第七十四話:アイーダ魔法高等官殺害される
あたしの名前はプルム・ピコロッティ。
ナロード王国安全企画室長(部長級)だ。
部長になっても、相変わらず乙女だ。
寂しいよう……。
お見合いでもしようかしら。
さて、早朝は例によって、寮の隣の運動場でナイフ投げの練習。
練習してたら、「プルムさん、朝食だよ」と寮母のジュスタおばさんから声をかけられ、うっかりナイフを的に刺したままにしてしまった。
飯を食って戻ってきたら、一本足りない。
そこら中、探すが見つからなかった。
カラスが盗んだのかしら。
まあ、いいや。
予備のナイフがあるし。
おっと、雨が降って来た。
今日は大雨注意報が出ている。
ナイフを探していたら、えらい遅刻だ。
けど、どうせ官報整理でしょ。
土砂降りの中、傘をさして、ゆっくりと出勤する。
あれ、大雨の中、遠くの方に男が走り去るのを発見。
ダークスーツの男だ!
けど、ダークスーツを着たらいかんって法律があるわけでもないし。
放っておくか。
王宮の建物に入ると、なにやら大騒ぎになっている。
東地区警備隊員や王宮警備隊員が走り回っている。
あれ、待合室のソファに座っている女性。
クラウディアさんだ。
けど、眩い光が無い。
別人かな。
いや、あんな綺麗な人は他には居ない。
やっぱり、クラウディアさんのようだ。
あれ、泣いている。
また、ポカをやって、財務省のアデリーナさんにボロカスに言われたのだろうか。
「クラウディア様、どうされました」と声をかけると、
「あ、プルムさん、大変な事が起きました。アイーダ様が殺されました」
「えっ、魔法高等官のアイーダ様のことですか」
魔法高等官のアイーダ様が殺害された。
ついさきほどの話らしい。
クラウディアさんが発見した。
今、東地区警備隊のバルドたちが、アイーダ様の部屋がある地下室に行ってるらしい。
クラウディアさんはショックで一階のソファに座っていた。
「誰が殺したんですか」
「逃げる犯人を目撃した人の証言では、オガスト・ダレスに似ていたそうです」
先週、オガスト・ダレスが刑務所を脱獄したらしい。
アイーダ様が殺されて、ネクロノミカンとドラゴンペンダントが盗まれたようだ。
「あれ、確かドラゴンペンダントはアイーダ様が無力化したはずではなかったんですか」とちょっと小声でクラウディアさんにあたしは聞いた。なんせ、ネクロノミカンと違って、ドラゴンペンダントは極秘事項だからね。
「それが、結局、アイーダ様でも不可能だったんです。それで、アイーダ様の部屋の金庫に厳重に保管してあったんですが、盗まれてしまったようです」
そうだったのか。
魔法高等官でも無力化できないとは。
いったい誰が作ったんだろう。
ただ、極秘事項だったはずのドラゴンペンダントについて、なぜ、オガスト・ダレスはアイーダ様が持っていたと知っていたんだろう。
あたしも地下室に下りてみることにした。
今回はクラウディアさんのファッションを説明しているヒマはない。
緊急事態だ。
お、バルドが居た。
「どうなってんの?」
「犯人は例のオガスト・ダレスみたいなんだけど、この地下室のある階層の下に逃げたらしい。下着一枚姿だったらしいけど」
「へ? 何で下着姿だったの」
「わからん、刑務所から逃げ出した時から、そんな恰好だったらしい」
「もう、地下から逃げちゃったんじゃないの」
「地下は四階構造で、オガスト・ダレスは地下二階へ逃げ込んだらしいんだが、その入口以外からは、外部へ脱出は不可能なんだ。後は排気口や排水口くらい」
「あれ、それじゃあ、もう袋のネズミ状態じゃね」
「そういうことだね。もう入口と排気口、排水口は王宮警備隊が固めている。ただ、例のネクロノミカンを持っているから危険だ」
また、なにかわけのわからない呪文でモンスターを出したり、本人がモンスターになったりする可能性があるわけか。
「地下の図面はないの」
「今、情報省が持って来る」
しばらくすると、情報省の人がやって来た。
「クレメンテ・ペリーニです」と自己紹介する。
お、かなりのイケメンだ。
あれ、だけど、あたし全然ときめかないぞ。
おかしいなあ。
もう、あたしは恋愛はダメなんだろうか。
やれやれ。
乙女のまま、人生終わりかよ。
悲しい。
って、そんなこと考えている場合じゃないや。
いや、そうじゃなくて、どっかでこの人見たことあるなあ。
どこだろう。
うーん、思い出せん。
情報省の建物の中で、すれ違ったのかな。
まあ、いいや。
後で、ゆっくり考えよう。
図面を見ると、四階層になっていて、今、あたしたちがいる地下一階には部屋があるが、地下二階から下は、それぞれ幅広い回廊があるだけで、下に行くほど面積が狭くなっている。
逆ピラミッド型の四角錐状みたいな構造をしている。
「変な構造ですね。何のためにあるんですか」
「これは、浸水対策用の施設ですね。王宮はスポルガ川より低位置にあるので、上部に浸水しないように、この空間に水が流れ込むよう作ったみたいです。普段も、大雨や台風などの時は、雨水がこの空間に流れ込むようですね」とクレメンテさんが説明してくれた。
フランコ長官もやって来た。
「地上一階の待合室に今回の事件の対策本部を設置した。とりあえず、バルド大隊長はこちらに来て全体指揮をよろしくお願いします。プルム、お前は突撃隊長に任命する。先頭に立って、地下へ行ってくれ」
「は? 私が先頭ですか」
「お前はドラゴンキラーだから大丈夫だろ」
また、ドラゴンキラーで済ます気かよ!
