第六十五話:国防軍特殊部隊顧問になった
あたしの名前はプルム・ピコロッティ。
ナロード王国国防軍特殊部隊顧問(出向)だ。
なんであたしが軍隊の顧問になるんじゃ!
あと、出向ってなんすか?
さて、いまだに乙女のうら若き二十四歳。
しかし乙女だろうが童顔だろうが、二十歳過ぎたら、うら若きって単語は使ってはいけないのだろうか?
え、もう無理だって? そうなんだ。もう、うら若くないのか。
まだおばさんじゃないよね。
けど、男性と何も経験しないまま、あっという間に三十歳になりそうだ。
暗くなる……。
さて、また時間を巻き戻す。
最近、あたしは朝早く起きて、寮の隣の運動場でナイフ投げの練習をしている。
あたしのモットーである、「働いたら負け!」はやめた。
イガグリ坊主(王様)の言葉とは知らんかった。
今度からは、「働かぬ者食うべからず!」だ。
まあ、たまにさぼるけど。
新しい必殺技を開発した。
両手を使って、一度に八本のナイフを投げる。
的に円周上に刺さる。
凄いでしょ!
え? 敵が機関銃もっていたらって? ううむ、そん時は逃げるしかないな。
さて、豪華な部屋の安全企画室に出勤。
テーブルも豪華。
大理石のでっかい机。
しかし、相変わらず、やってるのは官報その他の整理。
永久に終わらないんじゃないか、これ。
百年分もあるからな。
この安全企画室って、特殊な部署だから、ヒマなときはずっとヒマ。
サビーナちゃんとお喋りしながら、仕事するのは楽しいけどね。
彼女もだいぶ落ち着いたのか、毎日毎日、ダリオさんの話をするようなことはなくなった。
一度出ると止まらなくなることもあるけど。
まあ、相変わらずダリオさんとの夫婦仲はよろしいようで、何よりですね。
そんなところへ、
「失礼します、またお手伝いしましょうか」と入ってきたのが、丸眼鏡癒し系青年の官房室秘書官のパオロさん。
例によってブランドチョコを持ってきた。
「ありがとうございまーす」とあたしはお礼を言ったのだが、パオロさんよく手伝ってくれて、ありがたいんだけど、本当はフランコのおっさんから無理難題を言われるのが嫌でこっちの部屋に避難しているのではないだろうか。
あと、毎回チョコを土産にくれるのは嬉しいんだけど、勝手に包装を自分で開けて、結局、半分以上はパオロさんが食べちゃうんだよな。
あれ、いい香りがしてきたぞ。
扉の隙間から、眩い光がもれてくる。
「失礼します」と扉が開いた。
やはり、情報省のクラウディアさんだ。
そっと、チョコの箱をパオロさんから遠ざけ、机の端っこに置く。
「こんにちは!」とニコニコしながら、ネイビーブルーのノースリーブマキシワンピースを着たクラウディアさんが入ってきた。犬がいない。と思ったら、サンダル履いていて、かかとの部分に犬がデザインされていた。
パオロさんがそわそわしとる。
しかし、チョコはパオロさんの座っている席から手を伸ばしても届かないとこにある。
知らんぷりしておこう。
「何用でございますでしょうか? クラウディア様」
「いえ、用はありません。フランコ官房長官に大事な話がありまして、その帰りです」
「そうなんですか、このチョコ食べませんか」と今しがたパオロさんが持ってきたチョコを差し出す。
「ありがとうございます、ではご遠慮なく。あ、ブランドチョコ。美味しそう」
「これはパオロさんが買ってきてくれたんですよ」
「まあ、そうなんですか。パオロさんありがとうございます」
すると、パオロさん、
「アハハ、いやあ、全然、大丈夫ですよ。値段は高いので」とかわけのわからないこと言って、きょどっている。
こりゃ、完全にクラウディアさんに惚れているな。
落ち着くために、チョコを食べたくてしょうがないようだ。
仕方が無いな。
一個やる。
って、いただいたのに偉そうなあたし。
そんな風にチョコを食べながら談笑していたら、部屋の扉が突然、ドカン! と開いた。
何事かと、そっちを見ると財務省のアデリーナさんだ。
鬼の形相で、ドスドスとこちらへ向かって来る。
「な、何ですか、アデリーナさん」とビビりながら問いかけるあたしのことは無視して、クラウディアさんの方へ向かって行く。
クラウディアさん、顔面、真っ青。
どうなってんの?
