11.兄には逆らうな
「わたくしが重鎮達や侍女長の言うことを素直に聞き続け、王妃にわたくしを追い出す訴えができないことに、彼女達はやきもきしていたことでしょう。ですので、近いうちに何か行動を起こすのではないかと思っていたのです」
「『作戦会議』の時に言っていたな。この金庫を使って何かしてくるかもしれないと。だから前もって俺に暗証番号を解読させた」
「えぇ」
頷いたイグニスに、アーベリアは頷き返しながら言葉を続ける。
「ですので念のため、金庫の中は毎日確認をしていました。そして昨日、金庫にブローチが入っていたのです。王妃がそれを胸につけている姿を何度か見たことがありましたので、これがすぐに彼女のものだとわかりましたわ。侍女長が本鍵を使って中に入れたのでしょう」
「……! そんなことが――」
イグニスは昨日、王妃派の重鎮達に命令され、夜遅くまで雑務に付き合わされていたのだ。
「わたくしが部屋にいない間に、初期番号で金庫が開かないことを確認していたのでしょうね。わたくしは、あの二人が実行しようとしている企みが予想できました。昨日は王妃に一日中外出の用が入っていましたので、決行が今日だということも」
「侍女長は自分が初期化をし忘れたことが脳から抜けていて、姉上が王妃に伝えず暗証番号を変更したと思い込み、この企みを思いついた。――いや、企んだのは恐らく王妃だな。短気ですぐ頭に血が昇る侍女長がそんなに頭が回るわけない」
イグニスの推察に、アーベリアは同意して首を縦に振る。
「えぇ。それとは別に、侍女達のお喋りで装飾品がなくなる話を聞いていたわたくしは、侍女長が身に着けていた、彼女にまったく似合わないネックレスやイヤリングは侍女達から盗んだものではないかと推測したのです。現在お城にいる侍女から盗んだものは、自分の部屋でこっそりと身に着け悦に浸っていたのでしょう」
「装飾具に興味がない姉上がそれを褒めた時点で違和感を持っていたが、やはりあの女のものではなかったか。美しいものへの異常な執着心には正直寒気がした。そんな女がよく侍女長をやっていられたものだ」
「よほど隠すのが上手だったのでしょう。ちょっとやそっとでは馬脚を現さないと判断したわたくしは、早馬でラハンお兄様にお手紙を出しました」
「兄上に……か?」
そこで予期せず自分の兄の名前が出たことに、イグニスは思わず目を見張ってしまった。
「本来はわたくし自身で解決しなければいけないのですが……。あまりにも時間がなかったことと、ようやく掴んだ殿下の婚約者の座を奪われたくなかったので、心苦しかったのですが、今回はお兄様に甘えさせていただきました」
「…………」
眉間に皺を寄せたイグニスに、アーベリアは小さく苦笑した。
「そんな顔をしないでください、イグニス。愛する人のためならば、わたくしは『卑怯者』と罵られ蔑まれてもかまいませんわ」
「……いや……賢明な判断だ」
「そう言ってくれると、心が軽くなりますわ」
アーベリアは眉尻を下げた笑みを浮かべると、話を続ける。
「お兄様には、『侍女長が侍女達の装飾品を盗んでいるようです。それを彼女に気付かれることなく数品でも取り返せないでしょうか』とお願いしました。お兄様はすぐに動いてくださいましたわ。今朝、お兄様の〝影〟が装飾品を届けてくださいました。それともうひとつ、王妃に気付かれずに、ブローチを彼女の部屋の床の隅に置いてくださるようお願いもしました」
「王妃は金庫に入れたはずのブローチが何故床にあったのか疑問に思っただろうが、『部屋から盗まれた』という捏造話を皆に話した手前、その疑問を皆に投げかけることはできない。今頃悔しがって悶々としているだろう」
「えぇ。お兄様の〝影〟がいなければ、この作戦は成功できませんでしたわ」
「兄上の〝影〟は優秀だ。失敗したなんて一度も聞いたことがない。それより遥かに優秀なのは兄上だ。絶対に逆らってはいけない存在だ」
イグニスの言葉に、アーベリアはしっかりと頷く。
「本当に、ラハンお兄様と〝影〟には感謝の気持ちで一杯ですわ。おかげで、こうして無事にお城に残ることができたのですから」
「王妃の犬が一人いなくなって、こちらとしては動きやすくなったな。ところで……」
「なんですの?」
アーベリアはイグニスの顔を見上げると、眼鏡の向こうの銀の瞳が悪戯っぽく光った。
「装飾具の一つや二つ、買ってやろうか。独創的で印象的で素敵なものを」
「……結構ですわ」
イグニスの軽口に、アーベリアは珍しく拗ねたようにそっぽを向いたのだった。




