくないのならば、何度だって繰り返すだろう。


 「君は、十分に戦った。彼女は、最初からいないんだ」


 ノックの音は聞こえなかった。

 

 「それでも、俺は彼女を愛していたと思う。今となっては、自分の感情すら曖昧だが」


 周囲の記憶を改竄しながら存在し続けていた天宮水月という情報体に対する認識は、それ自体が本当に自分の感情であったのかもわからない。

 『破戒』によって、外部からの情報と切り離されたとはいえ、信じたいという感情と信じたくないという感情が相反している。


 「何故、自分ではなく水月を助けなかったと責めないんだね」


 彼女もまた、二律背反の感情を持て余していた。

 愛しい人を助け、親しい人を失うか、

 親しい友を救い、愛しい人を失うか。

 結局、肉体は敵を殺すよりも、目の前の愛しい人を救ってしまっていた。 

 相手が攻撃する瞬間こそが最大の好機ではあった。しかし、結局、明を犠牲にして相手の首を取りに行くことを選べなかった。


 「通信記録を確認したんだ。俺が死んだら意味がないと、君は言ってくれた」


 「君はずいぶんと趣味が悪い」


 涙にぬれた顔を鏡がのぞき込む。 

 その瞳には、ぐしゃぐしゃになった顔が映る。


 「ひどい顔をしているな」


 「お互い様だろう」


 「この戦いで、君は英雄として祭り上げられるだろう。望むと望まざるを関わらずにだ」


 「なら、鏡は英雄を助けた賢者様か?」


 「さあね。だが、戦闘記録から天宮水月が消えた状態で外部にこのことが漏れれば、まともに教皇と戦い、その首を落とした上で相手が離脱した状態を作り上げた君は間違いなくこの戦いの勝者として扱われる」


 天宮水月が統合されたことで、既に記憶にほころびができている。

 さっきまで行われていた戦いは、何らかの理由で予定されていた、黒の旅団首領の新城明と白の教団の教皇アティド・ハレの決闘、ということになっている。

 推測で塗り固められた理由は、互いが組織の頂点であるがゆえに極秘だと言われれば外部に漏れることもないだろう。


 「この情報を公開すべきだと?」


 「組織の運営としては、すべきだ。だが、君自身の最新の戦闘データを外部に公開すべきではない。しかし、この情報を持っているのは我々だけじゃない。相手が公開する可能性もある」


 周囲を囲っていた無数の白の教団側のAAは、全て教皇が操作していたと思われるが、中に組織の人間がいればいくらでも情報が漏えいする可能性はある。

 教団側には余りメリットのあることではないが、スタンドプレーの目立つ教皇を諫める意味と、新城明の最新の戦闘データを外部に公開できるメリットはある。

 逃走防止用の壁として出撃していた相手が、そのような行動をするとも考えにくいので主導権は黒の旅団側にあると考えていいだろう。

 そもそも、相手を殺すことよりも、目の前から生存した上で離脱する方が難しいので、勝敗の評価自体、評価する人間によって変わってくるだろう。

 決闘であるなら、教皇の行動は理解しがたいものに映るはずだ。


 「そうだな。まあ、この先なんて今はどうでもいい。今は、今だけはこの悲しみの中に沈ませてくれ」


 「今だけは、存分に休むといい。月が沈み、太陽が照らす頃には何も考えられなくなるだろうからね」


 「お前も休め、お互い様だが人前に出れる顔じゃない」


 「そうだな、もう疲れた。休むとしよう」


 張りつめていた意識が途切れ、倒れこむ鏡。


 「今頃、腰が抜けたようだ。はは、よかった、よかったよ」


 卑怯だとは思う、だが、今だけはこの温もりに触れていたい。


 「同じ、だったんだな」


 水月も鏡も同じ気持ちを抱えていた。

 取り返しがきかなくなって初めて分かった感情。

 取り戻したいと思う渇望すら喪失してしまった今となっては、全てが幻のようでもある。


 「今頃気付くなんて、馬鹿じゃないのか。本当に、君は、君という奴は、はは」


 「最低だとは思う、だが、動けないなら仕方ないだろう」


 「そうだな、今はこの温もりに沈んでいたいよ。今だけは」


 触れる頬と頬、つたう雫が暖かい。

 ぼやけていく視界、夜が運ぶまどろみも少しだけ悪くはないと思った。

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