5‐5‐1 Yes
「戦いは、終わりましたか?」
少女は問う。
「彼のことを尊敬していたのでしょう?」
重ねて問いかけるも、青年は答えない。
「矛盾の中に答えはありましたか?」
青年は答える。
「答えは全てイエス」
少女、黒木愛は穏やかに笑う。
「それは良かったですね」
青年、アティドは何かを思い出すように目を瞑る。
「彼は、新城大地は、俺の目標であり、守りたかった大切な人のようでもあり、超えるべき敵のようでもあった」
事実を確認するように、一言ずつ言葉を紡ぐアティド。矛盾を抱えたような言葉は、単にその二つの意味を内包していただけだった。
名刀が妖刀の名を持つように、殺傷能力の高さがそのまま護国の力でもあるという、表裏の意味を抱えている。
「新城明には、辛い現実が待っているでしょうね」
新城明と友達であるはずの彼女からは、ただ事実のみが語られていく。
「だが、目的もなく彷徨うには、仮想は過酷だ。その意味では、手頃な目標を手に入れたとも言える」
『白の教団』を追っていけば、仮想の深部へと嫌がおうにも進むことになる。しかしそれは、各国のパワーバランスや政治的思惑などを考慮して戦略を練るよりは簡単なことであるとも言える。
当面の目標が教皇であるのならば、共通の敵を持っていると考えている勢力は、日和見か同盟を模索するはずだからだ。幸か不幸か、現在の『電研』は『黒の旅団』と合流を果たした。
細々とした調停は難しいかもしれないが、彼らは共にリーダーを教皇によって殺された、仲間であるとも言える。
同じ理由を持つ仲間として、胴体を同じくする合成獣程度の結束は生まれてくることになるだろう。
「仮想最強の相手を目指しどこもまでも進んでいくことが、手頃ですか」
それは、終わりのない探求の旅路。
彼の元にたどり着き、並び立つことができるのか?
そもそも、そうして最後まで戦い続けて、そして、たどり着いたとして勝てるのか?
どんな分野でも、頂点に立つのは努力のみによってたどり着くものではない。
運であり、才能であり、協力者や資金、時期、環境など複雑な要素が絡み合ってそこに至るのだ。
「長い旅のはじまりさ。事実を知れば、考えも変わっていくさ」
誰もが一度は通る道であるかのように語るアティド。
「随分と理不尽な選択を迫るんですね」
「これは、一種の処方箋でもある。目標を与えることや何かに忙殺されることは、決して悪いことばかりではないないんだよ」
心因性の症状に対して、他の何かで補填するというような手法は実際に行われてもいる。戦場で人を殺した兵士が抱えるPTSDに対して、毎日日記を書かせることや、スポーツをさせることで快方に向かう例もある。
何かを継続させることや、考える余裕を亡くす程忙殺されることは、ストレスそのものをなかったことにさせるのは、有効ではあるのだ。
「それでも、貴方に自分の親を殺されたという部分は事実として受け止められるでしょうね」
「かもしれないな。それが仮に法に基づいた死刑であっても、家族が裁判官を憎むように、彼もまた俺を憎むだろう。勢力の拡大を未然に防いだとか、公的機関が合法的犯罪組織に加担したからとか、そういう正論なんていうのは二の次さ」
統合されたコピーデータの回収方法が戦闘で、結果として死んだという建前もさしたる意味を持たない。ただ殺されたという事実がそこに有り、殺したのは誰なのかという問いへと繋がり、そうして憎しみだけが募っていく。
「あなたの場合は、正論ですらないんですけどね。今回の件にしても、結果として正論となっただけですから」
「別段、自分のしていることが絶対的な正義だとは思っていないよ。ただ、俺のすることを正義の行いだと思っている人間が一定数いるだけの話だ」
「同じ数だけ憎まれてもいるんですけどね」
「『教皇』などと呼ばれているが、俺は聖人でもなければ神でもない。無条件に人を惹きつけ導くことなんてできないさ」
無数の人間がいて、その数だけ考え方がある。例え多くの人間から共感をされる考え方であっても、ただ一つの考え方が全ての人間にとっての正しいことになることは、ありえない仮定だろう。
そうした統計的な観測さえ吹き飛ばすのが聖人なのだろうが、自分はそうではないと彼は言う。そうであるのならば、同じ数の人間に憎まれることなく、全ての人間を先導することができる『教皇』となっていたのかもしれない。
「でも、そうやって突き進んでいくだけで多くの人を引きつけていく貴方は、聖人のようにも見えますよ」
「復讐や自衛のために集まってくる人間、自己の利益のために所属する人間、皆等しくイエスマンを装って自己のために動いているに過ぎない。最も宗教的な側面が強い集団なのは否定しないが」
彼は君臨すれども、統治はしない。彼自身は組織内の一定の規則に法って、行動を規定しているがその程度である。強要している訳ではないが、自己を強く律する性質の者が多く、結果的に内部の統制は安定している。
確かに彼自身は最強の暴力装置でもあるのだが、恐怖政治をしている訳でもないのに恐れられ、畏怖されるのはそれ程気持ちのいいものではなかった。
「利権集団としての側面なら、『黒の旅団』や各国の電子情報部隊の方が強いでしょう。それに、組織を自己の精神の立脚点として位置づけている人間が多いのも『白の教団』の特徴でしょう」
「全てを肯定できる存在であればいいのだがな」
「反対勢力の存在なくして、正義を証明できないのが不満ですか?」
「救済した人間と同じだけ被害者を出すのなら、それは意味のあることなのか?」
これまでしてきたことに対する疑問、正しさの裏側。正義の名の下に行われている、悪意の排除は、果たして正しいことだったのか。
「もちろん意味はありますよ、だって、そうやって救われている人間がいるのですから」
彼女は笑顔で肯定する。
助けなければ、救われる人間もまたいないのだと。
今回はいつも以上に長らくお待たせしました。次回以降はもう少しマシな速度で更新できると思います。時間はなんとか確保できそうですので。