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ROG(real online game)  作者: 近衛
六章
139/151

6-3-4 genocide

 電研内部の所長室で、明と鏡が向かい合って座っていた。

 山盛りにされたバームクーヘンの切り身は、鏡の座る側だけ山崩れを起こしてる。

 色合い豊かなグミや過剰な程砂糖が含まれるチョコレートにはそれほど手を付けられてはいない。


 「『白の教団』、意味のない破壊行為はしない連中だと思っていたんだがな」


 とんぼ返りになった明が、空港内で土産に買った菓子だったが減っていく速度を見る限り味はそれなりのようだ。別段、全滅していったという、新ドイツの情報機関の連中など全く気にしないというわけではない。

 だが、場合によっては全滅させてでも押し通ろうとしていた相手が死んでしまって、喪に伏して行動を自粛することに違和感を覚えたからだ。他の誰かがそれを成したから、自分は相手を悲しむなど身勝手も甚だしいだろう。

 ならば、いっそ気にしないのがふさわしい態度だと思えた。


 「それは逆じゃないのか? 意味があるからこそ、虐殺じみた破壊行為をした。そうは考えられないかい」


 ため息ともつかない、明の言葉に鏡が反論する。

 『白の教団』と『黒の旅団』。

 この二つの組織は、そもそもが仮想空間そのものを開発者達が、その内部の動きをコントロールするために作られたギルドだ。

 二元構造化した図式にあてはめ、善と悪で大まかに分類した後、組織内部に組み込まれていくことで全体の勢力図を単純化した。

 先行者の利を最大限に活かし、後塵を育成し駒として運用する。

 だが、善と悪などと言っても自身の立ち位置によってそれは移り変わっていくものだ。

 しかし、その手は紅茶をすすりつつも動くのをやめない。


 「元々、必要さえあればあらゆる敵を破壊してきたギルドだ。だが、客観的に見た場合、あえて敵対する必要性が薄いのも確かだ」


 水月が食べる分も残しておいて欲しいと思うが、それだけおいしそうに食べられると別にそれでもいいかとも思える。


 「深層というには半端であり、無傷で滅ぼせるほどには弱くはなく。かといって倒したところで大きな利益を生むわけでもない。だが、彼らの行動原理には、秩序の維持を標榜している。ならば、秩序の維持にかなう理由があったのかもしれない」


 紅茶を飲みながらもその手は止めない鏡。甘いものには目がないのは、学生のころから変わってはいないらしい。


 「利や理で物事を考えるのは、わかりやすい。だが、俺達自身がそれを超えた行動原理で動いてる。道理ではない、感情や思想、思考。『白の教団』は宗教組織の体を取っていたが、それが逆に作用した結果かもしれないな」


 宗教としての理や、教義にかなう意味での利はあるのかもしれないが、それは即物的な利益を超えたものだ。自爆テロ行為などは、その最たる例だろう。自身が死んでもいいから、教義に従いその敵対勢力を排除する。

 それを裏で操り現実の利益と結びつける存在がないとは言わないが、その個人が生きる以上の意味をその行為に抱いて行動しているのは確かだ。


 「行動そのものが宗教的な意味を持つようになった、とでも? 聖戦などと称して、自己の行動を正当化するような話だ」


 「単純な利益で動いている集団の代表が『黒の旅団』であり、一方的な破壊活動までを含めた過剰な利益に対するブレーキになっていたのが『白の教団』だった。利益を超えた善意を実現することで自分達が正義であると錯覚した可能性はある」


 「仮想の創造主達が、小さな正義の実現に全能感を抱くとは考えにくいな。だとすれば、末端の構成員が自己の破壊行為が正義であると感じ、宗教色が結果的に強くなっていたという感じかな」


 世界そのものを作り出したともいえる集団に、精々町の運営がうまくいっている、とか暴漢を締め上げた程度の行為に対して大きな思考の変化があったとは思えない。

 規律正しい理想郷を作り上げる目的とそれを実現する手段としての暴力を正義と称していた。

 しかし、暴力は暴力なのだ。

 不正を正すから正義なのであり、自身を理として破壊活動を行うことが正義では決してないのだ。


 「自分が間違っていないと思う連中は厄介だぞ」


 バームクーヘンの山が崩れ去りった皿をみて、残りを食べようかためらうように手を止める鏡の様子は、明を和ませた。

 こういった一種のブレーキを踏まない連中が相手なのだ。

 いいかもしれない、悪いかもしれないといった迷いがない。それは、強さであり危うさでもある。


 「議論の余地がないからね。そして、本場のおいしさには抗えなかったよ」

 

 最後のひとかけらを手に取り、口に入れる鏡。

 そして、時を同じくして扉が叩かれる。 

 

 「明、入るね。おいしそうな香りがするし」


 「確認の意味がないが、どうぞ」


 水月の目に映るのは、きれいになった皿。


 「それで私の分は?」


 話を聞いて楽しみにしていたものがなくなる瞬間を目撃して、水月は笑う。


 「はは、食いしん坊の魔女に虐殺されてしまったよ」


 笑いをこらえながら、明は土産の置いてあるデスクへと向かう。


 「何、一皿消えただけさ。他のものはまだある」


 紅茶をすすり、目を泳がせて薄っすらと笑う鏡。

 同じ笑みでも、その意味は異なる。

 明は対照的な二人の笑顔を見ながら、再度盛り付ける分を切り分けていた。

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