第七十三話:キングゴブリン塔でイヴァーノ・アルベリーニと会見
翌日、メスト駅で待ち合わせ。
文化庁の方がやって来た。
ロッコ・パゾリーニさん。
お、なかなかのイケメンだ。
と言うか、ちょっと若いね。
「失礼ですが、おいくつですか」
「二十二歳です」
二十二歳か。
あたしより四つ年下。
若いっていいなあ。
え? お前もまだ若いだろって? いや、なんだか最近、疲れてきたんよ。
全然、恋人も出来ないし。
「かの有名なドラゴンキラーさんとお仕事が出来るなんて光栄の至りです」
「アハハ、そう」
またもや、ドラゴンキラーと呼ばれた。
もうどうでもよくなった。
「僕は単なる学芸員なんで、格闘技なんて全くやってないので、ドラゴンを倒したプルムさんがいれば安心です」
ドラゴンなんて倒してねーっちゅーの。
安心されても困るぞ。
得意なのは、ナイフ投げくらいだ。
鉄道でキングゴブリン塔近くまで向かう。
列車の中で、
「これが百年前の官報です。政府の管轄にあるという証拠です」とロッコさんに渡す。
「モンスターが居なくなったんですよね、なぜでしょう」
「いや、私も知りません。官房長官も分からないみたいです」
「長官はどういうお考えなんですか」
「まあ、仕事の無くなった冒険者は農業やればいいとか言ってますけどね。どうやら土地が余っているらしいから」
「開墾するわけですね」
「そうね、出来ればそうしてくれればいいんだけど。反乱とか起こさないで」
「反乱を起こす気なんですか、冒険者たちは」
「情報省はそう言ってるけど、実際はどうか分からないです」
冒険者が、そう簡単に農業に転職できるかねえというのがあたしの本音でもある。
あたしが、首都警備隊員になれたのも、たまたま人手不足だったからに過ぎないからね。
それに説得しろって、どういうふうにすりゃいいんだろう。
鉄道であっと言う間に、目的地近くの駅に到着。
そこから、乗合馬車でキングゴブリン塔近くまで行く。
でっかい外壁が続いている。
かなり分厚い城壁だ。
こんなとこに、歴戦のつわものである冒険者が千人も立てこもって、軍と戦争になったら大変だなあ。
マジ、巻き込まれそうになったら逃げますよ、あたしは。
デカい門があって、見張りの人に文化庁から来ましたというと、あっさり入れてくれた。
中に入ると、冒険者たちが、大勢たむろしている。
テントがいっぱい設置されていた。
皆さん、景気の悪そうな顔している。
お金に困ってそうだ。
モンスターが居なくなって、仕事が無いのは本当みたいだな。
十階建てのキングゴブリン塔が見える。
ヘンテコな怪物の像の装飾が建物全体を飾っていて、だいぶ表面は崩れているが、かなり巨大で頑丈そうな建物だ。
十階まで登る。
けっこうつらいな。
一階ごとがかなり高い。
二階分はある。
その階ごとに、冒険者の人たちが寝泊まりしているようだ。
普通の建物の二十階分の高さはあるなあ。
最上階に通される。
見晴らしはいいが、物はほとんど置いていない。
イヴァーノ・アルベリーニが待っていた。
ローブを着た、魔法使いの恰好。
あらためて見ると、腐っても魔法使い。
ローブ姿が決まっている。
ただ、十年前に比べると、やはり老けた感じだなあ。
ニエンテ村で見たときは、カッコいい人って記憶があったんだけど。
いや、老けたというより疲れたって感じかな。
「代表者のイヴァーノ・アルベリーニだ」と向こうから、手を差し出してきたんで握手する。
「文化庁学術調査官のロッコ・パゾリーニと申します」
「安全企画室のプルム・ピコロッティです」
「まあ、座りな」と小汚いソファに案内される。
さて、フランコのおっさんに言わせると、なるべくおだやかにすすめろってことだからな。
ちょっと世間話から入るかな。
「あの、私はイヴァーノさんと一度会ったことがあるんですが」
「三回だろ」
「え?」
「十年前のニエンテ村の宿屋、集会場。それから、最近、首都の大通りでも見かけたな」
ひえー、記憶力のいい人だ。
さすが魔法使いは頭がいいなあ。
「そういや、アデリーナは元気かい、結婚とかしたのか」
うーん、どうしよう。
個人情報だけど。
ただ、なるべくなごやかに会話したいな。
アデリーナさん、すんません。
「えーと、結婚されてお子様が一人います。ただ、その後、離婚して今はシングルマザーです」
「そうか、あいつは気性が激しいからなあ。相手の男が嫌になったんだろうなあ」とちょっと笑うイヴァーノ・アルベリーニ。
思い出したぞ。
確か、このイヴァーノさん、十年前のニエンテ村では、アデリーナさんとなんとなく親し気な関係にあったような気がしたなあ。
ちょっと、聞いてみるか。
怒るかな?