「ちょっと、あんた、この部屋で何やってんの」とクラウディアさんをあんた呼ばわりするアデリーナさん。
びっくりするあたし。
「あのー、フランコ長官と重要な話があって、その帰りです……」と怯えているクラウディアさん。
「あっそ、じゃあ、この部屋にも重要な仕事があったのね、なんの話か教えてくれるかしら?」
「あ、いえ、そのー、こちらの部屋には特に重要な話はありません」
「じゃあ、何でいるのよ」
「えーと、その、久々にプルムさんたちの顔が見たいなあと思いまして」
「で、チョコを食べて、さぼってたの」
「あ、いや、その、さぼるつもりはなかったんですけど、その、あの……」
なんだかビビりまくりのクラウディアさん。
すでに涙目になっている。
口がきけなくなって、少しづつ後退していく。
そのクラウディアさんを睨みつけながら、部屋の隅に追い詰めるアデリーナさん。
クラウディアさん、レッドドラゴン事件のときより怯えている。
アデリーナさんはレッドドラゴンより怖いのか。
何かしらんが、こりゃ、やばいとあたしとパオロさんがアデリーナさんを止めに入るが、無視される。
クラウディアさん、頭真っ白って感じ。
「締め切りはとうに過ぎてんだけど、それよりチョコの方が大事なの、あんたには」
「いや、けっしてそういうわけではなくて、あの、本当に申し訳ありません」
「申し訳ありませんじゃなくて、書類は出来てんの」
「あ、はい。出来ております」
「じゃあ、なんで、さっさと持ってこないのよ」
「あのー、急にフランコ長官に呼び出されたものですので」
「で、今はチョコ食ってんの」
「はい、申し訳ありません」
「だから、申し訳ありませんじゃねーだろ! チョコと概算要求の書類のどっちが重要なんだよ」
「あ、いや、その……」
「さっさと、提出しろ、このバカ女!」と捨てぜりを言って、またドスドスと歩きながら、アデリーナさんは部屋を出て行った。
ヒエー! バカ女って、恐ろしい! あんなに怒ったアデリーナさん初めて見たぞ。
と、クラウディアさんの方を見るとふらついて倒れそうになり、そのまま近くにいたパオロさんに抱きつく。
パオロさん、きょどりまくり。
そのまま、クラウディアさんは床に座り込んだ。
「だ、大丈夫ですか、クラウディア様」
「あ、はい、大丈夫です」
なんとか立ち上がるクラウディアさん。
「あの、全部私が悪いので、書類を提出がてら、アデリーナさんに謝ってきます」としょんぼりとしながら、クラウディアさんは部屋を出て行った。
「あんなに怒ったアデリーナさん、初めて見ました」とサビーナちゃんが驚いている。
「僕も前に、アデリーナさんに予算関係で質問しにいったことがあるんですが、懇切丁寧に説明してもらいました。周りからの評判もいい人なんですけどねえ」とパオロさんも同じくびっくりしている。
うーん、どうやら、これはクラウディアさんのほうに瑕疵がありそうだな。
多分、本人に悪意は全然無いと思うけどね。
さて、それから、また、だらだらと官報整理を続けていると、あれ、またいい香りがしてきた。
まいったなあ。
眩い光が、扉から差し込んできた。
困ったなあ。
また、クラウディアさんが入ってきた。
「あのー、すいません。プルムさんに頼みたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「はあ、なんでしょうか」
「実は、アデリーナさんに書類を提出しようと思って、部屋の前の廊下まで行ったんですけど、アデリーナさんの背中を見たら、怖くて、怖くて、結局、直接渡せなくて、アデリーナさんが席を立ったときに、お詫びの手紙と一緒に書類を机の上に置こうとしたんですけど、二時間経っても、全然、席を外されないないんです。このままだとますます提出が遅れてしまうので、あのー、本当に申し訳ありませんが、プルムさんの方からお届け願いませんでしょうか」
二時間もアデリーナさんが席を立たないかと、廊下をウロウロしていたんですか、この人は。
天然女神から昇進させたいんだけど、もう天然系の役職がない。
やれやれ。
仕方が無い。
とりあえず、あたしが代わりに財務省のアデリーナさんに、書類を届けてやることにした。
財務省に行って、座席表を見る。
おお、いつのまにかアデリーナさん、財務省財務部予算課財務副課長に出世しとるではないか。
優秀なんですねえ。
毎年昇進。
出世魚みたいだな。
お前もなんか知らんけど出世しとるじゃんって? そうなんよ、アデリーナさんは納得なんだけど、あたしの出世は何なんだろう?
