そしてそのうち腐れ縁
次は王都編予定です。
「どぉおおーーーーっ・・・せぇいい!!!」
ズドォオオンと地響きとともに、魔猪の頭が頂点から割られた。
血飛沫と轟音を上げ、巨体から力が抜けて横たわる。
その額には、深々と銀色の巨大な斧が突き刺さっているが、それはほっそりとした腕にあっさり引き抜かれた。
付着した血を吹き飛ばすために一振りすると、その風圧だけで周囲の空気が震えた。
その巨大な斧を持つのは華奢な少女だった。可憐な幼いかんばせに薄っすら汗を滲ませ、片手で軽々と斧を持っている。その斧が光を帯びたと思うと、あっという間に縮んでその手首にブレスレットとなって収まった。しゃらりと金具が鳴り、虹色の玉が輝いている。
「倒したのは良いけど・・・見たことがないモンスターね。
ボア系なのは確かだけど、ブラウンボアやレッドボアとも違うし・・・というより、明らかに大きいわよね。なんか石礫みたいなの飛ばしてきたし・・・魔物ってそもそも魔法使うの? 動物みたいな魔物も・・・」
まあいいや、とりあえずしまおう――少女ことアシュリーは倒したばかりの巨体をマジックバッグに収納した。
最近手に入れたこれは超巨大容量。小屋位のサイズが悠々ある魔猪も収納可能だった。
その時、ぴろーんと音がした。
「ん?」
――称号『草原の主』を手に入れました。ザルツ周辺の採取確率が向上します。
なんかボスだったらしい、この大きなボア。
アシュリーはとりあえず高く売り払えればいいや、と特に気にせず他にもそこら中に倒れているボアたちの回収作業を始めた。マジックバッグ万歳である。
ちなみにその後ろで、肩で息をしてゼイゼイと今にも倒れそうなフリューゲルと、その彼を乗せながら草を食んでいるメリーがいる。その傍には、ツェルニオが落ちて――否、倒れている。
ついさっきまでそこかしこで倒れているボアの群れに襲われて戦っていたのだ。
ボアは群れを組むことは珍しくないが、今回はその規模が規格外だったのだ。
基本数匹単位の群れなのに、今回のボアは数十、もしかしたら百を超える数がいたのだ。
アシュリーとツェルニオが前衛をしつつ、フリューゲルが後衛としてサポートや回復をしていた。フリューゲルも剣の使い手だが、アシュリーとツェルニオのほうが断然前衛型であった結果である。また、本人もまだ殺生に対し抵抗感があるため、この形に収まったのだ。
アシュリーは最初ショートソードで応戦していたが、普通サイズのボアはともかくあの巨大なボア――イーヴィルボアを倒すにはその武器は致命傷に至らなかった。巨体ゆえの分厚い皮と脂肪があり、なかなか深くまで狙えなかったのだ。その間にもイーヴィルボアは嘶いては仲間を呼び、その山ごとき巨体で突進を狙ってこちらを追い回してくる。
ついにブチ切れたアシュリーとメリーは、真っ向勝負に出た。
「肉と皮の素材の分際でしつこいわね!!! メリー!! アイツぶちのめすわよ!」
「ん・・・・めええええ!!!」
アシュリーの『憤怒』スキルと『騎乗:羊』『逆境』『牧羊』スキルが唸った。
アシュリーの持つスキルランクEXはAでも計り知れない、それこそ規格外という意味だ。
怒りのままに発せられた咆哮は皮きりでしかない。自身だけでなく相棒のメリーのステータスに一気の上昇バフをかけ、危険を察知したツェルニオはフリューゲルを担いでメリーから飛び降りた。
その辺で売っているショートソードではこのイーヴィルボアは倒せないと判断したアシュリーは、手に入れたばかりの聖戦斧を手にした。
そして突進してくるイーヴィルボアをメリーは正面から迎え撃つ――どころか、自分も全力で走って突進していった。
もし、メリー単体だけであればイーヴィルボアと拮抗するのは難しかっただろう。だが、『魔羊』であるメリー――『羊』に対して膨大な強力補正を掛けられるアシュリーを乗せた状態のメリーは一騎当千の兵器といえる能力となる。