はいはい、わかりましたよ。
死んだら、毎晩、枕元に化けて出てやるぞ、四角い顔のおっさん!
普段は人の出入りがない場所なので、回廊には電灯も設置していないようだ。
そのため、真っ暗だ。
全員に懐中電灯を配布。
あ、リーダーだ。
「お、プルムか。大変なことになったね」
「リーダー、お体の調子はどうなんですか」
「もう、すっかり良くなったよ」
よかった。
相変わらず素敵だ。
ちょっと若白髪が増えたけど。
久々に一緒に行動するので、胸がときめく。
おっと、いかん。
もう、リーダーにはミーナさんがいるもんね。
懸想なんてしたら、ミーナさんに首を絞められて殺されるかもしれん。
ん、チャラチャラした奴がいるぞ。
「ウィーッス、ご無沙汰っす。プルム突撃隊長」と話しかけてきた。
チャラ男ことロベルトだ。
「相手はオガスト・ダレスですか。九年前くらいすかね。吸血鬼やら狼男事件の時、プルム隊長のご命令でライフルを撃ちまくったのが懐かしいっすよ」
あたしはそんな命令出してねーよ。
お前が勝手にヒャッハー! と興奮して撃ちまくったんじゃないかと、頭をパシパシと何かで殴りたくなったけど、我慢する。
やはり緊急事態だからね。
あれ、チャラ男の持っているの自動小銃じゃん。
いつのまに警備隊も持つようになったんだ。
こいつにこんな危険なもの持たせていいんかよ。
「やい、チャラ男! 何でそんな危険な銃を持ってるんだよ。また、ヒャッハーして、味方まで撃ったりすんなよ」と釘をさす。
「普段は使わないんすけど、例のオガスト・ダレスですから、今回は特別っす」とヘラヘラしてる。
これは、また絶対にヒャッハーするぞ、こいつは。
あたしと情報省のクレメンテさんにもライフルを貸してくれた。
クレメンテさんも一緒に入るようだ。
なかなか勇敢な人だ。
そして、イケメン。
しかし、乙女心がヒートアップ! 全然しない。
なぜだろう。
やっぱり緊急事態だからかな。
「多分、オガスト・ダレスはどこかに出口があると思って入ったんでしょう。そうすると、一番下まで下りた可能性がある」とクレメンテさんが言う。
まあ、袋のネズミ状態だけど、慎重に行くことにするか。
階段を下りて、王宮警備隊が守っている地下二階への入口に行く。
入り口は、床にあった。
持ち上げて開くようだ。
あれ、入り口の表面に大きく、『この扉はオートロック式です。入ると鍵がなければ出られませんので、ご注意願います。もし、誤って入った場合は、インターフォンでご連絡願います。王宮設備係』と書いてある。
「これを読めば、出られないと分かるのに、なんでオガスト・ダレスは中に入ったんだろう」とあたしが疑問を言うと、
「焦って、読まなかったんじゃないすか」とロベルトがヘラヘラしている。
緊急事態なのに、チャラ男はいつまで経ってもチャラ男。
ゆっくりと扉を開ける。
中は真っ暗。
照らしてみると、大昔に作られた古い回廊だ。
かなり幅が広い。
全員で注意深く下りる。
少し、中に入って懐中電灯で照らすと、あれ、赤い光が沢山見える。
よく見ると大量にネズミがいる。
それもバカでかいネズミだ。
でかいネズミが襲って来た。
さっそく、ロベルトが、「ヒャッハー!」と先頭に出て、自動小銃を撃ちまくる。
ウキウキしてやがる。
オガスト・ダレスより、こいつを先に捕まえた方がいいんじゃねとあたしは思った。
しかし、ドブネズミしてもデカすぎる。
これはオガスト・ダレスがネクロノミカンを使って、ネズミを変身させたのだろうか。
全隊員で自動小銃を撃つが、ネズミが襲いかかって来る。
すばしっこいので、何人かの隊員が噛まれた。
百匹くらい退治して静かになった。
負傷者が続出。
ケガした隊員は一階に戻ってもらうことにした。
回廊の中央あたりに、上の階と似たような扉が床面にあり、同様にオートロック式。
開けると、なんか、海の匂いがしてきたぞ。
懐中電灯を照らすと、変な生き物がいる。
巨大な蛸のような生物だ。
いや、よく見ると、胴体の部分にオガスト・ダレスの顔があった。
うわ! と思わず後ずさる。
気味の悪い姿に変身したオガスト・ダレスが奇声をあげた。