えい、聞いちゃえ。
「もしかして、イヴァーノさんは、あのう、失礼ですが、アデリーナさんと、その、恋人だったんですか」
「そういう時期もあったなあ。実は、アデリーナとは駆落ちしたんだけどな。あれは俺が十七歳、あいつが十五歳の時かな」と昔の事を懐かしそうに喋る。
「あいつの家は大金持ちで、俺は貧乏階級出身。だから、付き合うのはアデリーナの親に猛反対されたんだが、かえって燃え上がったってやつかな」
うーむ、アデリーナさん、いいとこのお嬢さんとは聞いていたが、何で冒険者なんてヤクザな商売やってたのか、前から不思議だったんだけど、十五歳で駆落ちしたんか。
情熱的な人だなあ。
あたしも素敵なイケメンと情熱的な駆落ちとかしてみたいぞ。
え? お前は十四歳で賭け事と駆落ちしたんだろって? うるさい!
「で、あのー、その後、どうしたんですか」
「うまくいかなくてねえ、一年で別れたよ。あれとうまくいける男はそういないんじゃないか。細かいし、嫉妬深いし、すぐ怒鳴り散らすしなあ。ただ、今、思い出すと、その一年間は十年くらいあったように感じるんだなあ。いろんな事があった。何もかも懐かしいね。今は、もう三十歳になった。時間が経つのが早い。不思議だなあ」となんだかにこやかに笑うイヴァーノさん。
空気が和んできたな。
よし、そろそろ本題に入るかな。
ロッコさんを促す。
「えーと、この官報にある通り、この遺跡は政府の管轄にあります。文化庁としては、このキングゴブリン塔を含めて、ここら辺一帯は貴重な文化遺産ということになりまして、皆様にはすみやかにこちらから退去願いたいんですが」
「退去して、どこに行けばいいんだ」
「モンスターが居なくなった地域で農業でもやればいいんじゃないですか」
おいおい、ストレート過ぎるぞ、ロッコさん。
イヴァーノ・アルベリーニが怒って、号令を出したら、千人の冒険者が襲いかかって来るっていうの分かってんのかよ。
いかにも、お役人って感じ。
つーか、若いね。
あたしも、まだ若いつもりだけどさ。
十代の頃なら、メチャクチャ言ってたかもしれん。
なんて、考えるあたしも大人になったのか。
おっと、そんなこと考えている場合ではない。
イヴァーノ・アルベリーニが無表情になった。
やばい。
気まずくなった。
しばらくして、
「冒険者をやめて、農民になれってことか」と不愉快そうに言うイヴァーノ・アルベリーニ。
「そうですね」と返事しそうなロッコさんをさえぎって、
「あ、いや、そうじゃなくて、その、別な方向へ行くっていうか、そのー、前向きにですね、例えば、回復魔法系は許可されているので、新たな魔法を開発して、難病を治すとか、その、社会の役に立つ方向へ変えていくのがいいんじゃないでしょうか」とあたしは必死に考えて答える。
「そういや、回復魔法は許されるって話だったな」と少し考えている。
困ったな。
イヴァーノ・アルベリーニが黙っている。
あたしは頭が悪いんだよ、説得なんてできねーよ。
どう話を続けようかと考えていると、
「そう言えば、あんたはドラゴンキラーだったな、プルムさん」と突然言われて、きょどるあたし。
「そ、そうですね。アハハ、大したことないですよ」
あたしがドラゴンキラーと呼ばれているって知ってたのか。
まあ、何度か新聞で紹介されたけど。
それに、この人も一度はニエンテ村のシアエガ湖でドラゴンと戦ったんだから、レッドドラゴン事件に興味は持っていたかもしれないなあ。
「冒険者の時と、今の役人生活、どっちが楽しい」
「え?」
急にそんな事言われて、戸惑うあたし。
だいたい、あたしは冒険者のふりをした単なる泥棒女に過ぎなかったんだよなあ。
頭の悪いあたしが答えに詰まっていると、
「ドラゴンを倒したときの高揚感と、今の書類仕事、どっちが楽しいんだ」とイヴァーノ・アルベリーニがまた聞いてくる。
うーん、確かに書類仕事なんて大嫌いだけど。
だって、別に好きで今の仕事についたわけじゃないぞ。
王様の命令で警備隊員に突然採用されたんだし。
気が付けばフランコのおっさんに、やたら怒鳴られる生活。
人生なんて、先がどうなるかなんてわからねーよ。
つーか、ドラゴンなんて倒してないしー!