それはともかく、アデリーナさんのとこに行って、書類を提出する。
「なんでプルムが来るのよ、あのバカ女はどこにいったのよ」
「あのー、いくら何でも、バカ女はひどいんじゃないでしょうか」
その後、アデリーナさんに女子更衣室に連れ込まれる。
「締め切りとうに過ぎているのに、情報省に行ったら、本人がいないのよ。しょうがないから、探知魔法で『バカ女』を探したのよ。そしたら、プルムの部屋に居るじゃない」
『バカ女』で探したのか。
うーん、それはもしかしてあたしの方じゃないのかな。
あたしもバカだもん。
どうせなら、『完璧美人』とか、『天然』とか、『うたた寝』とか、『オロオロ』で探した方がいいんじゃないかなと思った。
「とにかく、百回教えても、百回間違えて出してくんのよ、あのバカ女は」
「だからバカ女って、ちょっとひどすぎるんじゃないですか。クラウディアさんは命の恩人じゃないですか」と一応、あたしが諫めたのだが、
「だから、怒鳴るだけで済ませてやったのよ。じゃなかったら、顔面を百連発で引っぱたきたいわよ」
ヒエー! 百回ビンタされたら、クラウディアさん、ショックで自殺しちゃうよ。
「とにかく、あのバカ女の出す書類は全てメチャクチャ。積算根拠もいい加減。歳出化経費だってのに」
歳出化経費? 何じゃそりゃ。
さっぱりわからん。
まあ、怒りながらも、とにかく受け取ってくれました。
ふう、疲れた。
部屋に戻ると、パオロさんはすでに帰ったようだ。
さて、チョコでも食べてリラックスしようとしたら、ありゃ、箱が空っぽだ。
サビーナちゃんに聞いたら、
「残ってたの、パオロさんが全部食べちゃいました」
がっくり。
クラウディアさんに抱きつかれたからかなあ?
