その8 前半
茶色に変えた葉が街を彩る。
11月と言う本格的な秋の訪れをそれらが無言で教えている。
一颯は何時ものようにピーを散歩に連れて行きながら
「寒くなったなぁ」
そろそろ散歩もやめるか
と呟いた。
それに頭の上に止まっていたピーは
「イブキー、ラブリー」
とパタパタと羽を広げて騒いだ。
人の言葉を理解しているのだ。
一颯は冷静に
「人の頭に爪を立てるな」
いてーだろうが
とぼやいた。
ピーはそれに
「ワタシ、ホムズ」
サンポ、ワトン
と返した。
意味不明である。
一颯は溜息を零しながら
「さぁ、今日も散歩が終わったら仕事はおしまいだ」
と呟いた。
しかし。
何時もの如く…依頼が彼を待っていたのである。
リショット
「おかえりー」
一颯君、依頼だよ
と探偵事務所の扉を開けるなり待ち構えていましたとばかりに声が響いた。
…。
…。
先手を打たれ、一颯は目を細めると
「しゃちょー」
帰るなりそれじゃぁやる気が削がれる
とぼやいた。
探偵事務所の社長である尾米正はそれに
「いや、帰った瞬間に言っても言わなくてもヤル気削がれるでしょ?」
と心で突っ込みつつ
「悪いね、依頼者が待っているので」
そこで
と指を応接室の方に向けた。
一颯は「あー」と心で呟きつつ、困ったように笑う坂路理沙とふっと笑っている七尾友晴に目を向けた。
「ったく」
そうぼやきつつ
「七尾」
と呼び顎を動かした。
友晴は立ち上がり
「はい」
と答えた。
二人は簡易応接室のソファに座る中学生くらいの少年とその母親らしい女性の前に座った。
少年は俯いたままぺコンと頭だけ下げた。
母親はそれを一瞥し直ぐに一颯を見た。
「貴方がこの探偵事務所の探偵ですか?」
言われ、一颯は正面に座って
「はい」
と名刺を出しながら
「一色一颯と言います」
と告げた。
「彼は七尾友晴です」
友晴は携帯で動画を撮りながら
「宜しくお願いします」
と告げた。
女性は頷き
「私は長田良子と申します」
この子が息子の高雄です
「実は学校の裏サイトで息子が同級生を暴行した動画が載って困っているんです」
SNSで拡散されて学校側も動画があるので悪いのうちの子供だと
「今は学校へも行けなくて」
と告げた。
一颯はそれに
「なるほど、でしたら区の教育委員会の方へ行った方が良いと思いますが」
それに基本的に暴行は良くないと思いますが
とさっぱり答えた。
長田良子は顔を顰め
「教育委員会なんて宛てになりません」
教師や学校側の話だけ聞いて返答ですから
と言い
「確かに暴力をふるったことはこの子が悪かったと思いますが」
友人を守るためだったんです
「それをまるで何時も暴行しているかのように…」
と告げた。
友晴は一颯を一瞥した。
一颯は彼女を見て
「なるほど」
それで何を調べて欲しいと?
「こちらは弁護士事務所でも相談所でもないので」
と答えた。
良子は一颯を真っ直ぐ見つめ
「息子が言うには他にもそういうSNSリンチまがいのことを彼らはしているようなのです」
その証拠を調べて手に入れて欲しいんです
「息子の動画にしても息子は確かに殴ったけれど言ってない言葉が入っていると」
と告げた。
一颯は俯いたままの少年・長田高雄に
「君は?」
調べて良いのかな?