怒れる相棒につられるように、メリーの戦闘本能は爆発的に上昇した。怯まずにイーヴィルボアへと真っ向勝負。正面からぶつかり合い、額をぶつけ合った
そして、メリーはイーヴィルボアに勝った。
押し負けた巨体は、容赦なく、あっけないほどに空高く吹き飛ばされた。
それが地面に叩きつけられるより早く、アシュリーを乗せたメリーは追撃をした。
二度、三度、と容赦なく吹き飛ばしてやがて地面に叩きつけさせた。巨体を容赦なく大地に叩きつけさせ、勝利の雄叫びを上げる。メリーの勝利の咆哮に応えるように、遠くから魔羊たちの呼応が届く。
草原が多方向から一斉に上がる、獣たちの咆哮でびりびりと震えた。
しかし、イーヴィルボアもしつこかった。ふらつきながらも立ち上がってきたのだ。
そのしつこさにアシュリーは「よし、頭カチ割ろう」と、メリーから高らかに飛び上がり、巨大な斧をその頭蓋に叩きつけた。
――それが冒頭である。
ギルドで素材を売り払うと、思いのほか大金が舞い込んできた。
あのイーヴィルボアは珍しいボアらしい。しかも大量に討伐したボアの中には、変異種の色彩を持ったボアがいて、それは通常のボアの10倍の金額で売れた。
ボアは皮・肉・牙とたくさんの部分が素材となるため、色々とお得感満載である。
なんかこの世の終わりのような顔をしたララァに「アシュリーちゃん、どっちのこがカレシなの・・・?」と云われたが、違うので正直に答えておいた。
「とりあえず、分け前はいつも通り三等分。端数はわたしでいい?」
「おー、いいぞー。と、いうより俺は別に金に困ってないしな。別にいいぜ?」
「僕も正直、修行の一環だと思っていますので」
「お金を笑うものはお金に泣くのよ。タダより高いものはないと云うし、余計な借りを量産する趣味はないの。取りあえず取っといて!」
アシュリーはお金大好きガールだが、どうやらツェルニオとフリューゲルはあまり執着しないらしい。
だが、いつまでもタダ働きさせているわけにもいかない。余計な借りも無しにしたいアシュリーは、基本的に報酬は三分割している。だがギルドから仕事を取ってきて、いろいろ手続きする代わりに割り切れない僅かな端数はアシュリーが貰う。
幸い、3人行動ならメリーに乗り切れる。割と三人とも華奢な体形なのもあり、普通の羊より大きな魔羊のメリーの背中なら難なく乗れるのだ。
「だけど、覚えておいてね。わたしを騙したら地の果てまで追いかけて、引きずり出して、気が済むまでぼこぼこにした後捨てて拾ってまた叩きつけるから」
どこに、とは言わなかったが笑顔のアシュリーにフリューゲルは「そんなことしませんよ、命知らずじゃあるまいし」と真顔で否定した。
フリューゲルは大人しい顔をして、最近ますますアシュリーに対して容赦がない。オブラートも八つ橋もどこかにポイ捨て済みのようである。そんなフリューゲルを、微妙な顔でツェルニオが見ている。大人しく繊細そうな少年だったフリューゲルは、アシュリーのマイペースに巻き込まれ続けた結果、順調に図太くなっていた。特にアシュリーに対して。
「それにしても・・・アシュリーはどうしてそこまで金に執着するんだ?」
「物心つく頃から家族から散々毟り取られきてたら自然にそうなってた」
「・・・・・・・・すまん」
「もし、わたしの家族を名乗る人間がきたら取り次いだらしばくわ。絶対。
金がないって云うなら、娼館や奴隷商でも紹介して自分を売り払うよう助言でもしておいて下さい。物がなくても、自分はあるでしょうから」
「そこまで嫌いか」
「ええ、二度と顔も見たくないです」
おかげでアシュリーは今現在が一番自分のためにお金が使えるし、すごく充実した日々を送っている。
