第六十四話:皇太子御夫妻結婚パレードを警護する
で、皇太子御夫妻結婚式当日がきてしまった。
あたしは、王宮警備隊の目立たない制服を着て、他の隊員と一緒に馬に乗って、教皇庁の大教会の側面で待機する。
いろんな要人たちが、大勢教会の中に入っていく。
教会前の大きな広場には、一般市民も大勢集まって来ている。
教皇庁か。
懐かしいなあ、フランチェスコさん。
今も、勉学に励んでいるのだろうか。
会いたいけど、迷惑だろうからやめておく。
三年前、あたしを抱きしめてくれた唯一の男性なんだけど。
おっと、仕事中にこんなこと考えてはいかん。
それも、皇太子御夫妻の結婚式だと言うのに。
オリヴィア近衛連隊長が先導して、皇太子御夫妻を乗せた馬車が予定通りやって来た。
大歓声が上がる。
見物人がオリヴィアさんの名前を呼んだりしている。
みんな、彼女を見に来たんじゃないのかってくらいの大歓声だ。
確かに、これではカクヨーム王国のお妃様が霞んじゃうな。
皇太子御夫妻の馬車が教会前に到着。
お二人が馬車から、降りられて教会へ入っていく。
かなり厳重に警備が行われているので、御夫妻がほとんど見えないなあ。
オリヴィア近衛連隊長が、あたしに近づいてきて、
「後はよろしくお願いいたします」と言いながら、敬礼された。
相変わらずカッコいい女性だな。
近衛連隊は私服に着替えて、一般人に紛れて警護するようだ。
さて、教会の外で待機しているあたしたちには見えなかったが、どうやら式は無事に終わったみたい。
例の「教会で殺してやる」って脅迫状はイタズラだったのかね。
式を終えた皇太子御夫妻が姿を現した。
お二人とも華麗な衣装にお色直し。
さすがに歓声がわく。
本日は快晴。
教会前には、屋根なし馬車が停まった。
御夫妻が乗り込む。
さて、あたしたち王宮警備隊の先導でパレード出発。
あたしが一番前。
緊張するなあ。
道は見物人でごった返している。
市民全員が見に来たんじゃないかってくらい人がいるぞ。
みんな王国旗を持って振ったり、歓声をあげている。
あたしが馬に乗って、皇太子御夫妻の馬車を先導していると、沿道から、
「誰、あの人」とか、
「なんだ、オリヴィア様じゃないじゃん」とか、
「あんなちんちくりんよりオリヴィア様の方がいいのに」って見物人が文句言ってるのが聞こえてきた。
あたしだって、好きでやってるわけじゃねーよ! と怒鳴りつけてやりたくなったが我慢する。
チラッと後方を見ると、皇太子御夫妻がにこやかに手を振りながら観衆に応えている。
わりと順調に行って、教会のある南地区から西地区、北地区を通り過ぎ、東地区まで来た。
お、バルドが先頭に立って、警備を指揮している。
体がデカいから迫力あるな。
ん、チャラチャラした警備隊員があたしに向かって、手を振っているぞ。
チャラ男ことロベルトだ。
なんか食ってるぞ。
アイスクリームなめてる。
買い食いしてんじゃん。
ちゃんと警備しろよ。
相変わらずいい加減な奴だ。
って、あたしもよく買い食いしたなあ。
あれ、リーダーもいるけど、なんだか、ボーッとしている。
大丈夫かなあ、体調悪いのかな。
さて、もう少しで王宮だ。
ふう、これは何とか無事に終わるかなと思っていたんだけど。
突然の爆発音。
やばい! テロか!
馬がびっくりして、立ち上がった。
しまった!
