5‐4‐5 Regret
翌日。ホテル内エントランスにて。
「昨晩は、お楽しみでしたね」
顔は笑っているが、声はどこかすねたように話すのは神代鏡。自分の中で決意はしても、感情と行動はすぐには一致しなかった。
「お前は、俺にどんな対応を求めているのだ?」
明は水月と好きあっているということを確認したが、しかし、それを以て鏡のことが嫌いになるということではない。というよりは、互いに好意を抱いていると言える。何かの歯車が一つでも違えば、今の水月と鏡の立ち位置は変わっていたのかもしれない。
「いっそのことめちゃくちゃ幸せそうな顔で、今日は爽やかな朝だな、とか言いながら微笑んでウィンクとかすれば良かったかもね」
「キャラじゃない上に、実際にしたら罵倒されるなり、殴られるかしそうだな」
「これは夢だって引き返すか、無言で通り過ぎるかのどっちかだと思うわ」
「どの道ろくでもないな」
ふと外した視線の先の椅子に見た顔があった。
「おはようございます、なかなか興味深い話をしていますね」
「そうなのかもしれんが、いきなり出てくるな。ヘイフォン」
「最初からいましたよ。気配は消していましたけど」
「何かあったのか?」
情報屋の彼女があえて人前に姿を晒す理由はそう多くないだろう。それだけ、重要な何かが起きた。漠然とだが明はそう推測した。
「では、単刀直入にいいます」
大きく息を吐き、そして、言う。
「新城大地が死亡しました」
「親父が、死んだ、本当に」
理解したくない言葉を理解するために一つ一つ言葉を紡ぐ。
「もしもの時は、息子を頼むって、私は大地老師の妻ではないのですがね。まあ、恩人であり弟子ではありましたが」
大げさにため息一つ。
おどけたように話す彼女の声は、震えていた。
「詳しく、話してくれないか?」
「分かりました」
「私も一緒に聞いて構わないのか?」
その場に居合わせたというだけで、自分が聞いていいものなのか迷う情報だった。組織のトップが死んだという情報は知っておくべき内容だが、身内の者にしか聞かせられない部分にまで突っ込むつもりはなかった。
「構いませんよ。天宮水月と違って貴女はむしろ知っていた方がいいかもしれない」
「俺としても聞いてもらって構わない。どの道すぐに漏れてくる情報だろう、隠せるようなものではなさそうだ。なら、正確なものを知っている方がいい」
「ありがとう。そうだね、水月は今しばらくそっとしておいてあげようか」
「昨日、王国連の電研、『円卓の騎士』と交戦。個人対軍、それはまるで冗談のような状況だったそうです」
相手が一騎当千というのならば一人に対して千と一人で当たればいいという話。仮に仙人が倒れても最後の一人が止めを刺すという論法。もっとも、それができないからこそ大仰な二つ名を持つ『教皇』や『魔王』などといった存在が許されているのだが。
「そして、一人で壊滅させたそうです」
「冗談を現実にしたような状況だな。しかし、大群の相手でやられた訳でないならいったいどんな不測の事態になったんだ?」
「追い詰められた『円卓の騎士』のリーダーであるアーサーは、『教皇』のコピーデータを自身の操作するミカエルに上書きして決闘を挑むことになります。これが、勝てる勝負しかしないというアーサーの切り札でした」
言葉を区切り、彼女は語り続ける。
「しかし、激しい戦いの末に、これを老師は退けます。そして、死んだ際に自動でその位置を知らせるようにコピーデータにプログラムしていた本物の『教皇』がその場に現れ交戦することとなります」
「アーサーと老師もかつての同志ではありますが、アティドとも面識がある老師は何やら意味深なことを語りあったようです。正直、その際のバトルデータを含む記録映像を確認しましたが内容については私にもよくわかりません」
「ヘイフォンさんが分からないなら、当事者や関係者以外は分からないものだったんじゃないですか?」
「かもしれませんね。さて、続けます。ここからはあえて私の私見を挟んだ上で言わせてもらいます。老師は特にこれまでの戦いでの疲れを引きずっていませんでした。『教皇』以外の『白の教団』の幹部のコピーデータを『教皇』が大量展開し差し向けるも、老師はこれを一蹴します」
最強と呼ばれている集団の幹部を同時に相手取り、それを一蹴。疲労を感じさせるというような要素はないのだろう。逆に疲労を感じさせるような状態では、やられていただろうとも思える。
「むしろ、アーサーと戦うことで戦いの中でさらに成長していたようにさえ思います。実際、AAを使った戦闘に年齢は関係ありませんから」
「全盛期より、さらに強くなっているようにさえ思うほどの動きでしたが、極限の速度での読み合いに敗れ、そのまま敗北。データ統合までの時間に私に可能な限りの情報を送ったようです。もちろん、このデータは明さんにも提供いたします」
「とんでもない親父だとは思ってはいたが、流石に『教皇』には勝てなかったのか。内容もどこか雲の上だが、冗談みたいな話だ。むしろ、冗談であって欲しい」
もちろん、こんなことで冗談の話をする訳が無い。
それを推してなお受け入れがたく、理解したくない話だった。
「全て、現実です。この話は、きっとあなたに後悔しか与えないでしょう。でも、その後悔はきっと貴方が戦う力になると思います」
涙を流し、彼女は語る。彼女もまた、恩師を失った悲しみを背負っている。
「憎悪、そう、憎悪だ。涙の代わりに沸々と沸き上がってくるこの感情は、憎しみと怒りだ。『教皇』、お前は俺から一体どれだけのものを奪えば気が済むんだ」
後悔を胸に抱き、強く十字架を握り締める。
そして、決意する。
復讐すると。
なんか地味にポイントが増えてるんでちょっと頑張ってみた。月に三百とうん十時間の労働はハード過ぎると思うんだ。
何にせよ、新規の方もそうですが待っていて読んでくれる皆様にも感謝です。