やれやれ。
さて、ある日、フランコのおっさんに呼ばれる。
「我が国の最南東にインヘルノ山、その麓に樹海があるのだが、知っているか」
「何か自殺の名所って聞いたことはありますね。モンスターが頻繁に出現するので、あっと言う間に死ねるって聞いたことがあります」
「船で川を上って、そこに行ってもらう」
「何をしにいくんですか」
「軍人が行方不明なんだが、どうもその樹海に行ったようなんだよ」
「うーん、それは軍隊が探せばいいんじゃないんですか」
「それが、今まで二回派遣されているんだが、二人とも行方不明になったんだ。今回は失敗できないと軍も焦っているようだ」
「なにかのモンスターにやられたんですか」
「それが本人たちから手紙が来て、探すなとあった」
最初に、行方不明になったのは、テオドーロ・ロレッロ少尉。
任務は不審な団体の捜査。
その後、テオドーロ少尉が音信不通になったので、それを確認するため派遣されたウーゴ・ルッソ少尉も続けて行方不明。
どうやら、妙な宗教団体があって、百五十人くらいで集団生活しているようだ。
派遣された軍人二人は調査に行って、逆に教団に引きずり込まれたらしい。
二人の写真を見せてくれた。
「行方不明じゃなくて、居場所もほぼわかっていて、本人たちが好きで住んでいるなら、放っとけばいいんじゃないですか」
「それがどうも、怪しい活動を行っているようだ。カクヨーム王国にも近いし、せっかく、両国の関係は良好になったのに、それを壊したくないんだ」
「怪しい活動って何ですか」
「クトルフは知っているか」
なに、クトルフだと。
「ああ、知っています」
「それが関係しているようなんだ」
うーん、それはちょっとまずいぞ。
確かにあれは危険だ。
「相手は百五十人程度なんですよね。いっそのこと、軍隊が一個大隊程度で攻め込んで全員逮捕しちゃえばいいんじゃないですか」
「軍隊が行ったら目立つし、相手は逃げるだろ。それに、一人の男が全て仕切っているようだ。教祖みたいなもんだな。一種のカルト団体で、そいつを逮捕すれば、他の連中は大人しくなる。それだけのことだ」
また、「それだけのことだ」って簡単に言うおっさんだな。
ゾンビやらドラゴンやら皇太子御夫妻パレードやらで、あたしがどんなに苦労したのかわかってんのか、四角い顔のおっさん!
「その教祖の素性はわかっているんですか」
「名前はシム・ジョーンズ。四十代の男だ」と写真を見せてくれた。
なんだか暑苦しい顔したおっさんが写っていた。
「どういう素性の人なんですか?」
「メッキ工場で働いていたが、二十代の時、神の啓示を受けたとかわけのわからないことを言いだして、宗教団体を作ったんだ。名前は異世界転生教団」
「どういう教団なんですか」
「死んだ後、異世界で幸福に暮らすというのが教義らしい」
「あれ、それって普通の宗教と似てませんか。ナロード教も人間は死ぬと天国に行くって言ってますよね。クトルフと全然関係ないんじゃないですか」
「そうだな、最初は真面目にやっていたらしが、どんどん教義が変わっていって、今は、現世でどんなにしょぼくれた人生を送っていても、この団体に入れば、死後は異世界で好き勝手出来て、女にモテモテとか、ハーレムを作ったりとか出来るようだな。お布施の金額が高ければ高いほど、ハーレムの人数も増えるようだ。今や全財産を教団に寄付してしまう信者もいると、その家族から情報が入っている」
「詐欺師がよくやる手法ですねえ」
「わざと死んで、異世界に早く行こうとしている噂もある。集団自殺の危険性もあるな」
「え、それはまずいですね。止めさせないと。けど、やっぱりクトルフは関係無いんじゃないですか」
「それが、脱走してきた信者の証言では、シム・ジョーンズ本人はこの教義を全く信じてないようなんだ」
「え、じゃあ、シム・ジョーンズの目的はなんですか」
「さっき言った集団自殺だよ。但し、信者は殺して、自分は生き残るらしい。信者をクトルフの生贄にするのが目的のようだ」
信者百五十人を生贄か。
うーん、これはけっこうまずいことではないか。
「けど、生贄にして、どうするんですか」
「クトルフを復活させるのが目的らしい。シム・ジョーンズはクトルフを崇拝しているらしい」
「そんなことできるんですか」
「分からん。ただ、できるとかじゃなくて、シム・ジョーンズがそう信じているのが問題なんだ」
「で、私を派遣ですか」
「いや、実はミスカトニク大学のクトルフ専門家ルチオ教授に依頼したんだが、クトルフとの戦いで腰を痛めて入院中なんだ」
本当かね。
またゴルフのやり過ぎなんじゃないの。
あと、吸血鬼ハンターじゃなかったのか。
いつの間に、クトルフハンターになったんだよ、ルチオ爺さん!