突然、立ち上がったもんだから、あたしは落馬してしまった。
「ウギャ!」
後頭部と背中を地面に強打。
なんという大失態。
新聞社が写真を撮ってやがる。
こりゃ、歴史的大失態だ。
すぐに立ち上がろうするが、うまく立ち上がれない。
脳震とうかな。
まずいぞ、これは。
ん、女性が走り寄ってきたぞ。
よく見ると、なんと皇太子妃様じゃん。
「大丈夫ですか」
「あ、はい、なんとか」
皇太子妃様はあたしの目の動きを確認している。
「休まれた方がいいのではないでしょうか」
「あ、いや、大丈夫です。大変申し訳ありません」
本当は大丈夫じゃないけど、なんとか、あたしは立ち上がって、再び馬に乗る。
部下が近寄ってきて、報告を受ける。
「さっきのは単なる爆竹のようです。子供がふざけただけみたいです」
やれやれ。
爆竹で落馬か。
情けない。
王宮前の入り口に到着。
やっと終わった。
あたしは、さっきの落馬で調子が悪い。
馬から降りて、入り口近くに待機する。
御夫妻が馬車から降りる。
入り口前で御夫妻が並んで立って、王宮前に集まっている市民に手を振っている。
サービスのためか、なかなか王宮の中には入らず、手を振り続けているので、観衆がどんどん増えて、御夫妻をもっと間近で見ようと近づいて来た。
警備隊員が抑えているが、これはまずくないかと思っていたら、あれ、観衆の中にいる、あのやせっぽちの女、見たことあるぞ。
この前の政治団体同士の乱闘で火炎瓶を投げた女じゃないか。
ん、しかし、眼鏡をかけてないな。
別人か。
その女は、ゆっくりと、目立たないようにこっちに近づいてくる。
政治団体関係者は御夫妻に危害を加えないって、クラウディアさんは言ってたけど。
何だか挙動不審だ。
あれ、手をポケットに入れている。
怪しいぞ。
必殺、百発百中のナイフ投げ! をしようと思ったが、さっきの落馬の後遺症か、体がふらついて、的が絞れない。
まずいぞ。
女がポケットから拳銃を取り出した。
やばい。
周りの警備員に伝えようとしたら、その女の横に、さっと黒いスーツ姿の人物が近づいて、拳銃を叩き落とす。その後、手刀で首を叩いて、倒した。
周りの人たちは気づかない。
よく見ると、黒いスーツ姿の人物はオリヴィア近衛連隊長ではないか。
カッコいいな。
皇太子御夫妻は暗殺事件に気付かず、王宮内にお入りになった。
ふう、やっと終わった。
さて、犯人の女だけど、皇太子殿下に片思いをしていたそうだ。
脅迫状も出したのも、この女。
教会には警備が厳重なので近づけなかったようだ。
差別反対と火炎瓶を投げていたくせに、カクヨーム王国の皇太子妃を狙うとはどうなってんの?
政治活動と恋愛は違うと本人は証言したみたい。
いかれとるね。
純愛原理主義者のあたしもここまでひどくはないぞ。
ちなみに伊達眼鏡を普段はかけていたそうだ。
翌日、午前中は病院に行く。
落馬して、後頭部と背中を打ったので、診てもらうことにした。
とりあえず、なんともないとのこと。
午後に出勤すると、サビーナちゃんに、
「フランコ官房長官がお呼びですよ」と言われた。
やれやれ。
また、怒鳴られるのか。
確かに、爆竹ごときで、あの落馬は大失態だもんな。
やっぱり近衛連隊にまかせればよかったんじゃないのか。
あのオリヴィア近衛連隊長なら、落ち着いてこなしただろうに。
はっきり言って、落ち込んでいるんよ。
新聞社にも写真をいっぱい撮られてしまった。
ナロード王国の歴史に残っちゃったんよ。
いずれ、新聞社発行のナロード王国歴史写真集とかにも載ってしまうのだろうか。
憂鬱。
官房長官室に行くと、いつもの丸眼鏡青年パオロさんじゃなくて、違う秘書が出てきた。
