その7 後半
理沙としては山陰に強制送還されないためにここは一肌脱いで頑張らねばと奮起していたのである。
「頑張って一颯君の力にならないとね!」
山陰に強制送還されちゃうし
友晴は二人を見て
「…坂路さんは山陰が嫌いなのですかね?」
それとも
と心で呟いた。
正に思惑のトライアングルの状態であった。
一颯は息を吐き出し
「ったく」
とぼやくと
「坂路」
と呼んだ。
「その代わりピーを絶対に連れて行け」
理沙は笑顔で
「了解!」
と答えた。
理津子は笑顔で
「良かったわ、大学の講義を休みたくないんです」
と言い
「では、明日の朝に家へ来てください」
家政婦には話しておきます
と告げて立ち去った。
一颯は見送って戸を閉めてクルリと振り返った。
…。
…。
理沙はオドロオドロシイ怒った表情にひくっと頬を引き攣らせた。
「あ、れ?」
私何か不味かったかな?
アハハと引き攣った笑みを浮かべた。
一颯に力になろうと奮起したのだ。
何故怒る?である。
一颯はふぅと息を吐き出し
「坂路、今回一回だけだからな」
二度目は椅子に縛り付けて動けなくしてやる
とビシッと指をさした。
理沙は「えー!」と声をあげて
「何故、一色君が怒るのか分からないけど~」
とぼやきつつ、翌日、一颯と友晴と共にハーネスを付けたピーと共に出向いた。
理津子は理沙を出迎えて笑顔で部屋に案内すると
「私は何時もこの服で大学へ行くの」
と愛らしい服を理沙に着せて笑みを見せた。
「やっぱりぴったりね」
理沙は着ながら
「わっかい!」
いや~ん
「学生時代に戻った気がする」
とはわわと心で呟いた。
理津子は「ごめんなさいね、私怖がりで」と言い
「あ、良かったらお茶」
どうぞ
とコップにお茶を入れて理沙に渡した。
理沙はそれを受け取り
「ありがとう」
緊張してたから助かったわ
と飲み
「よし、頑張ってこないとね」
と部屋を出た。
そして、玄関口に行くと待っていた一颯に
「10歳くらい若返った気がするわね」
気分だけだけどね
とニコッと笑った。
一颯はそれに視線を逸らせつつ
「それじゃあJKだろうが」
俺は相性が悪いんだ
と昨日の怒りを引き摺りつつ呟いた。
理津子は三人に
「では、不審人物が分かるまでお願いします」
と言い
「もし、叔父の可能性が高かったら…父に知らせる前に私に知らせてください」
父は叔父を信用しているのでショックを受けるかもしれないので
と告げた。
一颯は書類を見て
「ああ、杉田理の弟の杉田倫か」
分かった
と答えて、理沙の頭の上に止まったピーを見ると
「ピー頼むぞ」
と告げた。
ピーはパタパタ羽をはためかして
「ワタシ、ホムズ」
イブキ、ワトン
「ラブリー」
と答えた。
そして、車に乗って大学へ向かう理沙と共に友晴と共に後に付いていった。
一般人でも大学には入れるが、流石に講堂の中をウロチョロすることは出来ない。
二人は講堂の前で理沙と別れて一颯は友晴を見ると
「悪いが、午前の講義が終わるまでレストランで待機しておいてくれ」
と踵を返した。
友晴は一颯を見ると
「あの」
と声をかけた。
一颯は肩越しに振り返り
「彼女が言っていた叔父のことを調べる」
と告げた。
友晴は「なるほど」と理解し
「調べものなら私がしますが?」
と聞いた。
一颯は笑って
「俺もパソコンは不得意じゃねぇよ」
と歩き出し
「けどそれをすると坂路のやる気が削がれるだろ?」
と手を振って立ち去った。
友晴は目を見開くとふっと笑み
「なるほど」
と答えた。
事務所で一颯は殆どパソコンを弄ることが無い。
それこそパソコンは不得意なのではないかと思っていたくらいにである。
だが、それには理由があったのだ。
一颯は事務所に戻り杉田倫と杉田理の情報を調べた。
その後、市役所へいき杉田家の戸籍も調べたのである。
理津子の母親は3年前に亡くなり、理津子と理の二人暮らしであった。
そこまでは問題はない。
一颯は戸籍を見て舌打ちすると
「なるほどな」
そう言うことだったのか
と言うとカワナハンバーグや大学内での和風レストランをしているカワナフーズの本社へと向かった。
理と会うためである。
時計を見ると
「ったく、時間がねぇ」
と呟き
「坂路が身代わりじゃなかったらゆっくり構えていたのに」
と車を飛ばした。
その頃、理沙は一時限目の講義が終わったが講堂にはいなかったのである。
一人の男が彼女を冷凍庫の前に抱いて運び
「死んでくれたら財産が手に入るんだ」
運が悪かったな
とニヤリと笑って携帯を手にした。
ピーは眠る理沙の頭の上で羽根をパタパタさせて
「ピーンチ」
ワタシ、トブ
「リサ、モリモリ」
ハーネス、ハナス
と騒いでいた。
一颯がカワナフーズの本社を訪ね理から話を聞くと
「それで弟の方の杉田氏は?」
と聞いた。
理はそれに
「ああ、弟はここ数日の疲れが溜まって家で寝ているよ」
携帯から連絡があった
と言い
「それで、その話なんだが…私の胸に預からせてもらいたい」
無理を言うとは思うが
と告げた。
一颯は立ち上がり
「わかった」
但し、こちらに被害が無ければだ
と答え
「もし、何かあったら…それなりの覚悟はしておいてもらいたい」
と言い立ち去った。
一颯は車を走らせて大学へ戻り講堂の入口の見える場所で立っていた友晴と合流した。
「それで、授業は?」
友晴は頷いて
「一時限が終わったところで…パラパラと学生は出てきていますが…坂路さんは恐らくまだ中に」
と告げた。
一颯は少し考え
「中に入るぞ」
坂路はなんだかんだと言っても俺達に姿を見せる
と足を踏み出した。
その途端にピーがバタバタと和風レストランの方から飛んできて
「コゴーエール」
モリモリ、コゴエール
と叫んだのである。
二人は講堂に入りかけて振り返り人々が驚いてみる中でピーを頭に止らせると一颯は
「レストランの冷蔵室か」
ピー、案内しろ!
