6-3-3 genocide
「こうして話すのは、初めてだな」
空港ロビーで落ち合った、明とゲイル。
方や金髪碧眼、グレーの軍服の男。
方や黒髪黒目、白い制服姿の青年が握手を交わす。
「はじめまして、新城明」
「はじめまして、というには違和感があるが。よろしく頼む、ゲイル」
「そうだな。だが、現実に接触するというのはそれなりに意味のある行為だと私は思っている。別段、礼節を重んじろとか、そういう話ではない。経験上、目を見て話した人間の方が信用に値すると思っている」
左の手の甲にある傷を隠しながら言うその言葉には、それなりの重みがあるように感じられた。
「こんな世の中だからこそ、なのかもな。文明が発達したからこそ、それ以外のものに価値を見出そうとしてしまう」
話を聞くだけなら電話でも、文章が必要なら電子メール。会話してる相手の姿が見たいなら映像通信でも、仮想で意識体ごしに会うことでも事足りる。現実であえて接触などせずとも、ビジネスをしている人間などいくらでもいた。
重要な案件だからそこ会いたいという人間がいると同時に、重要だからこそ会いたくないという人間もまた存在するのだ。
「本来はリスクしかない行為を互いに了承し合う、というのは勇気がいることだ。その一歩を踏み出すことを信頼と呼んでも、おかしくはないだろう」
「仮想とはいえ、お互いに殺し合っていた我々がそれを言うのは、滑稽でもあるがな」
敗れれば最悪の場合には死のリスクを抱えている、仮想での決闘をして、やっと交渉のテーブルにこぎつけた。だが、仮想での強さが現実の強さには直結しない。報復的に待ち伏せしたり、されたりすることを含め、あえて二人は向き合う。
「俺は、あえて自国の軍には所属せずにフリーの傭兵をしている。気楽な反面、自分自身に降りかかる火の粉は全て払わなければならない。だからこそ電子戦の技術は、相当に磨き上げたつもりだったんだがな」
「それのみを手段としている我々がそこで負けてしまったら、存在意義がない。貴方は、それを武器にしてもいるが、それだけで全てを完結してはいないのだろう? その差だと思っているよ」
「確かにそうだな。その意味では、私は特化したように見えてもゼネラリストだったか。ん、緊急通信? なぜこんなタイミングで……」
腕時計型のPITを介して、ゲイルは情報を照会していく。
数瞬で傍目にもわかるほどに、その表情は青ざめていく。
「緊急性の高い案件か? 時間がないのは事実だが、こちらは猶予がないわけではないのだが」
「いや、新城明。お前にこそ、知っておいて欲しい、情報だ」
首を振り、手で頭を抱えた後にゆっくりと相手の目を見据えるゲイル。
「俺がこの場に来たことと関係した案件か?」
「君は、関係ない。だが、君が、これからしようとしていたこととは関係がある」
ゲイル自身にも混乱があるのか、ゆっくりと短い言葉をつないでいく。
「それは一体?」
「本日、我が祖国の電子戦部隊は壊滅した。交渉は決裂だ、だが、君の目的は果たされた」
「なん、だと」
そうならないために明とゲイルは交渉してきた。
こんな結末を避けるために、動いてきたのだ。
だが、望んだ結末へは至れなかった。
「虐殺だよ。これを表現する言葉を、俺は他に知らない」
虚空を見つめ、PITを介して映像データをゲイルが明に送信する。
受け取り、再生した映像は、一方的な破壊劇だった。
「『白の教団』? いや、この練度はそれ以外にはあり得ない。だが、なぜ」
全体が白のカラーを基調にした、天使の軍勢。
その軍団が、蹂躙する戦場。
指揮するは、目に焼き付いたミカエルのAA。
「奴らは、秩序の番人。我らと交わることなどないと思っていたが」
仮想に存在する最強集団として、名を馳せてはいたが、それが自分たちと関わってくるものだとは、考えていなかった。強者が弱者に関わる意味などないに等しいのだ、だが、なくはない。
彼らの力は現実に脅威であるし、それがいつ自分達の身に降りかかってくるかわからないという事実を見て見ぬふりをしていただけなのだ。
「自称、ではあるがな。秩序の維持と称して、自己の破壊活動を正当化しているとも取れるのだから」
「虐殺の後には、何も残らず。その地は確かに平和になるだろうな。ははは、はは」
連絡を取り合うことができる人間からの最期の通信を確認して、ゲイルは笑う。
その表情は、涙をこらえているようでもあり、怒りのぶつけ場所を探しているようでもあった。
「死者を悼む気持ちは、当事者にしか汲むことはできない。我々の目的は、最悪の手段でだが結果的に達せられた。ゲイル。貴方は、元々国に準ずる機関と密に連携を取っていた、その後の進退で迷うことがあれば、連絡して欲しい」
「……御高配、感謝する。だが、今は一人にして欲しい。戦闘データなどは先ほど送ったものですべてだ。そして、君にいうのは、筋違いかもしれないが、奴らを、『白の教団』をどうか、倒してくれ」
顔を伏せ、肩を震わせたゲイルの足元にはしずくで濡れていた。