5‐1‐4 Answer
「無駄にでかいな」
目の前の光景を見て明がため息を一つ。
「むしろ、貧相じゃないかと心配していたんだけど?」
白を基調としたビキニタイプの水着を着た水月が、自身の一点を見つめて答える。
ところどころにあしらわれたリボンや、縁を彩るレースが彼女の持つ幼さと相まってとても愛らしく映る。
「いや、好みではあるが水月の胸は関係ないな。海が目の前にあるのにわざわざプールを使用することについて言及したつもりだったんだが」
プールに隣接したサウナやシャワールームに飲食店、それら全てが巨大だった。
「好きだなんて、大胆だね、明。これが、ええと、確かストックホルム症候群だね」
「笑顔と言葉のギャップがすごいことになっているぞ。少なくとも頬を染めて顔を隠しながら言う内容ではないだろう」
ちなみにストックホルム症候群は、犯人と人質が一緒にいるなどの極限状態でその思想や考えに共感を抱く、また、対象に信頼や愛情を抱く状態を指す。断じて、バカンス中に行動が恋愛感情に結びつくような色っぽい状態ではない。
「ふん、こちらには世辞の一言も言えないのかい、君は?」
「すまない、見とれていた」
声に振り向き、間を置いて答える明。
「わ、分かればいいんだ。殊勝な心がけだよ、君にしては」
黒いドレスのような水着は、サマードレスに近いオーダーメイド品であるために肌の露出はそこまで多くない。しかし、鏡自身のスタイルの良さと相まって胸や腰にあしらわれた真紅のバラの装飾に負けない色気があった。
「ずるいんだ、鏡。私にもお世辞を頂戴、明」
「自分から言うなよ、おい。まあ、なんだ、可愛いよ、すごく」
頬をかき、目をそらしつつ明は答える。
バカンスが始まる、かに思えたその時だった。
「私を忘れてもらっては困りますね。とうっ!」
空から声が響く。
無駄に鮮やかな三回転ひねりを加え、プールに飛び込む影が一つ。
「「おおっ!」」
三人の声が重なり、プールサイドに現れた青年に惜しみのない拍手が送られる。
「お久しぶりです、鏡様、水月様、そして、付き人の方」
「……俺は付き人扱いか」
「忘れたわけでありません。意図的です」
「より最低だな」
「ところで、水死体みたいなのが浮かんでいるけど、大丈夫なの?」
飛び込み台の付近に
「ああ見えて、我が愚弟は頑丈ですから平気でしょう。水月様、お気遣いありがとうございます」
「おそらく、飛び込みに失敗したんだろうね。お気の毒に」
「気の毒だとは思うが、個人的には絡まれなくていいから難しいところだ」
御堂風雅と御堂雷雅の兄弟がここにいるという事は、つまり、その主人たる天正院所縁もそこにいるということであった。
「ご機嫌麗しゅう、御三方」
プールサイドに和服姿という異様さも、真紅の褌姿の男二人を見た後では、至って普通であるかのように映る。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、主役を奪えと轟叫ぶ、とうっ!」
逆光を浴びて、光に包まれた何かが飛び込み台から飛び立つ。
「この二番煎じ感は、まさか、彼なのか」
鏡が素で失礼なことを言う、その相手は逆光に隠れ見えない。
「この感覚、平治様なのね」
人妻の力なのか、どこぞの新人類のようなことを言う天正院縁。
「……いや、本人に名乗らせてあげようぜ」
「この流れだと、落ち担当だよね、平治君」
風に舞う木の葉のように静かに、落ちていく平治。
「見事なアクロバティック、さすが御頭首様」
審査員のように真剣にその動きを追う御堂風雅。
「……いててて、失敗しちまったぜ」
そして、このタイミングで意識を取り戻す御堂雷雅。
「そう、俺の名は、って、なんで人が、よけろっ!」
名乗らせてもらえない平治、そして、
「「ひでぶ……」」
悲劇は訪れた。
今や貴族の御曹司となった三島平治こと、現天正院平治は、ぼっちゃんと音を立てて沈んでいくのだった。
ええ、予想通り何かありました。更新遅れて本当にすいません。そろそろバトルが書きたくなってきた今日この頃です。
しかし、服装の描写って難しいですね。