仕返し
「事実ではない、と言うんですね。それは…本当ですか?」
静まり返った応接室で、真っ直ぐこっちを見据える今野が淡々と言った。
私は、今にも震え出しそうな声を一旦飲み込む。
そして心の中で自分におまじないをかけた。
『大丈夫。うまくやれる。大丈夫…。
いま健人くんを守れるのは私だけ。そう、私だけ…。』
よし、いける。大丈夫。
心がスッと前を向き、肝がすわった。
「ご迷惑ご心配をお掛けしまして、本当に申し訳ありませんでした。
今回の件、すべて私の責任です。
たとえ健人くんと親戚関係にあったとしても、もっと周りに配慮すべきだったと反省しています。
素顔の斎藤健人を撮ろうとするあまり、私が公私混同して健人くんに近づきすぎました。
それが今回の噂に繋がったのだと思います。
これからは節度と自覚をもち、細心の注意をはらって仕事に臨みたいと思います。
本当に、申し訳ありませんでした!」
一気に言って立ち上がり、私が今野に深く頭を下げると、健人も慌てて起立し頭を下げた。
「俺も軽率でした!
ゆき姉が、いや雪見さんが俺の写真集撮ってくれることに、ちょっとはしゃいでました。
もっと、仕事の現場なんだと言うことを意識しなきゃいけなかった。
本当に申し訳ありませんでしたっ!」
二人の様子をじっと観察していた今野が、小さな溜息をついた。
腕組みしながら何か考え事をしてる。
そして結論が出たらしく、やっと柔和ないつもの顔に戻って穏やかに言った。
「まぁ、座って下さい。お茶でもどうぞ。
二人の言い分は、きちんと受けとめました。
今回のことは、私にも責任があると思ってます。
健人と浅香さんが、仲の良い姉弟のようだということは最初からわかってた。
それを知っていながら、周りへの配慮を促さなかった私にも落ち度がありました。
健人のチーフマネージャーとして、いたらなかった。
申し訳ありません。」
「い、いえ、今野さんに謝っていただくことは何もありません!
私たちの方こそ、ご迷惑をおかけしました!」
私は再度頭を下げながら、今野の恩情に感謝した。
それと同時に心に余裕が出てくると、今回の噂が一体どこから流れたものなのかを知りたくなった。
黒幕にピンとくる者がある。
「あのぅ、今野さん。今回の噂の出所に心当たりはありませんか?」
「いや、出版社からのメールに詳しいことは何も…。
浅香さんには何か心当たりでもあるんですか?」
「健人くんに専属カメラマンがついたと言う話は、まだ一部の人にしか伝わってないと思うんです。
写真集のコンセプトや出版自体が、まだ発表されてないんですから。
それに私が健人くんと仕事するようになって、まだたったの一週間足らずです。
その間、私が専属カメラマンであると紹介された場所は、ごくわずか。
例えば、毎日行ってるドラマの撮影現場だとか…。」
健人が隣で『あっ!』という顔をしたのがわかった。
もしかして昨日、俺の腕にしがみついてたあの子…。
確か、プロデューサーの姪っ子とか言ってたような…。
あとは思い当たる節がない。
あの子が俺に気があるのは前々から感じていたけど、まさかこんな行動に出るとは…。
明日から気を付けないと、これだけじゃ済まなくなる。
健人が考えていた事と同じことを、私もまた考えていた。
まさかこんな仕返しをしてくるとは…。
甘く見てたわ、あの女のこと。
でも私と健人くんとの関係を、本能的に感じ取ってるのは間違いない。
週刊誌に流れた話は、嘘ではないのだから…。
これからは気を付けて行動しないと。
今、二人の関係が公になるのは、誰にとってもメリットがない。
健人くんの人気にマイナスになることだけはしたくない。
「浅香さん、健人。今回のことは、私がうまく収めておきます。
だから二人は毅然とした態度で、今まで通りに仕事を進めて下さい。ただ…。
仕事の現場でだけはもう少し、仲の良さを引っ込めてもらわないと。
またあらぬ誤解を招いても、仕事に支障をきたしますから。
お願いしますね、その辺は。」
実は今野は、全てをお見通しのような気がしてた。
暗黙のうちに二人の関係を認めてくれ、フォローしてくれてる気がしてならなかった。
それを確かめる勇気は、今はまだないが…。
「本当に今回はすみませんでした!
また明日から仕事頑張るんで、よろしくお願いします!」
そう言って健人は深く頭を下げる。
私もまた、今野への感謝の気持ちを込めて丁寧にお辞儀をし、二人は応接室を出て行った。
ビルの外は、すでに夕暮れの街へと変貌してる。
やっと酸素のある場所に出た気がして、健人は大きく深呼吸した。
「大事にいたらなそうで良かった。どうなるかと思ったよ。」
「ごめんね、健人くん。
私が昨日あの子にやきもち妬いて、ちょっと意地悪しちゃったのがいけなかったんだ。
ほんとにごめん。」
「いいよ、そんなこと。ゆき姉のせいじゃないから。
立ち話しててまた写真とか撮られたら困るから、どっかで飯食いながら話そ。」
「今日は、おとなしく帰った方がいいんじゃない?」
「やだよ。このまま帰れるわけないじゃん。」
また駄々っ子みたいな幼い顔を健人が見せた。
「しょうがないなぁ…。じゃあ一緒にお店入るのはまずいから、時間差でお店に行こう。
昨日行ったけど…」
「どんべいでしょ?こんなに早く、あそこに逃げ込む日が来るなんてね。
でも何かの時はマスターが上手くやってくれそうだし、あそこの飯なら毎日でもいいや。
じゃ俺、先に行ってるから。後で絶対に来てよ。」
そう言い残し、健人は人混みに紛れて消えてった。
私はというと、なぜか店の方角とは違う方へ歩き出し、タクシーに飛び乗った。




