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ROG(real online game)  作者: 近衛
五章
124/151

5‐5‐4 Yes

 コロッセオの観客席から、一人舞台を見下ろす明がそこにいた。

 今までに多くのものを他人から奪ってきた、彼だった。

 同じようにして多くのものを奪われた彼は、涙を流す資格はないと自分を戒める。

 明は誰もいない闘技場で、ただ悲しみに暮れていた。

 

 「黒木智樹、貴方からは多くのものを学ばせてもらった、だが、最期は俺が終わらせてしまった」


 正しかったのか、正しくなかったのかはわからない。

 だが、死という現実は不可逆的なものだ。

 答えを聞くべき相手は、もうここにはいない。

 風が吹き、砂塵が舞い風景が変遷していく。

 フロアマスターの権限で、世界そのものを書き換えていく。

 

 「この地獄の釜の中のような場所で、ニクムと戦った。憎しみの連鎖は、終わらないのかもしれないが、こんな形のつながりもあるんだな」


 吹き出すマグマ、この世の終りのような場所を見渡し明は、思う。

誰かを助けたいと思った気持ちは、嘘ではなかった。

 それでも、自分の中には、間違いなく闘いたいという気持ちがあったことも事実だ。

 そこにいたレナのように殺し合うほど憎んでいた相手ではなかったが、命を賭けてぶつかり合って、そして、今は共に戦う仲間になっていた。

 信頼していた相手を殺してしまった、黒木智樹とは真逆の状態だ。

 

 「何事も思い通りには、いかないものだな」


 一瞬で、風景が四散して又、新たに構築されていく。

 世界そのものを自分が思い描くままに再構築する感覚は、己に神がごとき力が宿ったかのような錯覚を抱かせる。

 廃工場へと姿を変えたフィールドにただ佇み、思い返す。

 自分達を罠に嵌め、黒の旅団の内部での地位を確立しようとした四葉剣三が白の教団の手に掛かり、殺されるはずだった自分が今では自分が黒の旅団の中での地位を築いている。

 裏切りに対しては、不思議なほど感情が動いていなかった。

 だが、それは彼と戦いたかったからなのではないかと、明は自身の考えに戦慄する。


 「全ては、お前の手のひらの上か。マクト」


 石畳の街並みを呼び起こし、起きたことを思い出していく。

 彼とともに長い時間を共にした訳ではない。

 だが、彼には時間以上のつながりを感じていた。

 彼は、間違いなく明よりも強かった。

 それこそ教皇と戦える程に。

 そんな彼が、託したのだ。

 これから起こる争いの火種になるから、単に新城大地という権力者の息子だからなのか、その時その場にいたという単なる偶然なのかもわからない。

 しかし、彼の意思は引き継がれ、黒の旅団は新たな王を得た。

彼らは新たなる自由を勝ち取るために戦い続けるだろう、教皇が率いる白の教団による支配構造を変革させるその日まで。

 黒の旅団を筆頭とした仮想における略奪行為は、現実の法や倫理に照らせば決して褒められたことではないが、しかし、仮想には彼らを裁く法がそもそも存在しないのだ。略奪が正当化されるわけではないが、その略奪を行う略奪者を裁くことが正義でもないのだ。

 あいつが悪人だから殺そう、という理論ならば、それは中世における魔女狩りとなんら変わらないのだから。


 「親父、俺は何も分かっていなかったよ。あんたの本心も、この世界のこともさ」


 教会に変容したフィールドの中心で聖女の象を見上げる。

 

 「悪人がいても、電脳技術研究所のようにそれを防ごうという人間もいる。世界は闇ばかりではなく、それを照らす光もあるのだと思っていた。でも、それは事実の一端だった」


 彼は、別に正義の味方になりたかった訳ではない。

 ただ、正しいことを成す一つの道として電研に所属することを漠然と考えていた。途中で、目的を達するための手段に変わったが、それも彼にとって重要な要素ではなかった。

 言われるままに戦いを繰り返していく日々、薄れていく感情の中で、失われた戦う理由を思い出させてくれたのは四葉の裏切りだった。

 

 「人の悪意は、存在する。それは、誰かが望むと望まざるを関わらず、周囲を巻き込んでしまうものだ。時には無関係な人までも」


 四葉が死んだとき明が白の教団に対して抱いたのは、感謝であるべきだった。本来は自分の手を汚すべき場面で、それを肩代わりしてくれた相手なのだから。

 でも、感情は別の方向を向き、怒りに振り回された。

 あの時点で彼が知り得ていた情報は断片でしかなく、全てを知っていれば違う何かが見えたのかもしれない。


 「自分自身の正義を信じろと、四葉はそういった。あの時の俺が見ていた事実を改めて俯瞰すれば、教皇との敵対は間違っているとわかる」


 四葉は裏切り者であったのだし、壊滅的な被害を出す前に首謀者である彼を倒したのは教皇の手柄だ。暴動の鎮圧に貢献した彼を責める理由は、本来はないはずだった。

 

 「ごめんね」


 後ろから抱きしめられ、鈴の音のような声が彼の耳元に響く。

 

 「聞いていたのか、水月」


 「少しだけね。でも、教皇との敵対は、私のせいでもあるはずだから。明だけなら、彼と一緒に戦う未来もあったはずだから」


 明が四葉を殺されたと思い取った直情的な行動は、教皇にとっては些細な問題であったはずだからだ。事実、敵対的な行動を取っていた明達を撃破できたはずであるにも関わらず誰も撃破などされていないのだから。

 刃を向けておきながら、その手を取ることなど別段珍しい話ではないのだ。

 場合によっては、仲間を倒されたことに怒りを覚えたという部分に好感を持たれている可能性すらあった。そういった理由で戦いを繰り返している人間が白の教団内にはいくらでもいるのだから。


 「そうはならなかったし、結果論だけど、彼のおかげで俺達は想いを伝え合うことができたんだ、辛いこともあったけどそれだけではないはずさ」


 どこかぼかすように言う明に、水月は告げる。


 「鏡から話は聞いたから、私も全部知っているよ」


 あの後、いずれ分かることだと鏡は水月に包み隠さずに事実を伝えた。

 結果的には、盗み聞きもしたし、友情よりも恋をとるような選択をした彼女だが、それでも公正ではあるのだ。後になってわかれば、皆が悲しんでいる時に一人だけ浮かれている方が余程辛いだろうとすぐに話すことにした。


「だから、今は泣いていいんだよ。辛い時に辛いって思うことを誰も咎めたりはしないんだよ、貴方自身が許せなくても私が許すよ。貴方の痛みも嘆きも苦しみも、全部受け止めてあげるから」


 明は泣いた。

 彼女の腕に抱かれ、声を出して泣いた。


10万PV突破。皆さんありがとうございます。

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