「で、ルチオ教授が代わりにお前を推薦してきたんだ。クトルフに詳しいそうだな、お前は」
おいおい、クトルフは知っているけど、詳しくねーよ、あたしは。
頭も悪いし。
ルチオ教授、いい加減すぎじゃないのか。
「私でいいんですか」
「かまわない。それに、お前はドラゴンキラーだから、大丈夫だろ」
また、それで済ます気かよ、この四角い顔のおっさんは!
ったく。
「私一人で、シム・ジョーンズの教団と対決ですか」
百五十人も相手に出来ん!
モンスターもやたら出る場所って言うし。
もう逃げるぞ、あたしは!
「いや、軍隊と一緒だ。それにシム・ジョーンズ一味は武器を持っていないようだ」
「あ、そうなんですか」
「まあ、シム・ジョーンズ本人は持っている可能性があるが、脱走した元信者の証言では、シム・ジョーンズのボディーガードも含めて、信者たちは一切武器の携帯を禁止されているようだ。おそらく、信者たちから反撃されるのを恐れているんだろう」
「で、まずどちらに行けばいいんですか」
「南方にコポラ村という場所があるのだが、そこから軍用船でアポカリス川を上ってもらう。国防軍特殊部隊のディーノ・マトーリ少尉と船着き場で待ち合わせだ。お前は顧問という立場になる」
やれやれ、また四角い顔のおっさんに無理難題を押し付けられたか。
しかし、軍の特殊部隊とは、なかなか頼もしそうだけど。
蒸気機関車や乗合馬車を乗り継いで、目的地のコポラ村に到着した。
フランコのおっさんに私服で行けと言われたんで、黒い長袖シャツに黒いズボン姿。
大きい川がある。
これがアポカリス川か。
南方なんで、ちょっと気候が蒸し暑い。
そこに、船着き場があり、白いデカい船が停泊していた。
金持ちがプレジャーボートを停めているのかな。
軍用船はどこにあるんだろうと、その船で作業している人に近づいて、
「すみません、軍隊の方を見かけませんでしたか」と聞くと、
「俺は軍人だけど」と白い半袖シャツに、白いハーフパンツを着ている日焼けした男性が答える。
あれ、軍服は着てないのか。
「あの、政府から派遣されたプルム・ピコロッティですが」
「ああ、お待ちしてました。私は、軍曹のジャンルイジ・ブフォンです」とピシッと敬礼した。
すると、待ち合わせの場所に、四人の男性が近づいて来た。
「プルム・ピコロッティです」
「ディーノ少尉だ。よろしくな、プルム顧問!」
お、ディーノ少尉、なかなかのイケメン。
だけど、色黒で、ちょっとがさつのガデン系ね。
様子見だな。
保留にしとく。
保留って、偉そうだな。お前は放流されてばっかりだろって? うるさいわい!
「かの有名なドラゴンキラーが顧問で来るっていうから、どんな大女かと思ってたら、こんなかわいい女の子だとは思わなかったよ。おっと、失礼、女の子なんて言って」とディーノ少尉が言った。
かわいい? 失礼じゃないぞ。
嬉しー! 保留から、候補者に格上げしとこっと。
格上げって、ホントに偉そうだな。お前は格下げどころかデフォルト状態だろって? うるせーよ!
