エピローグ
クレールは、廃墟となっていた廃鉱山近くの町を訪れていた。そこは、工事車両が行き交い、道路や家々の補修が行われている。工事関係者から説明を受けつつ歩くクレールの横には黒服のガードが付いている。クレールは白いスーツ姿で、ヘルメットを被っていた
以前、浮浪者のような国外から来た者達が住み着いた土地だったが、その半数は国外へ退去となり、残ったものは、ここでの工事に携わり、自らの住処を新たに手掛けていた。町は使えるものは補修して再利用し、新たに設ける必要のあるものは不要なものを取り壊して建設していた。
クレールは町の広場に着いた。その正面に嘗てあった劇場だった建物は取り壊されて更地になっていた。ここには、この国に無かった大学が建てられることになっていた。
これに充てられる費用は、ヘリアデス侯国に新たに設けられた科学学術運営基金であり、それは各国を巡ったクレールの外交の結果だった。大学生となったクレールだが、君主として、学生として、忙しい日々を送っていた。
大学を卒業するまでは、パーキンスが摂政としてクレールを支えることになっていたが、外交は積極的に行っていた。ヨーロッパ各地はもとより、アメリカにオセアニア、アジアも回っていた。なぜか、極東の島国である日本でクレールの人気が高く、良く賓客として招かれた。政府の招きであったり、民間の招きであったり多彩であったが、ヨーロッパ以外では格段に知名度が高い国だった。
クレールはこうして回った国々から多くの支援を取り付けることに成功していた。クレールは、こうした支援を得ることに困難を感じてはいなかったが、最初から難色を示しているような相手には無理を強いることはしなかった。
クレールの外交は、若い君主としては及第点と言われることが多かったが、それも若く美貌の女王に対してのご祝儀のように見られていた。
それをクレールは特に気にもしていなかった。実際のところ、クレールがどれほどの利を得たのか、知っているのは国内でもパーキンスを含め少数のものだけだった。それは、実際のところ、及第点どころか、前君主ベルナルド二世をも凌ぐものだった。
この土地に出来るのは大学ばかりではない。国際的な学術会議が開かれて研究が検討された、原子力エネルギー研究機関を、ヘリアデス侯国内に設置することが決められたのだった。
それはクレールの力がものを言ったのは言うまでもないが、直接それを行うのではなく、キャサリン・ラッセルのような資産家を通して金額面でのハードルをクリアするなど、周到に準備した結果でもあった。
また、そうした決定について、異論がでたとしても、大きく拡大することのないように、メディアを通してのイメージ戦略とでもいうようなことも行っていた。
エドワード・ハイド・バートンは、今では経営者を引退して、自分が所有していた企業からの利益は、財団を設立して、慈善事業に当たらせていた。その資金の一部はヘリアデス侯国にも使われていた。バートンが所有していた半導体企業の研究機関はヘリアデス侯国に新しくできた、科学技術開発公社に組み込まれてもいた。
クレールの〝魔力〝に幻惑されない者が仔細にみれば、奇妙なほどヘリアデス侯国に様々な国や企業から支援が、それも有利な条件で行われていることに不審を抱いたとしてもおかしくは無かった。それも、以前の様な核廃棄物に関する密約などのような裏取引も無しに、であるだけに。
密約の公表によって失われた信頼はクレールが取り戻したと言っても良かった。しかし、密約による核廃棄物はそのまま残され、これの保管維持に関する費用は米英仏が負担していたが、クレールは将来的にはこれを無くす心算でいた。原子力エネルギー研究機関は放射性廃棄物の安全な保管、究極的には放射性物質の除去も研究対象としていた。それが叶うとまでクレールは思ってはいなかったが、この国の現状から、将来への希望のようなものにはなるだろうと思っていた。
こうしたことを次々と君主とはいえ学生の身でこなしていったクレールは、もう国民の間では絶対的な支持を得ていた。
それは、喜ばしいこととはいえ、クレールにとっては新たな困難の芽でもあった。将来的には、自分は退位して、民主制でこの国はやっていかなければならない。クレールに頼っているような国であってはならないのだった。まだまだ、そこへ至るまでの財政的な基盤なども出来てはいない。多くの種や苗を植え付けただけで、それがしっかりと根付いて、実りをもたらすことが出来るのかは、未知数だった。
古の魔女の血族であり、その系譜にあっても傑物と言えるクレールとはいえ、想像以上に困難なことではあった。
「あら、珍しいお客様がいるわ」
工事関係者から進捗を聞き終えたクレールが町の入口で、足を止めた。カメラを持った長身の女性と、細身の俳優のような優男だった。
「お久しぶりですね。お二人は、今日はどのような用件で?」
「お久しぶりです。女王様」
オデットは片足を屈めて頭を垂れた。
「今日はオデットで宜しいのですね?」
クレールが悪戯っぽく微笑む。
「ええ。雑誌の取材です」
「私は、摂政閣下に仕事の件で伺ったところです。殿下がこちらにいらっしゃると聞いて、オデットと一緒に来ました。また、同じ宿だったもので」
エリックが身を屈めて挨拶すると丁寧な口調で話した。
「アリスのホテルですか。そんなに時は経っていないのに、妙に懐かしい気がしますね」
クレールは少し離れているようにお付きの者に言うと、二人に向き直った。
「どうですか。この国は。以前と変わったでしょうか?」
「ええ。ずいぶん、立派になったと思いますよ」
オデットが言う。
「シュバリーさん。以前、あなたに言ったことを覚えていますか?」
「何のことでしょうか?」
「必要があれば、わたしを止めて下さいと言いましたが、今、その必要は感じますか?」
「いいえ。殿下」
エリックは本心から、真顔で答えた。それを聞いてクレールは静かに微笑んだ。
「殿下」
黒服がクレールを呼ぶ。
「それでは、失礼いたします」
クレールは挨拶すると、二人の前を去っていった。
「すっかり貫禄が付いたわね。まだ二十歳よね。彼女」
「そうか。まだそんな年なんだな」
「やっぱり苦手だわ。あの娘」
ベントレーに乗り込むクレールを見送りながらオデットがしみじみとした調子で言うのを聞いて、エリックは思わず笑顔になった。




