5‐5‐3 Yes
米帝の中央情報管理局の一室で、男と女が向かい合っていた。
「はい、と納得したくはない話だ」
グレーのスーツを来た男性、アレキサンダー・ホールが頭を抱えながら呟く。
「ですが、そのように報告が上がっています」
黒いビジネススーツの女性、レナ・テスタロッサがデスク越しに事務的に告げる。
「正直、最大勢力が潰し合ってくれるところまでは、大歓迎だったんだがね。黒の旅団の合流先は神国の電研か面倒な相手だ」
「流れができてしまった後では扇動もあまり効果は見込めないとはいえ、そのための我々でしょう」
「君は先日の戦闘後に白の教団に入団していたな、あそこは来るものはこばまない場所だろう、ここよりも居心地がいいのではないかね?」
黒の旅団に対して復讐を果たすだけならば、白の教団という最大の対立組織の内部にいる方が果たしやすく、また、同じような感情を抱えた者も多くいる最高の環境と言える場所だ。
事務的に話すレナにいらだちを感じ、感情のみを最優先するのであれば米帝という枠組みを取り払い個人として所属する方が簡単なことだろうと彼は皮肉る。
「あくまで、彼らとはオンラインゲームの友人という関係ですよ。私にとって、それ以上の存在ではない」
命も財産も賭けてはいる、しかし、自分がやっていることはあくまでもゲームでしかないと彼女は考える。
そして、彼女はそれが復讐の手段として一番手っ取り早いのも知っている。現実では立件できない仮想での略奪と殺人だが、自身が手段として用いれば復讐の手段として成り立ちうる。
「主の御心は我らと共にある、か。だが、本来的な意味で分かり合えなければ、教皇からの正確な情報は見込めないのではないかね」
仮想で主教紛いのことをやっていたとしても、それは現実における神への信仰とは別のものである。しかし、相手から情報を引き出すためには、自身の信条や思想が別にあったとして、その上で信仰をしていると擬態する必要があった。
「個人的な見解ですが、彼自身には何か特別な思想や信条というものが無いように思われます。仮想におけるシステムそのものを教典に見立ててこそいるものの、教団の動きはアルゴリズムに従った機械とは異なります」
あくまでも一定の条件に従って転移と戦闘を繰り返しているように思える、白の教団だが、それだけでは説明できないリーダーシップを発揮する場面があるように彼女は感じていた。
彼を預言者と重ねるのは心理的抵抗があったが、しかし、現実に彼が予見した通りにことが起こりそれを未然に対処することでアティド・ハレは『教皇』としての自分の地位を確固たるものにしてきた。
それは、自分達のような内通者を介した二重スパイという事だけでは説明できるものを超えているように思えたからこその意見。
「君の意見がなんでも構わないさ、彼は米帝に協力的だからね。完全にコントロールできればそれに越したことはないが、こちらと敵対しない程度に友好を結ぶだけでも構わないのだからね」
「ですが、争ったとして彼に勝てるでしょうか? 私には彼の負ける姿が想像できない」
「確かに仮想は第二の現実だ。だが、現実ではただの人間でしかない彼に我々から抗う術はないよ」
そんな当たり前のことを今更問うな、と呆れたようにアレキサンダーは鼻で笑う。
「敵となったら殺す、と」
頷きつつも、まともに彼の動向すらも把握しきれていない自分達が勝てるとは思っていないレナ。彼女には、皮肉げに笑う目の前の男が酷く楽観的に映る。
「ゲームの中では、彼は一騎当千の武人かもしれないが、ただの人間がミサイルや爆弾に抗えるわけではないからね。必要に駆られれば、そういった手段も現実味を帯びてくるだろう、という話しさ」
「そうですね。仮想で無敵を誇った、新城大地も倒れたそうですしね」
彼にとって彼女は米帝に所属する白の教団に対するスパイなのだろうが、彼女としては白の教団に所属する米帝に対するスパイという側面の方が強い。
復讐者という事実を内包した仮面は、面白い程機能し彼はレナのことを欠片ほども疑っていない。内通者としてある程度の地位を確立するためには、内部の情報をそれなりの制度で引き出して提供する必要があった。
「なんだって、それは本当のことか?」
「ええ、これでも白の教団内ではそれなりに出世しましたから。先日に、教皇が自ら倒したそうですよ」
「そういうことは、最初に言え。詳細はどの程度知っている?」
(喰いついてきた、本当に甘い)
「王国連と新城大地が交戦し、新城大地がこれを撃破」
「群対個人か、だが、プロフェッサーならそれくらいやってのけるか。しかし、王国連のアーサーも不敗神話を持っていたはずだったが」
「不敗同士が戦えば、片方は負けるというだけの話です。ただ、アーサーは切り札として教皇のコピーデータを使い、新城大地がこれを撃破。それをトリガーとして、ミカエルが同座標へ転移し交戦状態へ以降し、教皇が勝利したとのことです」
簡略化した情報を口頭で告げつつ、詳細を記したレポートをPIT経由でアレキサンダーへと渡すレナ。
「そういうことならば、神国への対応を含め再度検討せねばならんな。レポートは受け取ったが、引き続き監視を頼む。しかし、これでは今後、電研のリーダーが誰に変わるのかわからんな」
「おそらくは、新城明になるのではないかと、教皇は言っていましたよ」
「新城大地の息子か、しかし、若すぎる。あり得るのか? 彼の言葉が外れたことは今までないとはいえ、今度ばかりは」
彼女には、米帝の情報局も教皇の手のひらの中で踊っているように思える。結局は、彼が起こした行動に対して対策をとっているのだから。
「自分が復讐者だからこそ、そう思うのかもしれませんが、彼は神輿として最適ですから。親を殺されて、その相手を倒すために戦う、とてもわかりやすいです。指揮官としての能力は未知数ですが、個人の戦闘力では突出したものがありますし」
「そういえば、彼に君は助けられていたな。正義感という意味では、我々に近いものがあるな。しかし、これでは我々と対立する可能性もあるのか」
自身を正義であると標榜し、秩序の構築を目的として早い段階から、白の教団とは協力関係にある米帝。しかし、その一方と敵対するのであれば、必然的に自分達の敵になることを意味する。
「できれば、彼とは敵対したくないのですがね」
「だが、そうなったら、君はその相手さえも殺すのだろう」
「イエス」
それが可能かどうかは関係なく、そうするだろうという確信が彼女にはあるのだった。
そして、それが現実のものとなるという確信も。
懐かしのキャラ登場。二章の後半辺り参照。