あの田舎の村ではやりたいこともろくにできず、そのための資金を貯めようとすれば奪い取られていた。家族には悪気というか、罪悪感などなかっただろう。子供のお金だから、と。
今は縁が切れて清々している。
もともと、アシュリーは異世界人ということもあり、ここの価値観に少し馴染めなかったこともある。また、以前の親が金銭感覚や物の貸し借りがしっかりした人であった。そのため、なぁなぁで禄でもないことをしでかし続ける家族が受け入れがたかった。
家族だからこそ、受け付けなかったのかもしれない。
「それにわたしが貴族と知り合ったなんて知ったら、変な飛び火しそうですしねー」
「平民にはよくあることだな。極端にへりくだるのもいれば、まるで自分も貴族になったように横柄になるのもいる」
ツェルニオが果実水をじっくり凍らせながら、シャーベット状にしようとしている。
ツェルニオはそれほど氷魔法が得意でないため魔石の補助を使っている。そこまでしてなぜしたいのかと云えば疑問だ。しかし、ツェルニオにいつでも自分好みの味を再現できるようにしたいとキリッとした決め顔で云われた。気持ちはわからなくもない。
だが、かつてない――それこそ戦闘中レベルに真剣な顔をして、ぎりぎりと歯ぎしりしそうなほど大真面目に凍らせているエリート貴族様に若干周囲は引いている。
「この、微妙な歯ごたえを出すのが難しいんだ。凍り付きすぎても、べちゃべちゃな状態でもなく、絶妙にシャリシャリした感じを出したいんだ」
「へー」
アシュリーは自分の果実水をぐるぐる回しながら凍らせ、簡易シャーベットを物の数秒で作りだした。そして、それを見てフリューゲルも真似をした。フリューゲルも氷魔法が得意なので、あっさりと成功する。
「って! なんでお前らはあっさり成功してるんだよ! コツを教えろ!」
「え・・・さあ? アシュリーのまね?」
「受講料銀貨5枚となります」
「ほらよ!」
少し年季の入った木製テーブルの上に、直ちに銀貨が叩かれる。
ツェルニオの表情はかなり本気だった。大人げない姿に、フリューゲルは呆れている。
「払うんだ・・・」
「普通に吹っ掛けたのに、そっこー払った・・・・」
「吹っかけたのかよ、アシュリー! 俺はお前の先輩だし、指導係なんだぞ!?」
「見破ってください☆センパァ~イ」
アシュリーは一瞬で銀貨を回収し、とびっきりしなを作ってブリッコな笑みを浮かべる。その輝く笑顔に、半眼となって睨み返すツェルニオ。
「まあいい・・・・コツだ。コツ。そのシャリシャリ氷はどうやって作るんだ?」
「ではでは、まずここにスプーンがあります」
「ん? ああ・・・あるな」
「スプーンの周りに魔力集中。これに触れた部分だけ凍るようにします。大事なのは、少しだけ凍るようにすること! いっぺんに凍らせたら完全にガリガリカチコチの塊になります」
「ふむふむ」
「スプーンを果実水に入れて、スプーンで果実水を回転させながら凍らせると、小さな氷の欠片がいっぱい中にできます。シャリシャリな果実氷が完成です!」
「なるほど、よし・・・」
ツェルニオも氷の魔力をスプーンに集中させて果実水に入れる。
その瞬間スプーンの周りに氷の粒ができる。そしてかき混ぜれば次々氷の粒が量産され、徐々に果実水が果実氷に変わっていく。
面白いように好みに変わっていくのが嬉しいのか、ツェルニオが白い頬を紅潮させて「うぉおお」と感嘆の呻きを上げている。
「ただ凍らすだけなら力任せにやればいいですけど、玄妙な好みを再現するとなると結構手間がかかりますよね」
「下手に果実水にダイレクトに魔力干渉すると、完全凍結しやすいからねー」
アシュリーには前世の記憶もあり、ああしたいこうしたいというイメージが的確にできた。本質的な魔力的な才能はそれを見てすぐ再現できるフリューゲルのほうがあるだろう。
「あ、そうだアシュリー。お前、今度王都に連れて行くからな」
「は?」