と言い、駆け出した。
ピーは羽ばたきレストランの中に入ると驚く人々の上を飛び冷凍室の前でクルクル回った。
そこに一人の男がいて
「誰だ!?お前」
と構えた。
一颯はそれよりも早く回し蹴りすると
「いう前にやれというのが鉄則だろ」
と言い、動けず蹲る男の横を通って冷凍室を開けた。
その中にぐったりと倒れたままの理沙がいたのである。
「坂路!」
一颯は慌てて抱き起し
「おい!坂路!!」
死ぬんじゃねぇ!!
と頬を叩いた。
理沙は薄く目を開けると
「私ねー、帰りたくないんじゃないんだよ」
一颯君の側にいたいだけなんだって
「知ってた?」
と笑むとクタっと意識を落とした。
一颯は腕に力を込めて
「ったく、俺がお前に傍にいて欲しいって思ってたのを知らねぇくせに」
と言い、抱き上げて冷凍室から出て、男を縛っている友晴を見た。
「…さて、病院へ連れて行く」
友晴は一颯の腕の中でクゥクゥ眠っている理沙を見ると笑み
「かしこまりました」
と答えた。
ピーは一颯の頭の上に乗り
「イブキー、ラブリー」
と喋った。
一颯はそれに
「今日は頑張ったが…散歩は明日な」
とさっぱり答え、ピーが頭の上でしくしく泣いているのに
「…明日連れて行ってやるから泣くな」
ったく
とぼやいた。
捕まった男は理津子に頼まれたことを全て白状し、理は彼女を怒ったものの縁を切ることはしなかった。
理津子は幼い頃に母親が連れてきた…つまり連れ子であった。
その不安から今回の計画を思いついたのである。
叔父の倫は季節の変わり目で風邪を引き、本当に自宅で眠っていたのである。
理沙は睡眠導入剤で眠らされていただけなので直ぐに退院したのである。
が、冷凍室のことは何も覚えていなかったのである。
「ホント―にごめんなさい!」
頑張らないといけないって奮起したんだけど
と謝った理沙だったが
「それで、私何か寝言いってた??」
事務所で怒っている一颯に何も覚えていないことを自白したのである。
一颯は視線を逸らせると
「しらん」
と言い
「だが、一つだけ言っておく!」
もう二度とするなよ!
「お前がいなくなると俺の探偵業に支障が出来るからな!」
忘れるな!!
「ったく、誰が調べものするんだ」
と告げた。
理沙はそれに満面の笑みを浮かべると
「わかったわ!」
任せて頂戴!
とガッツポーズをして笑顔を見せた。
正はそれを見て
「漸く、いつものおこめ探偵事務所に戻ったようですねぇ」
と呟いた。
友晴はその日の仕事帰りに一颯に
「坂路さんの何処が貴方の気を引き付けたのでしょう?」
彼女は益田家の従者の中でも極々普通の女性だと思うのですが
「こう言っては何ですが自覚が足りない部分があると言うか」
と告げた。
一颯はそれに友晴を見て
「坂路は…似てるんだ」
と言い
「俺をこっちに導いてくれた親友にな」
と告げた。
友晴は不思議そうに見て
「…その…島津家の…」
まさか
と告げた。
一颯は笑顔で
「ああ、特別な家系の中にあってそう言う匂いがしないんだよなぁ」
真っ直ぐだろ?
「歪みが無くてな」
鬱屈したところがない
と告げた。
「そりゃあ、あいつも益田家の従家の自覚はある」
けどなんて言うか…ただそれだけなんだよな
友晴は一颯の言わんとしているところが恐らく己が主の達雄が見ている場所と同じなのだと理解し
「私には難しいですが」
と言い
「けれど彼女を今すぐあれこれと言う気はありませんよ」
と告げた。
一颯はそれに
「言わせねぇよ」
と不敵に笑って
「じゃあ、また明日」
とマンションに入って自室の戸を開けて中へと入って行った。
友晴は驚いて暫く立ち尽くしたものの
「まったく、光と影と…面白い方だ」
と口元に笑みを浮かべて立ち去った。
坂路理沙は借りているマンションの一室でピーに餌をあげてベッドに身体を横にすると窓の向こうの空を見つめた。
「はぁ…今回はマジで失敗したけど」
明日は頑張らないとね
この時、空には星が瞬き綺麗な満月が姿を見せていた。




