5‐2‐3 Next
「どうやら、お前のところの教育が良すぎたようだ。流石に同じ手を二度は効かないさ、もっとも一度目も効かなかったがね」
一振りの長刀を手にウィザードの背後を取る大地のルシファー。
「移動と攻撃のモーションを連動させて、回避に切り替えた。それもコンマ一秒に満たないような時間で、か。化物だな、俺の相手は」
ウィザード自身に急速に収束するようにビットで強襲するも、先に間合いに入られた時点で既に勝敗は決していた。刀をコアユニットから引き抜き、血を払うように残心する。
「何、ただの後出しジャンケンだ。お前が退路を塞いでおかなかったのが悪い」
思考、演算、モーション時の選択権の追加、事実の確定と算出されるゲームのシステムを利用した荒業。大地がやったのは、信仰のシステムを利用した居合という運動を選択権の追加時に、相手の移動モーションと同時に加速しつつ合わせるというものだ。
つまり、相手のアクション見てから相手より早い動作でカウンターを取るという、言葉にすれば端的な行動だった。
「俺との一騎打ちが所望か?」
ミカエルの機体を制止するように手を伸ばし、ルシファーに対峙するパラディン。
「考えてみれば、お前との戦闘は初めてかもしれんな。お前は、勝てる勝負しかしない奴だった」
長刀を『倉庫』へとしまい、その場で軽くステップを踏むルシファー。挑発ともとれる行動だが、アーサーはあくまでも冷静だった。
「故に無敗だったよ。最強ではないと自覚していたからこそ、無敗だった。実に意味のない称号だ」
「俺に勝てば、名実ともに最強だ。そして、お前は勝算のない戦いはしない男だ」
「アティドのデータでは不足かい?」
「そこにいるあれは、現在の彼のデータではない。お前自身が彼の動きを模して再現しているものだろう。本当の切り札は一体何だ?」
「本当にでたらめなやつだよ、お前は」
冷静だったアーサーの声が僅かに上ずる。今彼の隣にいるミカエルは、教皇本人のデータをベースにアーサー自身が構築した戦闘用プログラム。多大な犠牲を払い、パターン化した本人の動きを一瞬で見破られ、少なからず動揺していた。
「現在の彼の実力そのままなら、本人が手放すはずもない。そもそも、ブランクのある俺が相手になっている時点で完全な複製でないことがわかるさ」
「俺の部隊は、そのコピーデータにすら一蹴されたよ。もっとも、シミュレーターでの話だが」
「プロとそうでない人間の違いだ。なにかの一部としてしか、仮想を見ることができない人間には超えられない壁がある」
「だから、かもしれんな。俺がお前に勝てると思ったことがなかったのは」
「奇遇だな、俺もお前に負けると思ったことがない。だが、確実に勝てると確信していたわけでもない。本当の切り札は別にあるのだろう?」
「見せてやろう、本当の切り札を。支配者よ、支配を解き放て」
パラディンは、その言葉がキーになっていたのか、その場に崩れ落ちる。
「そちらのミカエルの機体が、お前の切り札か」
「コピーデータ解放。今、この瞬間だけは、俺は教皇そのものだ。借り物ですまないが、お前を倒させてもらうぞ」
思考と言動が完全に切り離されるのを知覚するアーサー。自動消滅する条件で、教皇本人から譲り受けたコピーデータ。一度限り、しかも、誰かが使用している機体に上書きする必要がある都合リスクを伴う。
最悪、暴走するだけして自動消滅する危険もあったが、それは避けられたようだ。
「それがお前の勝算か、悪くない手だ。俺が恐怖を感じるほどにな」
震えるように両手を広げ、尊大に言い放つ言葉は、むしろ、歓喜に満ち溢れてさえいる。今この瞬間だけは、彼は、純粋に戦いを望んでいる。退屈な作業でも、パワーバランスを計算した政治でもない。
「敗北の恐怖、その認識を現実のものとするがいい」
頂点に座すものが天から見下ろす、地を這う堕天使を。
「死の恐怖、戦場での高揚感、生への渇望、どれも久しく感じたことがなかったものだ。どうやら、俺はまだ強くなれるようだ」
悪魔は笑う、自らに架された試練を。
戦いが、終りへと近づいていた。
久しぶりです。
思った以上に長引いてしまい、作者自身びっくり。うまくまとめられるか自身がなくなってきた。では失礼