憂鬱な年齢
グラビア撮影終了後。
なぜか元気のない健人のために、雪見はあることを思いついた。
「あ、牧田さーん!お疲れ様でした。今日は本当にありがとうございました!
皆さんのお陰で私、なんとかなりましたか?」
雪見が、スタジオを出て行く途中のスタイリスト牧田を見つけ駆け寄った。
「何とかなんてもんじゃなかったよ!プロ並みだったから。みんなで感心して見てたの。
ねぇ、雪見さんて女優さんの経験なんてあった?」
「え、女優さん?あるわけ無いじゃないですか!学芸会でだって、お芝居したことないのに(笑)
それより牧田さん。あの一番最初に着た服!
すっごく欲しいんで、一式買い取らせてもらってもいいですか?」
「ほんとに?そんなに気に入ってくれたの?嬉しいなぁ!
もちろんOKだよ。昨日一生懸命選んだ甲斐があった。
メイク室に掛けてあるから、あとで取りに来て。」
「あ、私、それ着て帰りたいんですけど、いいですか?」
雪見の言葉に、牧田はおっ?と思った。
さては健人くんと、このあとデートだな?
ならば手を貸してあげなくちゃ、と。
「なになに?あれ着て、どっかお出かけ?
まぁ雪見さんのお陰で、撮影がスムーズに終わったもんね。
よし、あのオーバーワンピースは私がプレゼントしちゃう!
これからもよろしくって意味をこめて。
あ、その代わり、ペチコートとかはお代を頂くけどね。」
「いや、それは悪いです!ちゃんと全部買わせて下さい。」
「いいのいいの。実はあのワンピース、私の知り合いの店から新商品のサンプルにもらった物なんだ。
雪見さんが着て来月号に登場した途端、きっと凄い売れるよ。
知り合いにも、大量に仕入れておけって伝えなくちゃね。
雪見さんのお陰なんだから、遠慮しないで受け取って。
あ、そうだ。今だったらまだメイク室に進藤ちゃんも残ってるよ。
どうせなら髪もさっきみたいにしてもらいなよ。私が頼んであげる。」
牧田が笑顔で雪見に言った。
「え、本当ですか?ありがとうございます!
じゃあ、あれ着て街歩いて宣伝しますね(笑)」
「あ、でも相当注目浴びると思うから気をつけてね。
なんせあの格好の雪見さん、可愛くてすごく目立つから。
ナチュラルテイストで、ほんとは目立たない服のはずなのにね(笑)
もう帰れるなら、一緒にメイク室に行こう。」
「はいっ!」
雪見は牧田と一緒にメイク室へ戻り、最初に着た衣装に着替えて進藤に、アップの髪を下ろして二つにしばりなおしてもらった。
「はい、完成!やっぱ可愛いよ、雪見さん。とても三十代には見えない。
この髪型のせいかなぁ。ジーンズにも似合うと思うから、今度やってみてね。」
「ありがとうございます、進藤さん!
牧田さんも、また来月お世話になります。今日は本当に、ありがとうございました!」
雪見は二人に向かって丁寧にお辞儀し、礼を言った。
「さ、準備が出来たら早く行って。お連れ様が待ってるよ。」
牧田の言葉に雪見は小さく首をすくめ、照れ笑いをしながらメイク室を出て行った。
「でもさぁ。あの二人がこんな明るい時間にあの格好で出歩いたら、どうなると思う?」
牧田がコーヒーを飲みながら、進藤に聞く。
「そりゃ、相当ヤバいでしょ。
まぁ、健人くんはいつも通り変装してるだろうけど、雪見さんが目立つよね、きっと。
なんであんなナチュラルスタイルなのに、目立っちゃうんだろ。」
「やっぱ素がいい人って、なにを着ても目立つんだわ。服のせいじゃないんだね。
私なんて、どんな派手なかっこしても目立たないもん。
それって、どゆこと?」
「ほーんと、すべては素材の良し悪しってわけだ。
しゃーない、しゃーない。うちらは地味に生きてこ。」
そう言って、二人は大笑いした。
健人と雪見の無事を祈って…。
「お待たせっ!」
健人の目の前に、またしてもさっきの感動的に可愛い雪見が現れた。
だけど健人はうっすら微笑み「うん、可愛いよ。」と言っただけ。
その服どうしたの?とか、そんなに気に入ったんだ、とか突っ込んでもくれない。
「ねぇ。どうしちゃったの?なんか嫌なことでもあった?」
撮影終わりに見せた、うつむいた横顔も気がかりだった。
「なんにもないよ。ゆき姉の可愛さに感動してただけ。」
「だったらいいけど…。」
「おいっ!否定はしないのかい。」
「だって、本当に可愛いって思ってくれてるんでしょ?
この格好なら、健人くんといくつ違いに見える?」
「うーん、五つ違いぐらい?」
「たったのそれだけ?七歳しかサバ読めないのか…。
この服なら、もうちょいイケるかと思ったんだけどなー。」
「どんだけ年ごまかしたいのさ(笑)」
健人がやっと笑ってくれた。
「だって。お姉ちゃんじゃなくて、彼女に見られたいから…。
健人くんが、おばさんと歩いてるなんて、思われたくないし。」
雪見の言葉に、健人の胸はぐいっと痛んだ。
「いっつも、そんなこと考えてるの?
俺、ゆき姉と付き合い出してから、一度だってそんなこと考えたことないよ。
俺が好きになったのは、十二歳年上のゆき姉なんだから。」
思わず声が大きくなってしまい、当の健人も慌てた。
ここはまだ、出版社の中。
「シーッ!とにかく、早くここを出よう。」
二人はそそくさと逃げるように、その場を立ち去った。
外に出ると、まだまだ陽は高い。
明るいうちに仕事が終わるのは、本当に久しぶりだ。
「ゆき姉が頑張ってくれたお陰だね。
じゃあ今日はご褒美に、ゆき姉が行きたいとこ全部連れてっちゃる。
まず、どこがいい?」
健人が雪見の顔をのぞき込む。
「ほんと?全部付き合ってくれるの?やったぁ!
なんか、デートみたいだね。」
「俺たち付き合ってんだから、デートでしょ!
さ、いいから早く決めて。こんなとこにいても時間がもったいないよ。
どこに行きたいの?」
「じゃ、最初は原宿!健人くんがスカウトされた場所を見てみたい。」
「なんでそんなとこ?見て楽しいか?」
「私の知らないあいだの健人くんを、埋めていきたいの。
俳優になってからの健人くんを、すべて知っておきたい。」
「ふーん。ま、いいや。
ゆき姉がそんなに言うんなら、久々に行ってみますか原宿へ。」
「レッツゴー!」
雪見は嬉しくて仕方なかった。
大好きな健人との久しぶりのデート。ウキウキしてる。
だが、まだこの明るさ。
白昼のデートが、そうすんなりと進むはずはなかった。