「不都合な真実や事実があっても俺は調べるとなると調べるけど」
と聞いた。
高雄は俯いたまま
「本当のことを調べるつもりはありますか?」
と聞いた。
一颯は「もちろん」と答えた。
「探偵だからな」
依頼者にとっての利益不利益は関係ない
「言われた通りSNSリンチがあるかどうかの真実事実を調べる」
高雄は顔を上げると
「お願いします」
と答えた。
「俺はアイツを殴ったことを後悔はしてない」
暴力は悪いって言うけど
「アイツは業と俺と賀川を怒らせたんだ」
言葉だって暴力だ
「傷が見えないだけで…身体より傷が深いこともある」
だから
「貴方がアイツを色眼鏡で見て俺達を責めないというのなら調べて欲しい」
それで俺の不都合な事実があったとしても受け止める
母親は驚いて息子を見た。
SNSで酷い書き込みがあって登校拒否をしている息子を学校へ行かせるための一つの方便として探偵事務所へ依頼してきたのだ。
別に解決とかそう言うことではなかった。
だからこそ小さな貧弱な探偵事務所を選んだのだ。
『貴方の言うことも分かっているでしょ?だから学校へ行って頂戴』
そう言う意味だったのだ。
だが、息子は本当に真剣に苦しんでいたのだと理解したのである。
母親は頭を下げると
「お願いします」
息子の真実を
と告げた。
一颯は母親の表情が変わるのを見て笑みを浮かべ
「わかりました」
お引き受けします
と言い
「詳細な情報を先ずはいただきたい」
そのSNSのサイトのURL
「それから君が言ったという言葉とアイツと言う人物の名前と親友の名前を」
と告げた。
「動画を撮られた場所と時間も」
高雄は頷いて全てを話した。
友晴はそれを全てメモに取り
「学校裏サイトですか」
と言い
「それから投稿者の中川与一と親友が賀川節次ですね」
と告げた。
「学校の体育館を裏の出来事が動画で投稿と」
一颯は最後に
「あと、他に被害にあったって言う子は知っているのか?」
と聞いた。
高雄は頷くと
「一年の頃に同級生だった樫宮久ってやつ」
そいつは本当に中川を虐めてたけど
「町村は虐めていなかったけど虐め動画が流れて学校辞めた」
と告げた。
一颯は「わかった」と答え
「きっちり調べて報告させてもらう」
と告げた。
高雄は笑みを見せて
「お願いします」
と答えた。
一颯は二人を見送ると理沙に
「理沙、学校裏サイト開けれるか?」
と聞いた。
理沙は頷き
「ええ、これね」
と告げた。
サイトの書き込みは正に遠慮がないと言うか…自分に火の粉が降りかからないなら何でもノリに乗ってやれという感じであった。
『長田だろ?辞めるんじゃねぇ』
『今回は賀川とダブル?』
『樫宮と町村と次誰かと思っていたけど長田かぁ合掌』
などなどである。
書き込みは全て匿名である。
誰が書いたか分からない。
理沙はそれを見ながら
「本名が出ないとなると怖いわね」
と顔をしかめて呟いた。
「本名が出るとなると書き込まないんだよね」
こういう子たちって
一颯はそれに
「当然だろ?」
こんな書き込みしたって分かると反対に自分がどんなバッシング受けるか分からないって分かっているからだろ?
「勿論、そんなの間違ってるけどな」
と言い
「それで発端の動画は?」
と聞いた。
理沙はマウスを動かし
「これ」
と手を止めた。
一颯は見て
「落とせるか?」
と聞いた。
理沙は頷くと画像をクリックして保存を選んだ。
一颯は目を閉じると
「流してくれ」
と告げた。
理沙は頷くと
「はーい、行きます」
と再生ボタンを押した。
友晴は動画を見ながら
「…この動画を見れば虐めているとしかとれませんね」
と言い
「おかしなところもないし」
と呟いた。
「言ってない言葉だと言っても…声は彼のものですよね」
一颯は「なるほどな」と呟き
「まあ、そう感じるんだろうな」
と告げた。
動画は体育館の裏手で長田高雄が向かい合って立っている中川与一の襟をつかみ
『小遣いくらい貰ってんだろ?金貸せよ』
『出さねぇのかよ』
と怒鳴り、それを横手で怪訝そうに見ている賀川節次が
『出さないつもりなら殴れば?』
と言っているのだ。
そして、高雄が殴って与一が尻もちついたところで止まっているのだ。
投降者の名前は『善意の投稿者』であった。
中川与一ではない。
が、長田高雄は彼か彼の関連者だと思っているのだ。
一颯は腕を組むと
「恐らく、樫宮と言う人物と町村と言う人物のことがあるからだろうな」
と言い
「坂路、樫宮久の動画と町村匡彦の動画も調べて手に入るなら入れてくれ」
それからそれを引用しているSNSのURLを俺の携帯に投げておいてくれ
と告げて、立ち上がった。
「さて、聞き込みに行くか」
もう一人の関係者である賀川節次からも当時の状況を聞かないとな
「後、樫宮久と町村匡彦も調べないとな」
友晴は頷き
「では、先ず学校ですね」
と告げた。
一颯は頷くと
「ああ」
と答えた。
「中川与一の身辺も調べて協力者がいるのかどうかも確認だ」
友晴は一颯と共に事務所を後に車に乗り込んだ。
そして、運転しながら
「一颯さまはあの動画は信じていないのですか?」
長田高雄の言うことを信じていると?
