5‐1‐3 Answer
5‐1‐3 Answer
「これが犬小屋か。下手な学校くらいある気がするが」
鏡がチャーターしたリムジンに乗りながら、明と二人が対面していた。
「市とか、そういった単位で土地を売買できる人間にとっては十分犬小屋だよ。百坪二百坪で一喜一憂するような類の人間ではないからね」
三人は第二視点を利用したARを介して、建物の見取り図を立体視する。三人の視線の中央にはダンスホールに温泉、階層ごとに百人程度は余裕で収容できる部屋数を持つ複合型施設が見て取れる。
「一応、国内の施設で、旅費等は明が負担という形にしたんだけど」
世界有数の音楽の才能を持ちながら、その才能をあっさりと手放す金持ちの娘は、桁違いの金持ちだった。
「これの使用料金を全額俺が負担か。払えなくはないだろうが、不安を覚えるな」
「所有者の娘、その一行から金をとる訳が無いだろう。この間のおごるという話を真に受けているなら冗談だよ」
冷静に考えれば所有者とその関係者が金を払うなどありえないことだった。人間、想定外の出来事に遭遇すると、意識がそちらにとらわれ、普通の状態であればしないような些細なミスをしてしまうものである。
「そこら辺のサラリーマンが、生きるか死ぬかレベルの冗談はやめてくれ。とはいえ、三人しか利用しないことを考えると無駄に広いな」
「一応、平治一家も呼んでおいたよ。来るかどうかは知らないがね」
「既に一家扱いか。まあ、三人と使用人だけという状態よりは幾分ましなのか」
「それでね、部屋割りはどうするの? 鏡」
二階部分の部屋の間取り図をAR上で展開しつつ、問いかける水月。巨大なホールを囲うように客人用の部屋が連なり、客室の眼下には広大な海が臨む。
「ここの部屋からの見晴らしがよさそうだな」
AR上の一角を指し示し鏡が言う。
「うん、見晴らしはいいよ。じゃあ、鏡はその部屋ね。残りは隣、と」
予定調和とばかりに、水月が話を進める。
「一人一部屋だよな、水月?」
疑問を感じた明が言葉を重ねる。
「愛があればそんなこと些細なことだよ」
自身のテリトリーに持ち込んだからか、水月の言葉はどこか強気である。
「謀ったな、水月!」
その言わんとすることに気付き、鏡が声を上げる。
「ないから、そんな展開。あと、俺の台詞だろ」
「残念。でも、マスターキーは私の手の中に」
「これがアウェーということか」
夜這いを仕掛けられる状況というのは、結局自分が危険な存在として意識されていないということの裏返しでもあり、逆説的に信頼されているともいえる。ただし、それが明にとってうれしいことであるかどうかは別問題であるが。
「ついたみたいだな」
呆れるように苦笑して、巨大な施設を見上げる明。
「降りるとしようか」
場馴れしているからか先のやり取りに疲れたからか、普段と変わらない落ち着いた様子の鏡。
「ようこそ、愛の巣へ」
そして、水月がくすりと笑うのであった。
この章にうまくまとめられるか不安が残りますね。まあ、パート毎がこれまで短めでしたので、増量することで何とかできるとは思いますが。作品そのものは、周回プレイを同時攻略することで三周分くらいの伏線を一気に回収する予定ですのでなんとかなるとは思うんですが。
とまあ、どうでもいいですね。とりあえず、悲しい事故さえなければ今月中にあと一回くらいは更新すると思います。