どう答えようか。
千人の冒険者と戦いたくはない。
「そうですね。けど、その、これも運命と思って、仕方が無いと思ってます」となんとか抽象的に答える。
「運命か……」となんとなく諦念に達したような色がイヴァーノさんの顔に浮かんでいた。
しばし、沈黙が流れていると、
「ところで、みなさん反乱の準備はしているんですか」といきなりロッコさんが聞いた。
コラー! 相手を刺激してどうすんだ、天然女神なみに無神経な奴だな、こいつは。
「政府はそう思っているのか。そんな事をするつもりはないよ」
「では、何で政府の代表を追い返したんですか」とロッコさんが聞くと、
「連中が、突然やって来て、横柄な態度を取ったからさ。お前らは、一応、ちゃんと事前に申し込んできたので会ったわけだ。とにかく、逆らうつもりはないよ。軍隊には勝てない。それとも、言いがかりをつけて、俺を暗殺しにきたのかい、ドラゴンキラーさん」とイヴァーノさんは無表情で答える。
「ち、違います。そんなこと思ってもいませんよ」とビビりまくりのあたし。
「それは良かった」とにこやかに笑うロッコさん。
こいつ、チャラ男ことロベルトなみに能天気な奴だなあ。
ひやひやもんだぞ。
その後、イヴァーノさんが、
「冒険者をやめたら、生きがいをなくしてしまうと言っている奴もいるんだが、お前らは生きがいをなくしたら、どうするんだ」とまた難しいことを聞いてきた。
生きがいか。
どうするって言われてもなあ。
そんなこと、新聞の人生相談にでも投書してくれよと思ったりもした。
また、あたしが悩んでいると、
「生きる目的が無いなら死ぬしかないですねえ」とのほほんと答えるロッコさん。
おいおい、空気読めよ、ロッコさん。
怒ったイヴァーノ・アルベリーニが攻撃魔法をくりだして、火あぶりにでもされたら、どうすんじゃと、震えるあたし。
しかし、イヴァーノさんは、
「そうか、死ぬしかないのか」と呟いた。
「で、退去の件は置いといて、とりあえず遺跡調査の方は来週から初めてよろしいでしょうか」
「ああ、かまわんよ」とイヴァーノさんが言ったが、どうでもいいといった感じだな。
ロッコさんが遺跡の調査計画をいろいろと話しているが、全然、聞いてないみたい。
「えーと、結局のところ、反乱とかする気は無いって報告してよろしいでしょうか」とあたしが聞くと、
「ああ、かまわない」とまた無表情で答える。
一応、ほっとして、あたしとロッコさんは帰ることになった。
帰り際に、
「アデリーナによろしくな、もう会うこともないだろう」とイヴァーノさんがあたしに笑いかけてきた。
どういう意味だろう。
ロッコさんは階段を下りながら、
「いやあ、さすがはドラゴンキラーですね。イヴァーノ・アルベリーニも怖がって、大人しくしてましたね」と喜んでいる。
やれやれ。
こっちはひやひやしてたのに。
お気楽な人だなあ。
ただ、あたしは、さっきのイヴァーノさんの、「もう会うこともないだろう」って言葉が気になっていた。
うーん、ちょっとさっきの部屋に戻ろうかなと思ったが、ロッコさんが、ひょいひょいと機嫌よく階段を下りて行くので、そのまま、あたしもついて行ってしまった。
キングゴブリン塔の玄関で、
「案外うまく行きましたね」とロッコさんが、背伸びしている。
「そうね」
けど、なんか変な感じだったなあ。
いきなりドスンと大きな音がした。
目の前に、人が倒れている。
イヴァーノ・アルベリーニだ。
最上階から飛び降りたらしい。
言葉を失うあたし。
あれ、ロッコさんがいない。
気を失って倒れていた。
戻って、フランコ長官に報告する。
「イヴァーノ・アルベリーニが自殺したのか!」と驚いている。
「はい。それから、反乱とか起こす気はなかったらしいですよ。行き場所が無かっただけみたいです」
フランコのおっさんも深刻な顔をしている。
簡単なことではないと悟ったようだ。
それから、いろいろと政策を打ち出した。
農業奨励はそのままだが、農業に転職する人には補助金を出したり、また、軍隊や警備隊などに元冒険者採用枠を増やしたりと、冒険者たちが問題行動をおこさないよう努めた。
そのせいか、大規模な反乱とかは、今のところ起きていないようだ。
