5‐5‐2 Yes
「さて、もう一人の客人ともあって欲しいのですがよろしいでしょうか」
涙の跡を拭き取り、ヘイフォンが語る。その声には、もう悲しみはなく、商人としての淡々としたビジネスライクな響きが宿る。
「わざわざ俺達に会いに来る? いったい誰が?」
「別段、私がセッティングなどしなくてもいずれ面会することにはなったと思いますよ。ただ、全体を通して考えれば私が居る状況で話した方がスムーズかと思いましてね」
「それは、答えになっていないぞ」
「失礼、どうしても話が助長になりがちですね、私は。では、単刀直入に言いましょう、客人の名前は、ニクム・ツァラー。黒の旅団の暫定的なトップです」
その名前を聞いて唖然とする、明。ある程度推測がついていたのか、特に感情を表に出さない鏡と反応は様々だった。
「何故、俺達なんだ? 仮に新城大地が黒の旅団と電研の統合計画を画策していたとして、ナンバーツーは俺ではないだろう?」
「それについては、俺から説明させてもらおう」
黒のレザーコートに銀髪をたなびかせる男がそこにいた。
気配は、無いとも有るとも言える。
今の今まで気付けなかったのも確かだが、そこに何かが存在していると分かってからは圧倒的な存在感がそこにあった。
「ニクム・ツァラー、本人なのか?」
「そうだ、俺がニクム・ツァラー。マクト・ロートシルトの元腹心にして、現在における黒の旅団の首領。と、そういえば初対面だったな、初めましてと言っておこう」
「何故、水無月中佐ではなく俺の方に来た? 話があるとするなら、彼と話すべきではないのか?」
「私怨でお前を殺しに来た、とでも言えば納得するか? 無論冗談だが」
本気の殺気をぶつけ、一瞬たじろぐ明をくっく、と笑うニクム。
「何故という、問いに答えよう。それは、既に話がまとまっているからだ。二つの組織は共にトップを失い、共通の敵を持っている。水無月中佐に陣頭指揮を取らせるのも悪くはないのかもしれないが、最善手ではない。彼は、管理職としてのエリートだからだ」
「既に話が、まとまっている。それは、新城大地と進めていた話がそのまま続いているということか?」
「正直これ程早い段階でこのような流れになるとは思っていなかったが、想定していなかった訳ではない。我が主、マクトが死んだように戦う以上は死の危険は常に付きまとう。そして、プロフェッサーが死んだ場合は、新城明、お前がトップになるプランだ」
PITに書面らしきものがヘイフォン経由で転送されてくる。ローカルネットワーク上に共有して鏡にも見える状態で開きつつ、明が口を開く。
「電研の所長に俺が、親父の遺言でなるということか?」
「難しい話ではない。両組織における旗頭になって欲しい、ということだ。新城明を神輿として、実行部隊はこれまで通り俺や水無月中佐が管理する。組織の方向性を定めそこから逸脱しないようにすると同時にモチベーションをコントロールするための措置だ」
「手のひらの上で遊ばれている感覚は気に食わないが、はい、という以上の選択が何も浮かばないのが悔しいな」
「断ってもくれても、問題ないぞ。これは、新城大地の遺言ではあるが、同時に二つの組織の願いでもある。秘密裏に口裏を合わせただけの偽装の可能性もあるのだから」
「答えは変わらない。イエスさ」
復讐すると、そう誓った明に逃げる選択は最初からなかった。
罠であるのか、あるいはそうなのかもしれない。
だが、一兵士でしかない明にいったい何ができるのだろうか。
新城大地という後ろ盾を失い、ただの兵卒に成り下がった自分にいったいどれだけのリスクがあるというのだろう。少なくとも復讐を果たすというただ一点において、この話は明にとっては利点しかないのだ。
「そうか、ならば俺もお前に臣下の礼を以て応えよう」
明の前にニクムが跪く。
そこには、なんの疑問を挟む余地もない程に、まるで最初からそうであったかのように、二人は存在していた。
見下ろす明、膝をつき佇むニクム。
かつてマクトの臣であった、彼はまた、明の臣となった。
「これからは我が剣となって、その敵を打ち払え。それが、新城大地とマクト・ロートシルトの意思を継ぐ者としての最初の言葉だ」
「イエス・マイロード」
差し出された手を掴み、静かに答える男。
あるいは、ここまで含めた全てがマクトという稀代の司祭の手のひらの上なのかもしれない、そんなことを考えて、明はほんの少しだけしか聞いていない、彼の声を思い出すのだった。
結構久しぶりに更新と。
修正作業は継続しますよ。ええ。終わるまで。