「アレク兄様と約束していないか? いろいろと魔法やらいろいろ勉学に融通をすると」
「ええ・・・、ツェルニオ様がなぜ?」
「親戚関係だし、色々顔が利くんだ――まあ、頑張れ」
なぜかツェルニオが遠い目をしていたのが気になるが、教えを乞うことができるのはありがたい。
アシュリーはちょっとだけフリューゲルと目を見合わせ、首を傾げた。フリューゲルもツェルニオの物憂げな顔の理由が分からないらしく、不思議そうにしていた。
アシュリーは後に、そのツェルニオの表情の理由を嫌というほど知る羽目となる。
「では、しばしお別れとなるのですね。僕も教皇様の御付きで、しばらくすれば王都に戻る予定ではありますが」
「あー、そういやそうだったね。ユーエルツェーリ様は御付きが庶民と戯れていて怒らないの? あの人はそうじゃなくても、その手のことって周りが五月蝿いんじゃないかなとか思うんだけど」
ちなみに元祖アシュリーは王侯貴族の周囲にうろついてめっちゃ周囲の顰蹙を買っていただろうことは容易に想像できる。ゲームがイケメンたちを落とすというシナリオ上仕方ないとはいえ、婚約者のいるロイヤル&ノーブルのサラブレッドたちの周囲にド庶民がうろつきまわるのだ。そりゃ婚約しているご令嬢たちは気分を害さないわけがない――軽い火遊びじゃなくて、マジ恋愛なのだから。しかも大炎上に発展するレベルの。
「ユーエルツェーリじゃなくて、ユーウェルツェーリ様な」
「聖下のお名前は非常に言いにくいです。油断してると間違える・・・」
「おい、それアレク兄様に聞かれたら説教もんだぞ」
「問題ない。既に経験しました」
「問題ありすぎだ」
開き直るアシュリーに呆れかえっているツェルニオ。
先輩として教育的指導として、軽めのデコピンが額にはいる。
「聖下はアシュリーのことを認めていますから――お願いですから、公の場では絶対間違えないでくださいね」
意外と怒らないのはフリューゲルだった。
というより、アシュリーも悪気があって間違えているわけではないのは知っているし、彼もまたアシュリーがアレクシスに叱られているところを目撃したことがある。
おそらく、間違えられても柔和な笑みを浮かべて流し、むしろそれに気まずい顔をしたアシュリーを温かく見守ることが容易に想像できる。
ユーウェルツェーリのアシュリーを見る目は優しい。あれは幼い少女を見守る視線ではなく、絶滅危惧種の面白愉快な珍獣を生暖かく見つめる瞳であることはあまり知られていないが。
アシュリーは異性とはいえ、フリューゲルの貴重な友人である。しかも教皇聖下であるユーウェルツェーリにいそいそと顔を売りつけることのない、媚び諂うことはしない稀少な人種である。
(普通、お金にがめつい人は貴族や権力者とか大好きな人が多いけど、アシュリーはむしろ自分で地道に真っ当に稼いだお金を大事にするタイプでありがたい・・・)
少し、いや、かなり、相当がめついけど。
でも、他人に迷惑を掛けずストイックにお金を求める姿はある意味尊敬する。やり方がバスターゴリラ型であるが。
アシュリーのおかげで、フリューゲルもかなり庶民の生活に詳しくなったし、その日の出来事をユーウェルツェーリに話すと、彼はことのほか喜ぶのだ。
別に、教皇である彼には一切有益となる情報でないはずなのに、他愛のない話を穏やかに、目を細めて聞く兄のとの時間はフリューゲルにとってかけがえのないものだった。
フリューゲルより、はるかに教会に様々な場面で拘束されるユーウェルツェーリ。
敬愛する兄に、僅かなりとも自分が返せるものがあるなら嬉しい。
きっと、王都にいってもまた騒がしくも楽しい日が巡るのだろうと思いをはせた。
読んでいただきありがとうございます。
面白い、楽しいと感じてくださったらブックマーク、評価、ご感想を戴ければ嬉しいです(*- -)(*_ _)ペコリ




