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9.犯人は誰?



「……二つほど、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


 おもむろに、アーベリアの薄紅色の唇から質問の言葉が紡がれる。


「なんです? 言い逃れしようったってそうはいきませんよ?」

「お時間は取らせませんわ。金庫の暗証番号の変更は、初期状態の『0』四つに番号を合わせ、扉を開いてから変更可能とお伺いいたしましたが、お間違いはございませんか?」

「…………は?」


 思いもよらぬ問いかけに、ミモザの勝ち誇った表情が怪訝なそれに変わる。


「……そうですけど? 以前に私が説明したとおりです」

「かしこまりました。続いて二つ目の質問をさせていただきますわ。ダイヤル錠の初期化は、どなたがされているのでしょうか?」

「それは……責任ある作業なので、侍女長である私がしていますが……」

「まぁ、ミモザさんが――あぁ、申し訳ございません。もうひとつ質問がございましたわ。初期化には本鍵を使用されますか?」

「え? それは……初期化するには一度金庫を開ける必要があるので、王妃陛下からお借りして使いますけど……。――ちょっと、さっきから一体なんです? 意味不明な質問ばかりして! それでこの場をあやふやにしようという魂胆ですか!?」


 ミモザが苛立ちを隠さず、質問を続けるアーベリアに言葉を投げつける。


「そのようなことはいたしませんわ。先日、暗証番号を変更しようと『0』を四つ合わせたところ、扉が開かなかったのです。何度『0』に合わせて試しても開かず――そこでわたくしは考えました。初期化担当者がうっかり初期化をし忘れてしまい、前の暗証番号のままではないのかと」

「っ!?」


 アーベリアの見解に、ミモザの顔色がサーッと変わった。


「え……うそ……。そ、そんな……。私が忘れるはずなんて……あ――」


 心当たりがあるのか、青ざめ狼狽するミモザの様子に、ルマーサのこめかみがピクリと小さく動く。


「暗証番号をひとつひとつ確かめようとも、組み合わせは一万通りもあるので多大な時間がかかってしまいます。それでしたら前の暗証番号をお伺いしようと、わたくしの前に殿下の婚約者候補だったホルトノ侯爵令嬢にお手紙を送りました。婚約者候補だった間、このお部屋を使用されていたとお聞きしましたから」


 アーベリアは机に手を伸ばすと、印璽(いんじ)が捺された封蝋(ふうろう)で閉じられた手紙を取り、この場にいる皆に見せた。


「こちら、ホルトノ侯爵令嬢から届きました返答のお手紙です。ホルトノ侯爵家家紋の印璽がされているでしょう? ご覧のとおり、まだ封を開けておりません。これを今から開封いたします」

「俺がやる」

「あら。ありがとう、イグニス」


 イグニスは小物入れからペーパーナイフを取り出すと、アーベリアから受け取った手紙の封蝋を丁寧かつ素早く剥がし、彼女に返した。

 アーベリアは微笑み、もう一度イグニスに礼を伝えると、開いた封筒から一枚の紙を取り出し、目を通しはじめた。


「……あぁ、良かったですわ。快く暗証番号を教えてくださいました。『金庫の中身はすべて回収して何も入っておりませんので、開けてもまったく問題ございません』、と。心優しい御令嬢に感謝ですわ。では早速、このお手紙に書かれている数字に合わせてみましょう」

「それも俺がやろう。侍女長のことだから、姉上がすると『不正して開けた』と騒ぎかねない」

「そうですわね。ありがとう、イグニス。よろしくお願いしますね」


 イグニスはアーベリアから渡された手紙を持ち金庫の前に片膝をつくと、手紙に書かれた番号を見ながらダイヤルを回しはじめた。


 最後の列の数字を合わせた時、カチリという音が金庫から聞こえ、扉がゆっくりと開く。


「おぉっ、金庫が開いたぞ!」

「そうなると、暗証番号は前のままだったことが証明されたな。金庫が開けないアーベリア様はそこにブローチを隠せるはずがない」

「そ……そんな! 違うっ! 何かの間違いよ! 確かにこの女が金庫にブローチを隠したのよ! だってこの中にブローチがある――」


 狼狽を隠さず、ミモザは開かれた金庫の中を覗き込み――両目を大きく見開き愕然とする。


 そこには、ルマーサのブローチ――ではなく、美しいネックレスや宝石のついた腕輪が入っていたのだ。


 イグニスが無言でそれらを手に取り金庫から出すと、侍女の一人が声を上げた。


「あっ! それは、以前お城に勤めていた侍女の子が『なくした』と騒いで捜していたネックレスよ! 綺麗な珍しい色をした石が印象的だったから間違いないわ!」


 続いて別の侍女も、目を見張り口に手を当て悲鳴を出す。


「その腕輪、わたしの祖母の形見の腕輪です! その宝石を見間違えるはずありません! 一週間前からなくなっていて、捜しても見つからなかったのに……。そんな所にあったなんて……」


 二人の侍女の叫びに、他の使用人達からざわめきが漏れる。


「え……? 一体どういうことだ……?」

「アーベリア様は金庫を開けられないから、本鍵を使用することができる侍女長が入れた……ということか……?」

「本当はアーベリア様が金庫を開けられないのを知っていて、最適な隠し場所が見つかるまでそこに入れていたとか……?」

「はぁっ!? な……何を馬鹿なことを言っているのよ!? 私が侍女達の持ち物を盗んだとでも言いたいのっ!?」


 ミモザが金切り声で唾を飛ばしながら叫ぶと、アーベリアはふと気付いたように口を開いた。


「あら、ミモザ様。今日はあのイヤリングはされていないのですね? 三日月型と星型の石が付いた珍しい形のもので、とても綺麗でしたので印象に残っていますわ」

「月と星のイヤリング……? あ……そう言えば、辞めた侍女が『母から貰った大切なものをなくしてしまった』と、同じ形のイヤリングを捜していたな……」

「! そんな……なんということだ……。それらをすべて侍女長が盗んでいたのか……。確かに侍女長なら侍女の部屋に自由に出入り可能だし、盗むくらい容易(たやす)い――」

「ち――違う違う違うっ、違うわっ!」


 使用人のトドメの言葉に、ミモザは顔を真っ赤にしながらアーベリアをキッと鋭く睨みつける。


「この女――そうよ、この女がすべての元凶よっ! 王妃陛下のブローチだってどこかに隠し持っているはずよ! もっとくまなく部屋を捜せば――」

「お話の途中で失礼いたしますわ。それなのですが、王妃陛下はブローチを机の上に置いていたとお伺いしました。お部屋を出ていかれた際、何かの拍子で机から落下した可能性もございます。お部屋の床は確認をされましたか?」

「い、いえ、そこはまだ……。――い、今すぐ行ってまいりますっ!」


 王妃付きの侍女が、慌てて踵を返し廊下を駆けていく。


「…………」


 ルマーサの機嫌があきらかに悪くなっているのがわかる。


「そんなはずないわ……。そんなはず……」


 ミモザが鬼の形相で親指の爪を噛みながら、ブツブツと呟いている。



 使用人達は緊迫し張りつめた空気の中、カラカラに乾いた口の中に不快を覚えながらも、王妃の部屋へ確認しにいった彼女が早く戻ってくれることを切に願ったのだった――





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