表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ROG(real online game)  作者: 近衛
六章
143/151

6-4-3 enemy


 【JIHAD】


 「BGMは交響曲第五番か、皮肉なものだな」


 御使いの姿を模した、その機体はまさしく神の力の象徴。

 明が以前よりも強くなったからこそわかる、目の前の存在の強大さ。

 AIが世界の法則を支配するがゆえに、無敵の存在などありえない。

 ありえないはずなのだが、この仮想の中においてさえ、幻視を見せつけられるかのように思える。


 「アティド・ハレか」


 包囲されている状況では後ろに隠す意味などないのだが、それでも一歩前に出る明。

 父を殺された憎悪が、

 共に学んだ四葉を殺された怨嗟が、

 狂おしいほどに渦巻いている。

 愛しいものを亡き者にしようとする相手を、

 殺せ殺せと叫ぶ思考、

 それと同時に目の前から、見えない壁のように突き刺さる殺意。

 明は、これほどまでに純粋な殺意を相手にぶつけたことも、相手からぶつけられたことはなかった。


 「お前も我々の敵になるのか? それとも我らの軍門に下るか?」


 「俺は、お前の敵だよ。俺の目的とお前の目的は相容れないのだから」


 「残念だよ、本当に。もっとも、私とお前の言葉で教団と旅団が合流するなど、誰も納得しないだろうがな」


 対立する両組織が、トップの一声で簡単に迎合などできるわけもない。

 形式的にはできるだろうが、結局外側で起きていた問題が、内側の問題に置き換わるだけだろう。

 結局のところ、争い自体は消えない。それでは、何の意味もない。


 「周りが許さない、確かにそうだろう。我々こそが、憎しみの根源であり中心だ。」


 仮にも『黒の旅団』の頂点として祭り上げられたからこそ言える言葉。

 力を蓄え、その力で財貨を奪い、奪った財貨でまた力を蓄える。

 終わることなく増加していく無限の権力。

 力が富を生み、生み出した富が新たなる力を与える。

 それは、仮想通貨でありアビリティや武装かもしれない。あるいは、強力な仲間そのものかもしれない。

 人のつながりが、力となり、力がまた、つながりを広げていく。

 広がることはあっても、閉ざされることはない。

 

 「だからこそ、誰かがその罪を赦さねばならんのだ。すべての敵を味方とすれば争いは終わる」


 対立する『白の教団』の長は、すべてを赦すという。

 誰かが、終わりにしてくれないと永遠に終わらないのだ。

 形式的な迎合であったとしても、あるいは、死罰という最悪の形だったとしても。

 

 「だが、その味方の中に水月はいないのだろう?」


 「彼女は、本来ここにいてはならない存在だ。だから、あるべき姿へ還す」


 データ上の存在だから、消してもいいと、零と一だけの思考のように割り切ることなどできるわけもない。

 ならば、明のことを友と呼んでくれた黒木愛も同じなのだろうか。

 形があるから生きていて、ないならば消してもいいなどと生者の傲慢だろう。

 そんなもののために命を懸ける明は、きっと愚かなのかもしれない。

 だが、他人が塵芥と断ずるものが、自身には宝石に見えることもある。

 失っていいものなど、初めから何もないのだ。


 「それは、シロエという人間と関係しているのか?」


 だから、こそあえて問う。

 明が想うように、彼もまた想っているのだ。


 「そうか、そこまでは辿り着いたんだな。俺の目的は世界中に散らばった彼女のデータの断片を集め、一人の人間として仮想で再生する事だ。無論、教団そのものの意思は否定しないがな」


 「死者の再生など、本当にできると思っているのか? 宗教色を帯びた団体ではあっても理性的な組織だと思ってたんだがな」


 「彼女の思考を司っているのが、天宮水月というデータだ。アハリ・カフリと共に思考を分割し断片化した人格が仮想中に散らばっているのは当時の開発メンバーなら、半信半疑ではあるが周知のことさ。大方、マクトや黒木智樹辺りから情報をもらったんだろう」


 「確証のない話だな。仮に天宮水月がデータ上の存在だったとして、それがシロエという人格を構成していた要素とする証拠がないだろう」


 「彼女が存在していることそのものが、証拠なんだよ。自律思考して、外部とのデータとの齟齬さえも全て違和感なく再構築するプログラムなんて、誰にでも組めるようなものじゃない」

 

 本来は、存在しなかった天宮水月という人格があたかも存在していたかのように、仮想につながれたすべての人間の記憶が仮想を通じて再構築されている。

 そこまで大掛かりな処理をできるのは、確かに仮想そのものを作り出した人間以外にはありえないだろう。


 「だが、それでも彼女自身がお前を望んでいない。救うといいながら、彼女に向けられているのは刃でしかない」


 「自動統合がなされるのは、相手を打ち倒した場合だけだ。私が欲しいのは、彼女の人格ではなくデータだ。そして、救済するのはシロエという人間であり、それを構成する要素でしかない天宮水月は不要だ」


 「司祭を気取ろうが、結局お前は人間だ。神ではないお前の敵として、人である俺はお前に背くとしよう」


 「私の敵となれば、その先に待つのは確実な死だ。それを望むのならば、その命を以て与えてやろう」


 感情が凪いでいく。

 怒りはある。

 憎悪もある。

 だが、同時に相手の考えも理解できる。

 よどんでいた感情の渦が、黒一色に染まっていく。

 これが運命だというなら、それでもいい。

 

 「命などいらない、ただお前を殺せればそれでいい」


 運命が扉をたたくかのように、戦いが始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