8.ひとつの大事件
時が経っても、重鎮達やミモザの無礼な態度は相変わらずだった。
そのうえ、王太子を誑かす〝悪女〟という噂の尾ひれまで付けてきたのだ。
しかし何を言われようと、重鎮達の頼みにアーベリアは決して首を横に振ることなく、笑みを絶やさず縦に振り続けた。
そして――そんなある日のこと、ひとつの大事件が起こった。
「王妃陛下のブローチが盗まれた!?」
その話を聞き、城の使用人達が一斉にざわつく。
なんでも、ルマーサが本日つけるブローチを決めるために自室のテーブルに並べたあと、所用を思い出し部屋を離れた少しの間に、一番高級なブローチがなくなっていたというのだ。
「王妃様のお部屋に忍び込むなんて……。そんな恐しいこと、私には絶対できないわ……」
「まったくだ……。一体誰がそのような命知らずなことを……」
この事件を受け、城の使用人全員の所持品検査を行うことになった。
そこにはアーベリアも対象に含まれていた。
「王族と重鎮達は検査除外らしい。それなら王太子の婚約者である姉上も除外していいはずだがな。あからさま過ぎて呆れる」
使用人の一人からその件を聞き、アーベリアの部屋に戻ったイグニスは、その旨を彼女に聞かせた。
ソファに座って紅茶を嗜んでいたアーベリアは、無表情の彼に穏やかな微笑みを向けた。
「殿下の婚約者という肩書きは持てど、ここでは余所者ですから仕方ありませんわ。それにわたくしは盗んでいないのですから。堂々としていましょう」
「あぁ。当たり前だ」
イグニスが息をつきアーベリアに頷いたと同時に、扉からノックの音が響く。
そして、こちらが返事をする前に乱暴に扉が開かれた。
カツカツと足音を鳴らし入ってきたのは侍女長ミモザで、その後ろから王妃ルマーサも姿を現す。
入り口には野次馬の使用人達が集まり、固唾を呑んで事の成り行きを見守っていた。
「城の使用人達とその部屋からはブローチが見つかりませんでした。残りは貴女だけです。王妃陛下の許可は戴いているので、早速貴女とこの部屋を調べさせていただきます」
「かしこまりました。では、わたくしの所持品検査からですわね」
アーベリアはスッとソファから立つと、躊躇なくドレスを脱ぎはじめた。
これにはミモザはもちろん、ルマーサも驚き両目を見張る。
「…………」
イグニスは視線をアーベリアから外し、こちらをマジマジと見つめている男の使用人達を鋭く睨みつけた。
「ひっ……」
眼鏡越しからでもわかる、その威圧感たっぷりな銀色の眼光に、男達は身体をブルリと大きく震わせると、慌てて顔を下に逸らす。
「ちょ――ちょっと!? 貴女、一体何やってるのよっ!?」
ミモザが思わず素の口調でアーベリアに言葉を放った。
「わたくしの所持品検査なら、裸になった方が一番早く済むかと思いまして」
「だからと言ってこんな人前で脱がないでちょうだい! ちょっと、手を……手を止めなさいっ! ――あぁもうわかったわよ、貴女の所持品検査はいいわ! 除外よ!」
ミモザは焦った様子で叫ぶと、ようやくアーベリアはドレスを脱ぐ手を止め、きょとりと小首を傾げた。
「あら、いいんですの?」
「貴女がここで脱ぐと、皆の前でドレスを脱がせた冷酷鬼のような女って噂が立つじゃない! その行動で持ってないとわかったからいいわ! 次は部屋を調べます!」
ミモザは金切り声で叫ぶと、乱暴に床を踏みつけながらアーベリアの部屋を物色しはじめた。
ルマーサは扇子で口元を隠したまま眉根をしかめ、悠然とドレスを直しているアーベリアを見つめる。
大方探し回ったミモザは、ダイヤル錠のついた金庫の前に立った。
「残りはここだけですね。アーベリア様、金庫の暗証番号を教えてください」
「わたくし、金庫は使用しておりませんので、暗証番号は変更しておりませんわ」
「……本当にそうなんですか?」
ミモザは何故か意地の悪い笑みを浮かべると、その場でしゃがみ込みダイヤル錠に指を乗せた。
「それでしたら、初期の『0』四つで開くはずですよね?」
そう言いながら、ミモザはダイヤル錠の数字をすべて『0』に揃える。
そして、金庫の扉に手をかけ開こうとしたが、それはピクリとも動かなかった。
「ほぉら! 初期の数字では開きませんでしたよ? やはり貴女が変えているじゃないですか!」
「…………」
「まさか、王妃陛下に変更の旨を報告していない、なんてこと……ありませんよね?」
金庫が開かないことがわかっていたように、ミモザはニヤリと口角を持ち上げる。
「親愛なる王妃陛下、アーベリア様から変更された後の暗証番号をお聞きしましたか?」
「いいえ? 聞いた覚えがまったくないわ」
ミモザの勢いある問いかけに、ルマーサは扇子を口に当てながら淡々と答える。
ミモザはニィ、と残忍な笑みを顔一杯に浮かべた。
「あぁっ、なんということでしょう! これは王妃陛下への謀反と言っても過言ではありません! やはりこの中にブローチを隠しましたね!? 王妃陛下に嫌がらせをしたかったんですか? なんて陰険で性根が悪いんでしょう! 正真正銘の〝悪女〟とは、まさに貴女のことを言うんでしょうね!」
金庫にブローチが入っているのを確信するかのような口ぶりで、ミモザは自信満々にアーベリアに辛辣な言葉をぶつける。
「王妃陛下はこの金庫の本鍵を持っていらっしゃるので、いつでも開けられます。ですのでもう嘘はつけませんし、しらばっくれても無意味ですよ? さぁ、早く白状なさい!」
口角を大きく上げ高らかに言い放ったミモザは、表情のなくなったアーベリアを高揚した気分で見据えたのだった――