「あれ、パオロさんは?」
「パオロは、本日、病院に行くため、休んでおります」
チョコの食い過ぎで歯医者かな。
それとも、あの若さで糖尿病か。
いや、もともと体が弱いとも言ってたな。
しょっちゅう医者に行ってるみたい。
大丈夫かね。
それはともかく、
「あの、王宮警備隊長のプルム・ピコロッティです。フランコ官房長官に呼ばれたんですが」
官房長官室に通される。
また怒鳴られるかと思ったら、四角い顔のおっさんが新聞の一面を見て喜んでいる。
「今回はよくやった!」と褒められた。
そこにはあたしを介抱する皇太子妃様の写真が載っていた。
「お前が落馬した時、怪我してないかと皇太子妃様が駆けつけられたのが、国民に好感度を上げたようだ。今まで、カクヨーム王国の女性との結婚に反対だった連中も静かになった」
そう言えば、元看護師だったなあ、皇太子妃様。
職業柄つい駆けつけてしまったようだ。
怪我の功名かね。
あたしとしては、フランコのおっさんに怒鳴り散らされないので、ほっとして、安全企画室に戻ると、サビーナちゃんがぴょんぴょん飛んで慌ててる。
昔より飛ぶ高さが低くなったなあ。
「オリヴィア近衛連隊長様が来られたんですよ!」
興奮してるサビーナちゃん。
「王宮の屋上で待ってますって」
「は? 何で屋上?」
「言いたいことがあるそうです」
何だろう。
階段を上りながら考える。
うーん、やっぱり落馬の件かな。
今度から、王室関連のパレードは全て近衛連隊にまかせろとか言われるのか。
あたしに言われてもなあ。
だいたい、もうすぐ併任は解かれるっていうし。
文句はフランコのおっさんに言ってよ。
屋上に行くと、オリヴィア近衛連隊長が待っていた。
今日は私服だな。
「何のご用でしょうか」
なかなか喋らないオリヴィアさん。
何だろうと思っていると、
「あのー、あなたは、恋人はいますか」と聞かれた。
何だよ、いきなり。
不躾な人だなあ。
落馬と何の関係があるんだよ。
「いませんけど」と憮然として答える。
「私はどうでしょうか」
は? 何言ってんの、この人。
意味が分からんな。
え、まさか。
頭が混乱してきた。
あたしがボーッとしていると、
「あのー、よろしければ、私と付き合ってくれませんか」
えー! 意味が分かったぞ。
うーむ、そりゃ、カッコいい人だけどさあ。
これが、相手が男性なら有頂天になって、天を舞っちゃうけど。
女性だからなあ。
「アハハ、あのー、すみません。えーと、その、私は男性の方が好きなので」と焦って答える。
「そうですか」とがっくりしているオリヴィアさん。
「プルムさんは男性と一緒の時は全く無く、いつも一人で行動されているので、私と同じ趣向の人かと思いました」
好きで一人で行動しているわけじゃないわよー!
「では、失礼」と踵を返してカッコよく立ち去るオリヴィア近衛連隊長。
しかし、途中で顔を両手で押さえて足早になった。
泣いているのかな。
うーむ、なんだか、悪い気がしてきた。
え? 女は、自分が振った男性には、まったく未練がないもんだって。
逆に男はけっこう相手に悪い事したかなあと思うもんだって。
へー、あたしって男っぽいのかなあ。
けど、相手が女性じゃなあ。
ん、LGBTQ? なにそれ?
それにしても、今回もあたしが振ったってことになるんかな?
最近のあたし、乙女のくせに偉そうだな。
まあ、ともあれ恋愛不成立。
またもや恋愛活動連敗記録を更新してしまった。
お前、もう見込みが無いんだから、この際、相手が女性でもいいんじゃいかって? うーん、いや、まだがんばるぞい。
次回から「第九章 うら若きはもう無理の二十四歳呆然とする乙女/クトルフ教団編」に続きます。




