5‐3‐4 Game
「ぬるい警備だな」
ハンドガンを片手で握りつぶしながら、男が吐き捨てるように言い放つ。
「個人の力が軍隊に匹敵すると、警備の者たちは想定していませんから」
廃材の山に腰掛けるのは男、一部だけがえぐり取られた豪奢な建造物に対峙するのは女王と呼ばれる象徴。
「まずは、王国連が落ちた。国体は維持するだろうが、干渉する腕と頭であるあんたが落ちれば国盗りというゲームでは終わりだ」
「そこまで理解していながら、戦いを望むのですか」
自身を殺しに来た相手を前にも、怯むことなく言葉を返す女性。その名は、エリザベスという王国連の象徴。
「俺は、この世界を壊すために生まれてきた。あんたは再生するために生まれてきた。枠組みを作ったあんたなら、真実はもう見えているのだろう」
「そうですね、ニクム・ツァラー。それとも、こう呼んだ方がよろしいですか? この世界の創造主、アハリ・カフリ」
「俺は、ニクムとしての自我を持ったプログラムに過ぎない。アハリ・カフリの断片ではあるが、それだけだ」
「貴方自身が最終的な統合者になるつもりはないと?」
「未来のことは、わからんよ。統合と分離を繰り返し、完全な形の意識となった時に、アハリ・カフリという自我がその体を奪うのか、それとも集合した意識そのものが本体であるのか。逆にニクムとしての意識がアハリという人格を食い殺すのかさえわからない」
「それでも、今ここで起こる未来は確定していますね」
自身の死という、確定的な未来に恐怖はなかった。現象としての死は知覚できても、武の才が無い彼女には、自身と相手の戦力差を正確に推し量ることができていないのが逆に幸いしていた。
「因縁が必然になる。偶然の邂逅が宿命の対決になる、それだけのことだ」
断片を回収するアティドとの確執は確定的なものとなり、対決は不可避のものとなる。互いに組織の多くの人間を殺し合ってはいたが、その実、個人的な恨みはなかったのがこれまでだった。
「なんにせよ、今回のゲームは私の負けのようです。分割された影響でシロエとしての記憶はほとんどありませんが、アティドには頑張って欲しいものです」
それは自身の命をチップとした、現実と遊戯がオンラインされたゲーム。
あるいは、ゲームに見立てられただけの現実。
「お前の、シロエ・ロートシルトの全て、だったか。今の立場が女王なら、騎士の誓いでもさせてやりゃあいいのに」
「私は、自分自身の手に入らないものは最初から望まないんです」
そう、それは絶対に手に入らない。エリザベスとしての私ではなく、本来の私自身が持つべきものなのだから。
「そりゃまた、ずいぶんと諦めのいいことで」
「ここで朽ちてしまうような願いなら、どのみち叶えられはしなかったでしょう。それに私が彼に高潔な騎士としての在り方を望むのであれば、その願いは絶対に叶わないことと同義ですから」
既に使えるべき主を決めた騎士に、裏切れと命じ、それに応えてしまうような相手は最初から望んではいないのだ。なればこそ、絶対にそれは手に入らない。
「だからお前は勝てなかった。俺にも、自分自身との戦いにさえ。自身が目指す理想を唱え、他者から奪おうとしなかったから」
その意味でアーサーという男は、彼女の手駒としてはふさわしい人物だった。相応に優秀であり、幾多の戦いで負けることはなかった。もっともそれは、どんな戦いでも勝てる英傑を意味するのではなく、負けない戦いをするという人物だったが。
「かもしれませんね」
それも一つの王道だったのかもしれないが、奪い進むことをしなければ手に入らないものもある。まして、それが仮想という戦場ならばそれは、システムに組み込まれた必要なこととしてなすべきものだったのだろう。
「だから、お前はここで終われ」
「私はここで死ぬとしましょう。ですが、破壊の後には再生があるものです。それは、貴方も知っているでしょう?」
マクトという一つの柱が失われた。しかし、同時に彼は死を経ることで、烏合の衆だった黒の旅団の一つの行動原理として再生を果たし復讐という何よりも強い憎しみと結束を組織に与えた。
快楽殺人の集団が、共通の敵を得ることで初めて団結したのだ。
「そうだな。ならば待っているといい、俺の望みはお前の愛しい人の破壊だ。地獄があるならそこで会える」
立ち上がり、低く腰を落とすニクム・ツァラー。
次の瞬間に両者の距離は無くなり。
心臓を抉られた女帝が声もなく崩れていくのであった。
なんかおかしいと思ったら更新が反映されていなかったようです。タイミングずれてしまいお待たせしてしまってすいません。