他にも三人、ダニエレ伍長、ルカ一等兵、マルコ二等兵。
全員、日焼けして、一般人の恰好だ。
「ところで、軍用船はどちらにあるんですか」
「これだよ」とディーノ少尉が白い船を指さす。
「えー、これプレジャーボートじゃないですか」
軍用船というから、緑色の小さい船を予想していたんだけど、こりゃ、まるで金持ちが遊びで使う豪華客船だな。
「これ普通は海で乗るんじゃないですか。川を上れるんですか」
「この川は深くて広いから大丈夫だよ」
中を案内してもらうと、トイレやシャワーまで付いている。
キャビンの奥には、ふかふかのソファセットまであるぞ。
「実は、これ偽装船なんだよ」
ディーノ少尉が操縦席のスイッチを押すと、前面の甲板が割れて機関銃がせり上がってきた。
操縦席からも操作して撃てるらしい。
少尉がハンドルを動かすと、稼働範囲は前方向に百八十度くらい。
「これがあればモンスターが現れても、大丈夫ですね」
「それが、最近、モンスターが出なくなったようだ」
「え、そうなんですか」
「ここだけじゃなく、国中でな」
「カクヨーム王国みたいに軍が退治してまわっているんですか?」
「いや、我が軍はそんなことはしていない」
なぜだろう。
不思議だ。
まあ、モンスターが出ない方が、今回の任務には都合がいいけど。
ワインクーラーを開けてみたら、武器が何丁か入っていた。
「これは自動小銃だ」とディーノ少尉が説明してくれた。
あたしも川で撃たしてもらう。
連続で弾が出る。
小型の機関銃みたいだ。
警備隊のライフルは、いまだにボルトアクション方式で一発ずつ撃っているから、こりゃ強力な武器だな。
他にも手榴弾とか、いろいろと隠してあるようだ。
「この船は高いでしょうね」
「ああ、歳出化経費で購入したから壊すなって言われてる」
歳出化経費って、アデリーナさんも言ってたなあ。
何のことなんだろう。
「歳出化経費って何ですか」とあたしが質問すると、
「俺も知らんなあ」とディーノ少尉が笑う。
なかなかさわやかな笑顔。
歯が真っ白。
乙女心がヒートアップ! してきたぞ。
「まあ、高額なんで、年度を超えて分割払いしているみたいだ」
ふーん、ローンみたいなもんかね。
「なんで偽装するんですか」
「カクヨーム王国のすぐそばを通るためさ。カクヨーム王国の国境警備兵を刺激したくない。あと、シム・ジョーンズの教団に近づくには軍用船では目立ちすぎる。そのため一般人の恰好をしているんだよ」
キャビンの中のふかふかソファで、ディーノ少尉に今回の計画を説明される。
「我々は、通信社の記者ということで、事前にシム・ジョーンズの教団には取材の申し込みはしてある。今から二十四時間後に到着だ」とHPL通信社の腕章をくれた。
「シム・ジョーンズの逮捕状はすでに発行してもらっている。罪名は詐欺罪だ」
「確か、シム・ジョーンズ一味は武器は持ってないと聞いたんですが。そうするとわりと簡単じゃないですか」
「武器は持ってないので、シム・ジョーンズ本人を逮捕するのは簡単だろう。しかし、シム・ジョーンズが扇動して、信者が集団自殺するのを防ぎたいんだ。そっちのほうが重要だな」
うーむ、百五十人もいるのに、いっせいに自殺されたら、この六人でとめるのは難しいな。
「うまく、シム・ジョーンズが詐欺師であることを信者たちに伝える方法はないかな」
「シム・ジョーンズ本人は、この教義を全然信じていないんですよね」
「うん、クトルフとかいうものを崇拝しているらしい。プルム顧問はクトルフに詳しいんだよな。専門家の教授の講義を熱心に聞いていたとか」
「はあ、そうですね」と誤魔化すが、講義なんて受けてないぞ。
病院にお見舞いに行ったとき、ルチオ教授がベラベラとクトルフのことを喋っていたけど。
その事かね。
全部、忘れちゃったよ。
ったく、教授、いい加減過ぎ。
「これが教団のマークだ」と変な絵を見せられた。
