6-4-2 enemy
「気が付けば、いつも君の姿を探していた。だから、君ことは俺にとって特別だったんだと思う」
いつも何かを悟ったように窓から外を見下ろしていた、
人間の心を見透かしたかのように、
近づいてくる全てに失望したような色を浮かべていた。
でも、周りが思うほどには、本当は強くないから。
理解者を求めているんだって、そう思った。
「愛している、君のことを。守り抜いて見せる、この世界のどんな敵からも」
純白の乙女をそっと抱きしめる。
「絶対者の予言だとしても、避けられない運命だとしても。それでも君を愛することを俺は諦めない」
「想いを伝えてくれた君への、愛しい人からの言葉に対しての答えだ」
小さく嗚咽が聞こえる。
「馬鹿だよ、本当に馬鹿だ」
「知ってるよ、誰よりもね」
教会全体がうっすらと輝き、彼らを祝福するかのように淡い光を帯びる。
夜の闇が光に照らし出されていく。
「少し、俺も話をしよう」
「らしくないのは、明も同じだね」
「天宮水月。神童と呼ばれ、特に音楽方面の才能が顕著で各種コンクールを総なめしていたが、修光学院進学と同時にそれを放棄する異色の天才。達観しているが、音楽以外の分野でも特に能力が劣るということもなく、実技主席の新城明や座学主席の神代鏡と比肩するほどの才能を持つ」
「褒めてもなにもでないよ、明」
「各種家族関係などのデータを調べても違和感などないほどに完璧だ。おかしな点など何もない。だが、『破戒』を適用して見た自分の記憶には君はいなかった」
世界の異物に気付いてしまった。
だからこそ、黒木智樹は狂った。
この世界は、仮想現実は、既に狂っているのだ。
『破戒』とは、マクトが開発した神に抗うためのプログラムだ。
この世界の創造主、アハリ・カフリと向き合うことになった場合の備え。
外部からの干渉を無効化し同時に世界に対する書き換えを無効化するプログラム。
副作用的に、AIが規定する破壊不能の条件や、破壊された場合に本来行われるはずの統合処理がされないなどの条件を無効化してしまう部分がある。
これによってフィルタリングされた情報と書き加えられた情報の差異に黒木智樹は絶望し、半宗教団体と化していた白の教団に傾倒することになる。なぜなら、彼が救いたいと思っていた黒木愛は、仮想のみに存在する人間だったのだから。
ありもしない記憶が存在し、それを助けるために動いていた自分をあざけり、同時に彼は神を信仰するようになる。現実と虚構が入り交じり、仮想という世界の創造に深く関わっていた彼は自身を創造主とすることで自我を保った。
「私が私を否定することはないよ、私はそのように定義されてないから。でも、明がしている認識はきっと正しい」
「おそらく教皇が君を狙うのは、それが理由だろう。だが、君が誰であっても構わない」
「私に彼女としての意識はないけどね。でも、きっと私は彼女の一部なんだと思う。万能の天才が分たれたうちの一つ。それはきっとあのニクム・ツァラーも一緒」
シロエ・ロートシルトとアハリ・カフリ。
仮想を作成して消えた二人は、その起動と同時に世界中に散らばった。
肉体の複製まで含めた再生医療などにも研究分野が及んでいたために、その肉体と分かれた意識の消息は不明。あるいは、クローンを死体にして本人は生き延びているのかもしれないし、他人の肉体に意識を移し替えてる可能性すらあるのだから。
本体と思われる肉体は死亡が確認されているが、ブラックボックス状態の情報が多すぎるために仮想への干渉が困難となり、結果的に合法的無法地帯といった歪んだ状態が加速することになる。
「本来の君自身が何であるかは、わからない。シロエなのかもしれないし、それ以外の誰かなのかもしれない。だが、俺の内から出る気持ちにも嘘はないんだ」
「私には全部解るよ、貴方の心の在り様が」
月を写す水のような瞳が明の目を見つめる。
「だから、この世界そのものが嘘だったとしても、俺は最後まで戦い抜こう。君のために」
「なら、二人の逢瀬を邪魔する無粋な教皇様を倒しに行かないとね」
「倒すさ、必ず。守り抜くと決めたのだから」
予告されていたこの日。
戦場の中央にいる彼らを取り囲むように白の教団のAAが包囲していた。