6-2-3 negotiation
クリスタルパレス。
青く輝く水晶でできた宮殿には、白い雪が降り積もっていく。
大富豪が無駄に贅を尽くさねばありえない建造物さえも、強度を両立したうえで実現してしまうのが仮想空間だ。
まるでおとぎ話のような空間に、両者は向かい合っていた。
機械仕掛けの魔術師と傀儡の皇帝。
あたかもそれは、両者の立場を表しているようでもあった。
「私は君を友だと思っている。できれば、君を殺したくはない」
「殺すだと、この私を? 勝てると思っているのなら間違いだ。ここは私のテリトリー、持ち得るすべてを以て君を迎え撃つ。そして、私自身も以前のままの私ではない」
「議会の傀儡ではなくなるくらいには、集金装置として仮想を活用できているという話は聞いている」
だからこそ交渉の余地があると思っていた。
だが、実際は違っていた。
「これは交渉、というほど大した話ではないんだ。私が君に挑む、君が勝ったらここのフリーパスを発行する。ただ、それだけの話さ」
ここが彼の限界点だった。
彼女には、きっとただの通過点に過ぎないこの場所が。
おそらくは、今こそが最初で最後のチャンスなのだ。
王として、権力者として、男として。
後押しする理由になど、意味はないだろう。
ただ、勝てるチャンスが目の前にあって、そこを追い求める。
それだけの話。
「ならばここは、神代鏡がセルゲイ・ロマノフに挑む。そのための戦場だろう」
命懸けの戦い。
現時点での互いの実力は、未知数。
加減などできようはずもない。
ならばせめて、正面から応じようと彼女は思った。
「場所も条件も関係ない、君と戦う時、私はいつだって挑戦者だ。この階層まで先に辿り着いたのは確かだが、その先へと至ることができなかった私とは違うのだろう?」
「階層を進み極限へと至ることには興味はない。だが、敵の懐に入り込まねば、勝負すら成り立たないのでね」
「『白の教団』のことかい? ある程度強くなった今だからこそ分かる。彼らは化物だ」
傲慢な物言いこそすれ、彼はおごらない。
自分自身の限界を知っているから。
そして、自分自身が全知全能な王である必要はなく、足りないのならば他から集めればいいという考えの人間でもある。例えば、兵力が必要ならば傭兵を雇う、彼はそういうタイプの人間だ。
かつてのマクト自身がそう感じていたように、王とは権力を行使する装置なのだ。行使されなければそれは、単なる象徴でもあり、行使された力は巨大な暴力となる。
「知っているさ。個人レベルでの戦闘能力が、各ギルド内のエース級の集団なんてそうそうないだろう」
「個人での戦いならば、あるいは勝利できるかもしれない。だが、組織として存在するそれは一つの巨大な化物となる」
「『黒の旅団』では、対抗馬としては不足とでも? 」
「『電研』の下部組織という形式にはなっているが、一枚岩というわけではないだろう。そもそも神国には、皇族連と電研の組織が内部で食い合いをしている部分がある。狂信的な部分すらある『白の教団』の相手は荷が重いだろう」
一定の事実ではある。
だが、無理に誇張された内容でもある。
「ギルドのリーダーであるアティド・ハレさえつぶせば、組織としてのまとまりはなくなり支配力は消えるさ。完全につぶすのは難しいにしても活動自体に組織力はなくなる」
「それができる人間が誰もいなかったからこその今があるのだろう」
「禅問答だな、組織が先か人が先か」
「現実こそが唯一無二の解答だよ、起こりえなかった事実や観測できないものには意味がない」
自分自身の手では、どうしようもない現実の積み重ねこそが、彼の立脚点だ。
そこは、もはや変えようがないアイデンティティ。
だからこそ、彼は自分自身の立ち位置を変えることや周囲を変えていこうとする。
自分自身の手には、余ってしまうのが現実なのだ。
「リアリストではあるけど、それでは現状を変えることはできないよ」
彼女にも、馬鹿なことをしている自覚はある。
だが、必要と不要だけで考えられるほど、彼女は人生を諦めてもいないのだ。
この先にある戦いも、恋愛だってきっとそうなのだ。
可能性があれば、そこに挑む価値はある。
ならば、自分は彼の挑戦を受けねばならない。
例えそれが、どれだけ叶わぬ願いであったとしても。
「知っているさ、嫌というほどね。だからこそ、君に挑むのだ。過去に決別するために、未来へと進むために」
彼にとって『魔女』の存在は呪縛だった。
怪しい光を放つ魔性であり、仮想の闇そのものだ。
力こそが全てという、原初世界の混沌だ。
なればこそ、標となる光を求めなくてはならない。
「私も道を譲るつもりはないが、望む未来を手に入れたいならば、来るがいい。避けられぬ戦いならば、押し通る」
通じぬのならば、もはや交渉も問答も不要だった。
「我と共に戦うは、勇者。混沌たる闇を打ち消す者なり」
彼にとってこの戦いは、何かを成すための手段ではなく、目的だった。
金の装飾が施された大剣を掲げ、昂ぶる兵士達に号令を掛ける。
「さあ、戦いをはじめよう」
チェスの盤面のように敷き詰められた兵隊達。
目指すのは王の首。
降り積もる雪は、その白さのままに夜の闇へと沈んでいった。
やっと更新。ドンパチやるつもりだったけど、その一歩手前になってしまった。