5‐3‐1 Game
「来たれ、光の軍勢」
名立たる天使の姿を模したエンジェルシリーズが、教会の荘厳な空間に顕現する。それらは金の装飾が施された武器を手に魔王とも呼べる男に対して刃を向ける。
「白の教団、その構成員全てのAAの動きをトレースしたコピーデータか。槍の名手に弓の名手、曲芸染みた軌道を描く者、鉄壁ともいえる盾裁きをする者。こうして並んでみると壮観なものだな」
機体の装備、装飾、振舞いを見て、所属と動きを照会していく新城大地。
「並のものならば、一瞬で屠る豪傑揃いだ。コピーデータを一蹴した貴方の実力を今一度見せてもらおう」
軍勢の中央に位置するミカエルが掲げる剣は、あたかも楽団の指揮棒であるかのようにも映る。
「これほどのコレクターならば、納得のいく話だ。装飾の施されたユニークウェポン、いわゆるアーティファクトは各サーバーに一つのはずだからな」
サーバー毎に管轄するエリアは異なり、エリアはゲートで区切られる。
特定地域の情報を独占する支配権、その象徴としてのユニークウェポン。
そして、現実として姿を変えた『GENESIS』は、その支配権の奪い合いの戦争だ。
「貴方の持つ宝刀、宝剣も同じはずだ。それに、数を競ったところで意味はない。プロフェッサーと呼ばれた貴方が集められなかったはずがないのだから」
「まあ、ほとんどのAAは腕が二本だからな。二つ以上所持するメリットもないし、そもそも武器としての性能は特に高い訳ではないからな。実際のところ、威嚇力以上の効果はないだろう」
「黒の旅団現首領にしてプロッフェサーと呼ばれた貴方ほどの威嚇力はないさ。数を頼みに倒すつもりはないが、こんな程度で死んでくれるなよ」
死の楽団が動き出す。
統率の取れた高度な連携は、演奏の終了まで一切の反撃の隙を与えない。
そして、演奏の終了は敵対者の死を意味している。
「そうだな、俺としてもこんな雑魚どもに用はない。一蹴させてもらう」
静止状態からの超加速。
最大効率での、最短距離での最適な行動の実践。
敵対者が自らに攻撃を加えようとする、その動きすら時間の省略のために利用した機動。アティドの目に映る光景は、進行方向上に置かれた刃に、エンジェルシリーズが自ら斬られに行っているかのように映る。
攻撃のアクションそのものが、死の始まり。
そして、異常な状態に気付く。エンジェルシリーズは、攻撃しているのではないのだ。
そう、接近に対して攻撃せざるを得ない状態に追い込まれ、攻撃するモーションに対して全てカウンターで攻撃を受けて撃沈しているのだ。
最短距離、つまりは障害など何もなかったかのように直進して天使と悪魔は剣を交える。
宙で剣と鈎爪が交わり、振り下ろされ、薙ぎ払い、受け流し、打ち鳴らされる度に火花が散っていく。交錯した剣が、反発するように両者が引いたとき。
一瞬の静寂に、崩れ落ちるエンジェルシリーズ。両断された、それらが静寂をかき乱していく。
「概念としては、琉球王家の武術に近いのか? 驚いたよ、貴方が不在の間に、仮にも最強と呼ばれていた戦闘集団を一瞬で葬るなんてね」
「俺は、一度たりとも最強の座を譲り渡したつもりはない。お前らは、所詮自称最強の集団に過ぎない。もっとも、教皇と呼ばれるお前の実力だけは本物だと思っている。その上であえて言わせてもらおう」
反響するパイプオルガンの音色。
「お前じゃ、俺に勝てないよ」
「貴方では、俺に勝てない」
静かに響く笑い声が二つ。
最強を自負する者が二人いるという矛盾は、戦いの結末によって一つの正解へと収束していくことになるだろう。
「くくく、傲慢なんだな、教皇と呼ばれる男が」
「貴方は越えなければならない壁の一つでしかない。そして、俺は目的がどれだけ困難であっても、諦めるつもりはない。何度だって繰り返す、この無間地獄とも言える世界そのものを再構築するまでは」
「俺を殺し、全ての国を焼き尽くし、アハリ・カフリを殺し神にでもなり替わると?」
「そんなものには興味はないさ。信仰に殉じるといえば格好いいが、惚れた女の為さ」
「ついでで世界征服されてはたまらんな。お前がやろうとしていることはそういうことなのだろう?」
「それこそどうでもいいものだ。好きな女の命が世界より重かった、それだけのことだ」
「シロエは、もう死んだ。諦めろ、お前が今更責任を負う必要なんてないんだぞ」
「これが現実ならばそうだろう? 胡蝶の夢などというつもりはないが、ここでは俺の願いが叶う。そういう場所なんだよ、後は断片を集め統合するだけなんだ」
「どれだけ精巧な模造品を作っても、お前の傷は癒せない。意味のないことだ」
「責任ではない、俺自身の願いだ。それに時間を超え、死を超えた私と貴方とでは価値観が違う、だから、言葉では絶対に分かり合えない」
会話も言葉も噛み合っていないのは、互いにわかっていた。だからこれは、独り言であり宣言なのだろう。
「ならば、神の御前ではあるが、暴力での解決が一番わかりやすいだろう」
「神などいない、全てはシステム。少なくともこの世界では、論理の中にしか正しい答えは存在しない。秩序とは、そういうものだ」
暴力と論理、武力と知力という、相反する概念が、この仮想においては一つの手段として存在する。
「身体の技法とは、つまるところ合理の極地であり論理の構築だ。仮想での問題解決の手段が暴力であるという事は、逆に正しいのかもしれないな」
「暴力でしか貴方と分かり合えないのは、悲しいとは思うが、同時にそれが貴方と対峙する上では正解のようにも思える」
対話で戦闘を避けるつもりなどない、互いに望んですらいる。
「お前は正しい、純粋で、まっすぐで、偽りがない」
「しかし、それを表現するのは暴力でしかない。結果として残るのは破壊だ」
生者と崩れ落ちた機械を見つめるのは、天井の女神の象。微笑みの下で、生けるものは殺し合いを再開する。
全ては、確定的な未来を不確実なものへと変えていくために。
だいぶ長らくお待たせしました。契約が更新されたりとかでドタバタしてまして申し訳ない。月一くらいは何とか更新したいんですけどね。
では、失礼いたしました。