蛸みたいなマークだな。
オガスト・ダレスが飾っていた絵によく似ている。
蛸に似ているが、足がなぜか十六本ある。
「これは多分、クトルフを象徴してますね」
「そうなんだ、俺はてっきり蛸かと思ってたよ。シム・ジョーンズはタコ焼きが好きなのかと思ってた」と冗談を言って、笑うディーノ少尉。
なかなか気さくな人やね。
「シム・ジョーンズは、どうやって、信者たちを集団自殺させるつもりなんでしょう」
「それはわからん。シム・ジョーンズの言う事は何でも聞くようだから、川に飛び込めと言われたら、そうするだろう。百五十人がいっせいに飛び込んだら、止められないな」
うーん、これはちょっと慎重にいく必要があるな。
「うまく、シム・ジョーンズがクトルフを崇拝していて、教団の教義を信じていないことを引きだせればいいんだが」
「私たちの役割分担はどうなっているんですか」
「俺がジャーナリスト、プルム顧問は、その助手。二人でシム・ジョーンズにインタビューする。ダニエレ伍長とルカ一等兵はカメラ担当、ジャンルイジ軍曹とマルコ二等兵は船の操縦で雇ったということにする」
クトルフに詳しいと思われているあたしが、シム・ジョーンズからクトルフについて言質をとれってことみたい。
頭の悪いあたしには無理のような気がしてきた。
どうしよう。
困ったね。
集団自殺の気配が無ければ、一旦引き下がって、ルチオ教授を連れて来たほうがいいんじゃねとあたしは思った。
あの爺さん、口だけはよく回るからな。
ちょっと、気弱になるあたし。
「様子を見て、集団自殺する感じが無ければ、ルチオ教授も連れて来たほうがいいんじゃないでしょうか」
「いや、それが情報によると、シム・ジョーンズは、信者が百六十人になれば、集団自殺を決行するようだ」
「え、なぜですか」
「わからん。シム・ジョーンズに聞くしかないな。もう信者は百五十人くらいいるみたいだし、かなりまずい状態かもしれない」
とにかく、昼過ぎに出発。
明日の午後に、シム・ジョーンズの教団に到着予定。
偽装船で川を上っていく。
少尉の言ったとおり、モンスターとか全く出る気配が無い。
鬱蒼としたジャングルのような場所に大きい川。
珍しい草花が見えて、きれいな風景だ。
そこをプレジャーボートで上っていく。
ちょっとバカンス気分だな。
意外にも軍隊の皆さん、あたしに礼儀正しく、しかも何となくチヤホヤしてくれる。
すっかりいい気分になるあたし。
簡単な夕食を取った後、ディーノ少尉がなにやら準備している。
「何をされているんですか」と聞くと、
「花火さ」と見せてくれた。
もうすぐ、太陽が落ちる時間だけど、丁度そのころ、カクヨーム王国と国境を接するみたい。
旅行者が花火で遊んでいるように思わせるようだ。
あんまり派手な花火は無く、大砲やら銃撃と間違えられるのも困るので、こじんまりとした、全て手元で楽しむ感じの花火。
甲板に出て花火大会。
花火なんて、懐かしいなあ。
小さい頃、夏はチェーザレたちとよく花火で遊んだ。
最近は全くやってない。
すっかり童心に帰るあたし。
「お前ら、あんまりはしゃいで、弾薬に引火して爆発するようなことすんなよ」と言いつつ、一番はしゃいでいるのがディーノ少尉だったりする。
ちょっと子供っぽいけど、そこがまたいいな。
あれ、乙女心がまたヒートアップしてきたぞ。
やばいな。
お、対岸にカクヨーム王国の警備隊が双眼鏡で監視している。
みんなで手を振ったら、向こうも手を振ってきた。
すっかり、両国は仲良くなったなあ。
さて、すっかり夜になったが、あたしにはふかふかソファをベッドにしてくれた。
皆さんは甲板で仮眠を取るみたい。
あたしはお姫様みたいだな。
姫と言っても、オタサーの姫みたいなもんだろうけど。
おっと、いかん、いかん。
今回は集団自殺の可能性もあるハードな展開になるかもしれん。
用心しなきゃ。
と言いつつ寝た。




