5‐4‐1 Regret
あらゆるものを両断する矛。
あらゆる攻撃を防ぐ盾。
いわゆる、矛盾という故事である。
ならば両者を争わせたらどうなるのか?
矛盾とは、つじつまが合わない、という意味で使われる言葉であるが、こと仮想における戦いにおいてその両者は矛盾しない。
ユニークウェポンという最強の矛は、即ち、最強の盾足り得るのだ。
破壊不能であるが故にあらゆるものを両断し、そして、全ての攻撃を防ぐことができる。
もっとも、それを扱う者自身は破壊不能ではないので故事のようにはならない。
最後まで戦えば必ず決着はつくのだ。
どちらかの敗北という形で。
「不謹慎かな、殺し合いを楽しいと感じている自分がここにいる。あるいは、死を前におかしくなっただけなのかもしれんがな」
「おかしなことを言うのだな、プロフェッサー。正常な人間が、戦場にあって正常なまま人を殺していたら、その方がよほど狂気だろうに」
既に教会の中は、廃墟と呼ぶべきものへと変わっていた。互いに持つあらゆる武器を出し尽くし、砕けた刃や武器だったものがそこかしこに散らばっていた。聖なる女神の象は崩れ落ち、自動で奏でられる音響も天井から除く空に散る。
「甘さだな、自分以上の強者と戦っているのに勝つことではなく生きることを最優先に戦っていた。なるほど、これでは殺しきれない訳だ」
「相打ちでは意味がない。だが、勝てないことにはそれ以上に無意味だ」
「ならば決着をつけよう。今、ここが死ぬ時だ」
「我が剣よ、暴君の声を聞け。汝が敵を滅ぼす力となれ」
『暴君』のアビリティが地に刺さった武器を動かす。
円卓を囲むかのように刃がルシファーを包囲する。
両者は八の字を描くかのように球体上に切り結んでいく。
斬り、
切り、
キリキリと戦いは続く。
踏み込んだアクセルをさらに強く踏み込むように限界を超えて加速していく。
墓標のように突き立てられたユニークウェポンを点として、古今東西の武器が火花を散らし合う。そこにあるのは、体系立てられた術理や兵法ではない。
いかに相手を破壊し尽そうとするかという目的だけだった。
本来、最大効率を生むはずの動きが、望まれる最大効率を生まない矛盾。
最短距離を最速の攻撃を与え続け、敵を破壊することが叶わない現状。
互いに戦場の中で刻み込まれた術理こそが、最大の障害となっていた。
しかし、ここまでは予定調和だ。
殺されてもいい、だが、その前に相手を殺す。
両者の思考はここにきて、完全に一致した。
刀を抜く瞬間に、左腕が吹き飛ぶ。
「捉えたぞ、プロフェッサー」
「俺が、お前を捉えたんだよ。若造」
右で抜くのならば、左腕はもういらない。
欲しいのならば、くれてやる。代償なくして、致命打を与えることなどできはしないと踏んだ。
腰から逆袈裟に両断されるミカエル。
複体や幻でもない。
完璧に実体を捉え、神速が如き一閃で叩き斬ったのだ。
「腕一本で半身ならば、悪くない交換だ」
「違うな、あんたはまだ失っていない」
しかし、死に体に見える教皇の言葉は、どこか狂気を帯びていた。
小さな言葉の矛盾、しかし、その言葉は狂人のそれではない。
「虚無よ、全てを掻き消せ」
「俺が捉えたのは動きではない、貴方の思考だ」
後悔。
すれば良かったこと、しなければならなかったこと。
その時、その場での最善手を打ち続けても必ずしもそれが最善の結果に結びつくとは限らない。
「貴方はベストを尽くした」
吹き飛んだはずの腕もろとも、コアユニットを両断される。
奇しくも自らと同じ動きによって。
そして、暴君の効果を失っても、慣性によって、ルシファーに突き刺さるいくつものユニークウェポン。
「この状況で最善の選択をしたとはとても認めたくはないがね」
数十からなるユニークウェポンで残った半身に刃を突き立てられるルシファー。
「こうして自分が味わうのは初めてだが、これが完全な詰みという事か。存外に気分は悪くはないな」
先の攻防において、アティドは大地に対して自身の複体などではなく、攻撃によって吹き飛ぶ腕の虚像を見せた。まさしくそれは、大地の待ったチャンスであり、思考を完全に一致したものだ。
そして、思考と完全に一致したが故に気付けなかった。
実際よりも軽くなったと思い微調整した攻撃は、コアユニットを破壊するにはわずかに至らずに、逆にミカエルの半身を犠牲にした本当の一撃がルシファーのコアユニットを破壊した。
「俺は、貴方を超えた」
「明、すまない。そして、ありがとう」
満ちていく光の中に二つの声が消えるのだった。
だいぶお待たせしましたが、頂上決戦も決着です。
お祭りのように大量投降は無理かもしれないですが、次回の更新はがんばって早くしたいですね。