と聞いた。
声は彼のものであった。
動画も弄ったようには見えなかった。
だが、恐らく一颯は動画をおかしいと思っているのだと友晴は感じたのである。
一颯は助手席に乗りながら
「あー、画像は弄ってないと思ってる」
と言い
「長田高雄自体が殴ったって言っていたしな」
音声は…声紋鑑定すればわかるだろ
「ただどちらにしても善意の投稿者は体育館の裏手に態々何しに行ったんだろうなぁと思ってな」
と告げた。
それに友晴は目を見開いた。
一颯は彼を見て
「とてもいい偶然の良い画を撮ってると疑いたくなるのが俺の性なんだ」
と告げた。
「中川与一には仲間がいて撮らせたのかもしれないと思うと…『そうなるように仕組んだ』って穿った考えを起こしてしまうだろ?」
加害者と被害者を逆転させたSNSリンチってないわけじゃない
友晴は学校へ到着すると保護者用の駐車場に車を止めて警備室へと向かった。
そこで事情を話しし職員室へと案内してもらったのである。
一颯は何時も通りに『名古屋Nowtime』のライターとして学校裏サイトの虐め取材としての教師を訪ねたのである。
対応に出たのは教頭であった。
教頭の田中一郎は二人を応接室に誘い
「学校裏サイトの虐めということですが」
当校としてはそう言う事実はないと思います
と告げた。
それに一颯は携帯を出すと裏サイトの動画を利用しているSNSを開いて動画を見せた。
「この殴られている生徒はこちらの学校の2年生中川与一くんで殴っている生徒は長田高雄くんと賀川節次くんではないでしょうか?」
こちらとしても事実確認無しで記事を書きたくないもので
田中一郎は蒼褪めながら
「…そんなことが」
と答えた。
一颯は更に
「ただ、調べましたところ以前にもこういう動画が裏サイトで流れてそれが他のSNSで拡散されて二人の生徒が学校を辞めたということとこの動画もそうなのですが善意の投稿者の動画を撮るタイミングや場所などから実はこういう動画を撮ってSNSに流して拡散させて生徒を追い出すという所謂SNSリンチを実はしているのではないかと言う情報もあって」
その辺りも調べたいと思いまして
「取材をできればと思います」
と告げた。
教頭は冷や汗を流しながら
「しかし、生徒への影響が」
と呟いた。
一颯は息を吐き出し
「もちろん、取材して学生や学校側に不利益が大きいと判断しましたら雑誌に載せるのを見送ることもあります」
ただ今の段階でそれを止められると
と呟いた。
教頭は言わんとしていることを理解すると
「わかりました」
と答え
「但し、くれぐれも生徒を刺激しないように」
授業終了後に学校の外でしてください
「お願いします」
と告げた。
一颯は頷き
「わかりました」
ありがとうございます
と答え、立ち上がると応接室を後にして校門のところで生徒が出てくるのを待った。
終業のチャイムが鳴って校舎にざわめきが起こり、クラブ活動に向かう生徒や帰宅する生徒がパラパラと姿を見せ始めた。
一颯は門を出てきた生徒の中で一人の女子生徒に声をかけた。
「名古屋Nowtimeのライターなんだけど」
この学校のことで
「取材をしているんだ」
話を聞かせてもらっても?
名刺を見せて笑みを浮かべた。
女子生徒は驚きながら
「あ、わ、私は」
と慌てて立ち去った。
一颯は次々に出てくる生徒を掴まえ
「実はこの学校で虐めがあるという動画が拡散されているのは知っているかな?」
と聞きまわった。
それが一颯の思っていたほど学校裏サイトが知れ渡っている訳ではなかった。
どちらかと言うと一般的なSNSで見たという生徒がちらほらといるだけであった。
そして、動画の中で出ていた中川与一を見つけると歩み寄り
「名古屋Nowtimeの一色と言うものなんだけど」
この学校の裏サイトのことで取材をしていて
「話を聞かせてもらっても良いかな?」
虐め動画に出ていたのは君だよね?
と名刺を見せた。
中川与一は名刺を見て頷いた。
「はい」
一颯は動画を見せて
「これは君でいい?」
と聞いた。
与一は「俺です」と答え
「この二人…長田くんと賀川くんに俺はずっと虐められていて」
この日も体育館の裏に呼び出されて
と視線を下に向けた。
友晴は携帯で動画を撮っていた。
一颯は「そうなんだ」と言い
「ずっと虐められていたことは先生とかご両親とかに相談とかは?」
学校に行きたくなくなるだろ?
と告げた。
与一は涙を溜めながら
「言ったら余計虐められると思って言えなかったんだ」
と言い
「だから誰か知らないけどこの動画を投稿してくれて良かったと思ってる」
と笑みを浮かべた。
一颯は「なるほど」と答え
「ところでこの善意の投稿者に思い当たる人はいないのかな?」
君の辛い現状を他の人に知らせてくれた人だから礼ぐらいは言いたいんじゃないの?
と聞いた。
与一は「え?」と驚くと
「あ、それは…思います」
と答えた。
一颯は笑顔で
「そうだよね」
と答え
「また色々聞くかもしれないので連絡先を教えてもらえると助かるんだけど」
良いかな?
と聞いた。
与一は頷き
「じゃあ、俺の携帯を」
あの二人にどんなにひどい目にあったのか知って欲しいから
と言い携帯電話の番号を書いた。
一颯はそれを見て
「じゃあ、また」
取材に行くので
と手を振って与一を見送った。
その後、人波が収まった頃に一人の青年が姿を見せた。
賀川節次であった。
一颯は彼を掴まえると
「名古屋Nowtimeの一色というものなんだけど」
学校での虐めの動画が拡散しているのは知っているかな?
と告げた。
それに顔を顰め
「知ってるよ」
と答えた。
「でも、長田も俺も悪くない」
あの動画は作られたモノだ




