第二回作戦会議
私は一人、タクシーの中で考えていた。
今回のことは、本当に週刊誌にだけ流された話なんだろうか。
もしかしたらほかのメディアにも、すでに流れてるかもしれない。
話が大きくなる前に調べて、なんとか収めないと…。
私はそう思いながら、ポケットからケータイを取り出し電話をかけた。
「あ、もしもし、真由子?
ごめんね、出張から戻ったばかりで疲れてるとこ。寝てた?
あのね、真由子にお願いがあるの。力を貸して欲しいんだ。
私と健人くんに。」
電話の向こうの悲鳴に、またしても耳がやられた。
「勘弁してよ!鼓膜破れたら、どーしてくれんのっ!
とにかく、これから真由子んちに行くから相談乗ってくれる?
うん、じゃあ詳しいことはあとで。もうちょっとで着くから。」
何としてでも健人を守りたかった。
私との付き合いがバレて、健人に迷惑かけることだけはしたくなかった。
いわゆるアイドルの仕事ってやつは、いかにファンに擬似恋愛してもらうかにかかってる。
ファン側からすれば、全身全霊全力で応援し、究極は推しに選ばれ本物の彼女になることだと思ってるのだ。
だから健人に、本当の彼女の存在が見え隠れするとなると、それは人気に大きな影を落とすことになる。
アイドルというのは因果な商売だ。
アイドルである前に、みんなと同じ一人の人間なのに。
だがその職業のせいで、自由な恋愛さえも許されない。
人間として、誰かを愛するのは当たり前なことなのに、恋愛をしたところで、それを隠し続ける生活を強いられる。
『偶像』という意味を持つアイドル。
一人の人間として生命を持つ『アイドル』は、完全なる『偶像』には成り得ない。
タクシーが真由子のマンション前に到着。
中に入りインターホンを押す。
「 はい。」
「あ、雪見だけど。ごめんね、来ちゃった。」
「今、開ける。」
オートロックを解除してもらい、広いエントランスホールを通りエレベーターに乗り込む。
ピンポーン。 「入って。」
トイプードルのジローが短い尻尾をクルクル回し、全速力で私の元へと駆けつける。
「ジローくん久しぶり!元気にしてた?よしよし。
ごめんね、真由子。ニューヨークから戻ったばかりで疲れてるよね。
お願いだけ伝えたら、すぐに帰るから。」
「なに言ってんの!帰すわけないでしょ。
健人とあんたの力になってほしいって、一体どういう事?
一体、あんたたちの関係はどうなってるわけ?」
凄い勢いで真由子がまくし立てる。
まぁそれも無理のない話だが。
「時間が無いなら単刀直入に聞くわ。
あんたたち、付き合ってんの?」
「うん、まぁ…。」
「うん、まぁだと?なにそれ!
あんた、健人と付き合い出してから私に連絡よこした?
健人の実家に行ったのは聞いたけど、あんたが彼女になったなんて話、ただの一言も聞いてないよ。
それって、あんまりじゃないの?」
「ごめん…。
だって真由子は、ニューヨーク行ってて忙しいかと…。」
「仕事と健人と、どっちが大事だと思ってんの!」
「えっ?健人…なの?」
真由子はまだ健人のことを好きなんだ、と複雑な思いがした。
「当たり前でしょ!健人と雪見が大事に決まってるじゃない。
おめでとう!雪見。良かったね。本当に良かったね!」
「真由子…。ありがとう。真由子になんて言おうか迷ってたんだ。
あんなに好きだった健人くんを、私が取っちゃったみたいで…。」
「なに言ってんの?私はアイドルおたくであって、健人おたくじゃないから。
他にもかっこいい人は山ほどいるよ。
まぁ、健人が一、ニを争うアイドルだったことは確かだけどね。
そんなことより、相談ってなに?あんた達に何が起きてるの?」
私は今日、今野から呼び出された一部始終を話して聞かせた。
そして真由子に一つのお願いをした。
「ねぇ。真由子のお父さんって、確か大手出版社の編集長さんだよね?違ったっけ。」
「よく覚えてたね。そうだけど、それがどうかした?」
「私を、お父さんに紹介してもらえないかな?」
「えっ?なんで?週刊誌の方はマネージャーさんが、なんとかしてくれるんでしょ?」
「うん、そっちの方はもういいの。多分、今野さんがうまく収めてくれると思う。
そうじゃなくて、真由子のお父さんの所から健人くんの写真集を、出版出来ないかなと思って。」
「えっ!嘘でしょ?父さんの所に健人の写真集を頼みたいわけ?
どこから出すかなんて、もう決まってんじゃないの?
あー、ちょっと待って待って!
興奮して喉が渇いちゃった。あんたも飲むでしょ?」
真由子が冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、その一本を私に渡した。
「ありがとう。あー美味しい!生き返った!
今ごろ健人くん、一人で待ちくたびれてるだろなぁ…。」
「え?なに、あんた!健人に待ちぼうけ食わして、ここに来たわけ?
何やってんのよ!健人が可哀想でしょ。
メールぐらい入れなさいよ!心配してるよ。」
「うん、わかった。じゃ、ちょっと電話する。」
「え、うそ !? 健人に、あの斎藤健人に生電話するのぉ?
やだ、緊張する!」
「なんで真由子が緊張するのさ。電話するのは私だよ?」
「もう、なんでもいいから早く電話して!いやぁ-ドキドキする-!」
「変なの。」と笑いながら、私は健人のケータイに電話した。
「あ、もしもし、健人くん?ごめんね、待たせちゃって。
あのさぁ。今、急用を思い出して友達んちにいるんだけど。
もう少しかかりそうだから、悪いけどご飯食べたら先に帰ってて。ほんっとゴメン!
明日は絶対私がご馳走するから。じゃ、また明日。お疲れ様!」ガチャッ。
「ちょっとぉ!なんでもう切っちゃうわけ?
私に一言くらい挨拶させなさいよ!ほんとにもう!」
「あ、出たかった?また今度、会わせてあげるから。
それより今日は、緊急作戦会議第二弾ということで、このままいい?
取りあえず私、お腹空いちゃったんだけど…。」
健人との食事をキャンセルしてまで、雪見はなにを企んでいるのか。
真由子には、まだ想像がつかなかった。