さて、またミーナさんと官報整理をしていると、パオロさんが入ってきた。
例によって、ブランドチョコを持っている。
「冒険者と戦争にならなくて良かったですね」
「そうですね」とあたしは答えた。
あたしは、イヴァーノ・アルベリーニの自殺が忘れられない。
あの時、もっと何かできなかったんだろうか。
どうしようもなかったのか。
憂鬱だ。
しばらく、パオロさんも含めて、官報整理をしていると、ドカンと扉が開いた。
アデリーナさんだ。
ドスドスとこちらにやって来る。
何事かと思っているあたしに、アデリーナさんは怒鳴りつける。
「プルム、あなた、イヴァーノに冒険者の時代は終わったんで、もう死んだらって言ったそうね」
「え?」
そんなことは言ってない。
「生きる目的が無いなら死ぬしかないですねえ」とロッコさんは言ったけど。
どこでどうねじ曲がったんだ。
ただ、やはり、イヴァーノさんの最後の言葉が気にはなっていた。
何とか、あたしに出来ることはなかったのだろうか。
アデリーナさんが怒鳴りまくっている。
しかし、よく見ると泣いている。
昔の恋人が自殺しちゃったんだからなあ。
それも駆落ちまでした相手が。
何か反論する気がしなくなった。
ただ、「申し訳ありません」と悄然とするあたし。
すると、また、ミーナさんがすっと立って、
「やめてくれませんか、アデリーナ参事官。プルム室長は何にも悪くないですよ。イヴァーノ・アルベリーニが勝手に死んだだけです」と冷たく言う。
「何ですってー!」
また二人で大喧嘩。
もう、止める気もせん。
パオロさんが慌てて、中にはいる。
何とか落ち着かせて、パオロさんがアデリーナさんを財務省まで連れて行った。
「あの人、頭がおかしいですよ」とミーナさんがアデリーナさんの悪口を言った。
ミーナさんが他人の悪口言ったのは初めてだな。
やれやれ。
人間関係って難しいね。
ミーナさんがチョコの箱の封を開けて、一つをあたしに差し出して、
「気にする事ないですよ、これでリラックスしてください」と言った。
釈然としないあたし。
「あと、この間、持っていかれた百年前の官報はどうなったんでしょうか」
「ああ、ロッコさんから返してもらわないと」
文化庁に電話すると、
「ロッコは、しばらく休んでおります」
死体を見たのがショックだったのかな。
あの官報は百年前の貴重品だしな。
悪いけど、ご自宅に電話するか。
え? イケメンだから、電話するのかって? 全然、そんな気無いんですけど。
ロッコさんの自宅に電話すると、母親らしき人が出た。
「ロッコちゃん、安全企画室のプルムさんって方からお電話ですよ」
ロッコちゃん?
「はい、ママ」
ママ?
「もしもし、ロッコですが」
「あの、安全企画室のプルムですが、キングゴブリン塔に持っていったあの官報をお持ちですか。百年前の官報で貴重な資料なので戻していただけませんでしょうか」
「あ、すみません。あの時、気絶して、その後自宅まで持ってきてしまいました。しばらく休んでたんですが、明日は出勤しますので、お持ちします」
ロッコさん、マザコンかなあ。
まあ、まだ若いけど。
どうでもいいや。
乙女心も全然ヒートアップせん。
何だよ、全然恋愛活動する気がないのかって? 最近、すっかり自信を失っているんよ。
臆病になっている。
リーダーを、アデリーナさん、ミーナさんと二回続けて取られちゃったしね。
盛り下がっている。
あたしには恋愛運が無いんじゃないのか。
秋が終わる頃、サビーナちゃんが職場に復帰した。
ますます太っている。
幸せ太りにも程があるな。
けど、ダリオさんとの夫婦仲は依然としてよろしいようで。
いいなあ。
羨ましい。
ああ、やっぱり寂しいなあ。
え? もう、この際、誰でもいいんじゃないのかって? うーん、そうかもしれないなあ。
けど、やっぱりイケメンがいいなあ。
そして、性格は穏やかな人がいい。
あと、何と言うか、包容力があると言うか、やっぱり年上がいいかなあ。
え? そんなゴチャゴチャ言ってるから、いつまで経っても乙女のままなんだよって? うるせーよ!
次回から「第十二章 うら若きは人生寂しい二十七歳緊急事態の乙女/オガスト・ダレスと再対決編」に続きます。




