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ROG(real online game)  作者: 近衛
六章
128/151

6-1-3 absolute

 時は数年前にさかのぼる。

 雪が降っていた。

 今もなお白く、白く降り続いている。

 重ねられた数枚のガラスの先は、人がまともに生きていける場所ではないのだろう。

 そんなことを彼女は思った。


 「案外、ここよりはましな場所かも知れない」

 

 そっと呟いた言葉は、喧騒の中へと消えていく。

 授業が終わり、教室内はにわかに活気づいていた。

 そんな中で、目の前にいた集団のリーダー格の少年が席に座る彼女を見下ろしていう。


 「お前が留学生か、冴えない顔をしているな。皇族が顔を拝みに来てやったのだ、笑顔の一つも浮かべてみたらどうだ」


 PITが外部音声を自動翻訳した結果を脳に送信してくれるから、言語の習得具合に関わらず相手の言葉は理解できていた。

 学校に降雪という閉鎖空間では、娯楽が少ないのだろう。そんな中で、留学生という存在は一種の見世物だ。ある程度こういった状況になることも想定していた。


 「私は、あなたを楽しませるためにここにいる訳ではないのですが、ささやかな出会いを祝し、笑顔くらい浮かべてさしあげましょう」


 白く染まった景色からそそぐ光は、しなやかな黒髪を艶やかに照らし出す。

 声を掛けられ振り向いた彼女は、うっすらと微笑む。

窓際で椅子に座り、両手を絡ませ気怠げに相手の眼を見つめる。

 およそ皇族相手には、ふさわしくない立ち振る舞い。

 学校という場所だからこそ許される、とも言える態度だった。

 

 「うつく、いやお前はいったい、何者だ」


 少年は、思わずでかかった言葉を飲み込んで、ゆったりと椅子を引いて立ち上がる目の前の少女を見つめる。


 「私は、神代鏡と申します。それで皇族である貴方様は、私にどのようなご要件でしょうか?」


 ただ何の気なしに自分を見に来たと、彼自身も言っていた。

 だから、これは確認でしかない。

 流れる動作、透き通る声、穏やかな微笑みは処世術。

 本質など微塵も伴っていない仮初だった。


 「ああ、私はセルゲイ。セルゲイ・ロマノフだ。新しき同胞の様子を見て回るのは、支配者として当然のことだろう」


 ものはいいようである。

 彼と彼女の態度の間には、一枚のガラスを隔てた室内と外ほどに温度差があった。

 そんな彼女の顔に浮かべられた笑顔をどう受け取ったのか、彼はどこか上機嫌だ。


 「皇子、まだ慣れぬ異国の地で初対面の相手を気遣ってのお言葉、ありがたく頂戴いたします。さて、私はここでお暇させていただきます」


 一礼し、鞄を手に取りセルゲイの横を通り抜ける鏡。

 その姿をセルゲイは、見送るしかできなかった。


 「あれは美の化身か、それとも魔女なのか」


 一目惚れはただの錯覚というが、今の彼にはそれがただ一つの現実だった。

 これが、神代鏡とセルゲイ・ロマノフの出会いだった。

 彼女にとっては、おそらく最低の部類の出会い。

 白く、白く塗りつぶされていく、風景と同じようなものだと思っていた出会い。

 しかし、おそらく彼にとっては美しく彩られた記憶のページ。

 黒く澄んだ宝石のような瞳、しなやかに流れた黒髪とほのかな香りは、神の啓示のようですら思えた。

 これは、神代鏡が宗光学院にくる少し前の記憶だった。

 

***


 「面倒なことがなくなると、少し喜んでいたのにとんだ誤算だったな」

 

 ソファにもたれかかり、鏡は言う。

 ろくに事情も説明されず、自分は遠い異国の地にいる。

 PITとバベルコードのおかげで言語的な障壁はほぼないが、神国では目立たない黒髪もこちらでは奇異の目で見られる材料だ。

 好奇の視線など、それほど気分がいいものではなかった。

 

 「何度も繰り返してきたことだからといって、ストレスが無い訳ではないのだが。まあ、あの親は私には何も期待していないか」

 

 だからこそ、先進国という訳でもないこんな場所に敢えて自分を押し込んだんだろう。ここは外界から閉ざされた、天然の要塞だ。

 誰にも触られることがない代わりに、誰にも触れることができない。

 そんな場所に思えていた。

 自分の世話をしてくれるメイドなどはいるが、あれはあくまでも中の人間だ。

 外部との接触ではない。

 別段、彼女が社交的な人間だったとかそういう訳ではない。

できるのにやらないということと、そもそもできない状態というのは似ているようで違っている。

 何も語らない人間の真意などわからなかったが、今の彼女にはこの状況が、自分が何も期待されずに見捨てられたと思えていた。

 思えば、何かをやらされてはすぐに他のことをやらされるということを何度も繰り返してきた。

 自分が思う完璧に辿り着く前に、十分だ、次はこれをやれと言われる。

 それができないとは、思わなかったが個性や特技というものに対して執着しなくなったのはそれが原因なのではないかと思える。

 思えば、ろくに褒められもせずに色々なことを転々とやらされていたので、お前にはその才能はない、だから違うことをやりなさいと、言われているようだった。

 歌い、奏で、踊り、武術、学術、多くの知識を学んできた。

 秀才と言われることはあっても、神童などと言われたことはなかった。

 当たり前だ、何か結果を残すよりも早く、次の何かがやってくるのだから。

 それに応える続けることだけが、両親との繋がりだと思っていた。

 だが、その結果はこの広い屋敷だ。

 華美な装飾も、雄大な風景も、全て、真っ白な雪のように白く、白く、無意味なものへと埋め尽くされていく。

 

 「何の意味もなかったのかな」


 悟るというには若すぎた。

 愛して欲しかったのではない。

 涙を流すほど、悲しい訳でもない。

 あたかも、それは彼女の前にある空っぽの暖炉のようだった。

 

先月中には、更新するつもりでしたが間に合いませんでした。

新展開になったので次はもう少しまいていきたいところ。

考えてみるとこういう回想みたいな話は、第一章のあとはあまりなかったですね。

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