5‐5‐5 Yes
喫茶店、『風見鶏』にて、スーツ姿の男と和服の男が向き合っていた。
昼下がりのコーヒーブレイクと言うには早く、昼食と呼ぶには遅い時間だ。
「新城大地、惜しい男が死んだな。刀神としては、どういう気持ちだ?」
言うほどには感情がこもっていない声で、黒いスーツの男は言う。
「そうだな、特に俺は奴に勝ち逃げされた気分だよ」
刀神と呼ばれた紺色の和服を着た男が答える。
「勝負というものにこだわるなら、生き残ったお前の勝ちだろう。俺にはいまいち理解できない感情だが」
興味がないとばかりに、コーヒーをすすりスーツの男が答える。
「負けを一切経験せずに勝ち続けているお前には、理解できないだろうな、皇」
「その意味では、新城大地は俺と近い位置にいる人間だった。俺を理解できる数少ない人間だった」
カップを置き、正面を見据えて皇と呼ばれた男が言う。その黒い瞳の輝きは、絶対の自身によって彩られていた。
「どうせ俺は、負けも経験している側の人間だよ。お前らとエリートとして並べられると劣等感しか感じないよ」
ミルクで白く濁ったカップの中身をかき混ぜながら刀神は言う。
「腐るなよ、皇グループも神代や天宮とそれほど変わらないさ。伝統とかいうなら、辰巳グループの頭首のお前の方が、優良種だよ」
「優良種か、伝統と才能は別の問題なんだがな。さて、俺の弟子と新城の息子はどっちが優秀だったのかね」
「我々としては、新城の息子に勝って欲しいもんだな」
それは、皇貴司個人としての意見ではなく、組織の代表者としての意見だった。
「意外だな、皇族連の筆頭としては。三島、いや、今は天正院か。平治を俺との師弟関係を介して傀儡の状態にして神国の舵取りをするつもりだと思っていた」
テーブルに置かれたコーヒーをすする辰巳鉄心。
甘党な彼には、まだ苦かったらしく、シュガーポットに手を伸ばし、砂糖を追加する。
「彼は確かに優秀だが、公と私を分けて考えすぎる嫌いがある。早い話、指揮官ではあっても指導者には向いていない、それに」
「それになんだ?」
「感情で動く人間の方が見ていて面白い」
それは、あくまでも彼個人の感想だった。
あらゆる分野において、勝ちばかり経験していた彼には、勝ちたいという欲求や渇望のようなものがない。そして、その経験が普通の人間が当然に持っているような感情がまるで理解できない人間を生み出した。
その弊害として、彼の人格は起伏が少ないものとなってしまっていた。そして、行き着いた先が他人の感情を見ることで、自身もまた満たされようとすることだった。感情の出発点が異なる彼は、着地点もまた常人のものとは異なる。
「財閥というシステムの中の頂点に君臨しているお前が言うと、奇妙に聞こえるな」
「頂点ねえ。目指していたものとして、そうなった訳ではなく、当然のように勝ち続けていたら結果的にそう呼ばれるようになった身としては、なんの感慨もないのだがね」
今の立場や権力も苦労して勝ち取ったという訳でもなく、当然としてそこにあったものとして享受していた彼は、他人の気持ちが本当に理解できなかった。想像はできても、そうなのであろうと推測するだけで、自身が納得できるものではなかった。
彼にとっては、どうやら世界というのはそのような感情でできているらしいという程度の理解だ。
「どれほど努力しても、そこに辿り着けない者がいくらでもいるんだがな」
「お前は一分野で神と呼ばれる程の者になった。俺もまた、そうだ。到着点が異なるのならその数だけ辿り着く人間がいる。それでも辿りつけないのなら、そいつの努力が足りないか、運がなかったんだろ」
「空手がダメなら、柔道をやればいいとでも言うような理論だな。普通の人間はそう簡単に切り替えていけないだろう」
「その道で足掻く気がないなら、別の道に行けばいい。ただ、それだけの話だ。踏ん切りがつかないなど、ただの言い訳だ」
「一つの道しか選べない奴もいるさ。現実世界で剣術指南をしていた俺が肉体を負傷し、その延長として仮想で剣術を極めたのは偶然だ。他の事など出来はしないのだから」
「やらないだけさ。試していないのに結論を出すのは早すぎるだろう。それに偶然だろうが何にせよ、仮想という新たなフィールドに踏み出したのは辰巳自身だろう。結果として自分の強みを生かし、一角の人物になった」
「何をやっても人並み以上にできるお前ならではの発想だよ、それは。挫折してそれで終わってしまう人間だっている」
「挫折ねえ。俺には縁がない言葉だが、新城明、彼はどうだろうね」
「平治の方は、逆境を努力で困難を乗り越えるタイプだが、新城明の方は天才肌に見えるな」
「俺の調査によると、才能とそれ以上に努力家のようだ。ただ、周囲は彼の努力や根性の部分を否定して、才能ある人間と、遠ざけているようだがな」
「嫉妬する気持ちもわからんでもないがな。ただでさえ能力がある人間に人並み以上に努力されてしまっては、凡人では諦めるほかないだろう」
「相手以上に努力して乗り越える、とは考えないんだな。少なくとも、お前の弟子は、そういうタイプなのだろう?」
「それは、少数派の人間さ。圧倒的な能力差を見せつけられて奮起する人間もいるだろうが、多くの人間は努力をする気すら根こそぎ奪われるのさ」
「だが、指導者に求められるのは逆境を如何に超えるかという舵取りだ。少数派側の人間でなくては成し得ない」
「俺は、新城明が親の死に嘆き悲しみ、沈み込む普通の人間であってもいいと思うがね。彼にせよ平治にせよ、求められるのは君臨すれども統治せずだ」
「なればこそ、人間的な強さと弱さを内包した、新城明の方が適任だ。天正院平治は、能力があっても矢面に立つべき人間ではない」
「裏方の方が能力を発揮できるとは、本人も言っていたよ。天正院家の頭首という肩書きを持ってはいても、縁嬢を立て自分は支えるような立場だと言っていた」
「とはいえ、どちらが勝っても我々のすることはさして変わらんがな」
「かもしれんな。まあ、皇族連が主導するか財閥が主導するか程度の違いだ、その協会も血縁関係の所為で曖昧だがな」
「富と権力は、常に絡み合っているからな。古来より富を得たものは、名声や権力を求めるものだ」
「仮想に集中した富が、次の権力を持たないことを願うばかりさ」
「わからんさ、未来のことは誰にも」
男達は未来を憂いていた。
風が吹き、風見鶏が揺れる。
音を立て動き出すそれは、くるくると回っていた。
とりあえず、この章は完結。
設定とかの更新やら、古いパートの修正は後日手をつけます。
まあ、本編進めるの優先だよね、と。
終わるかはわかりませんが、七章あたりで完結予定。時間取れれば、一気に進めるんですけどね。