神殿
「前の魔王がどんな者だったかロベルトに訊いていますか?」
「はい。呪われた剣に魅入られた、冒険者だったとか」
「その剣を持たせたのが神々のいない宗教―――通称、神殿です」
何々教と言うように名前が付いていないのは、様々な異世界の人たちが様々な異世界の神を信仰していたのを統一したため、安易につけられず仕方なく施設で呼ぶようになったそうだ。盗みは駄目、人殺しは駄目、困っている人を助けろと言ったような割とどこの世界でも受け入れられそうな宗教らしい。表向きは。
「彼らは自分たちが善でいるために悪である魔王を定期的に作り出している」
師匠が非常に険しい顔をして言った。昔自分がダークエルフになったときのことを思い出しているのかもしれない。
「昨年の秋祭りの時に見ていた鏡、あれも貴女に仕掛けられた罠だったんですよ。呪詛の様なものが掛けられていた。あなたに耐性が無ければ、下手をすればあの時点で魔王になっていてもおかしくはなかった」
もしかしたら王族の体質によって助かったのかもしれませんね、とエルンストが笑みを浮かべた。
思わぬ情報に息をのむ。じわじわと恐怖がこみあげてきて手が震えた。ドラゴン化していないからって安心している場合じゃなかった。
ばば様が私をずっと家から出さなかったのもうなずける。
そんな話聞いてしまったら家から出られない。どこでどんな風に魔王になってもおかしくないなんて、考えもしなかった。
「異世界から転移してきた人しか魔王にならなかったのではないの?」
「このところ、生きている人でそういった人が見当たらないからかもしれません」
身元不明の遺体が海から上がることはあるらしい。転移先が陸地とは限らないということ。
異世界から来た人はこの世界に文明の進化をもたらすのにどうしてそんなことをするのか。エルンストに訊くと神殿が優位な位置に立つためとか、あまりに過ぎた文明は世界のバランスが崩れるとかそんな思想を持つ人もいるという答えが返ってきた。
どこの世界でも極端な行動に出る人たちはいるもので、自分がその人たちに狙われるとは思ってもみなかった。思わずため息を吐いてしまう。
「怒りや悲しみにとらわれず大きな魔法を使わず良い行いを重ねていれば魔王にはならないんじゃなかったの?」
誰に聞くともなしに思わず口から洩れた言葉は自分でも驚くほど感情の全く込められていない声音で。今まで不安に思っては何度も立ち直ってきたのに、また同じ不安が鎌首をもたげる蛇のように起き上がる。
「結局のところはそれが一番なんですよ。神殿が何をしようと自分をしっかり保つ。というよりそれしか確実な方法がないんですよ」
今まで通りだね、と師匠に頷いて見せる。不安はとめどなく湧き上がるけれど、抱えてそれでも生きるしかないなら、覚悟を決めよう。そう思ったところでふと心に引っかかっていたことを訊いてみる。
「そういえば私師匠に物凄く残酷なお願いをしてしまったんじゃ……」
「もう一度やり直しができるチャンスみたいなもんだ。今度は失敗しないから安心してくれ」
「お願いって何だい?」
魔王になる前に殺す約束を師匠がエルンストに説明をすると、
「貴女の遺体は僕に回収させて下さい」
と、のたまう。……魔王になりたくない理由がまた一つ増えた。
家に帰ってばば様に今日聞いた情報を報告した。どうして家からできるだけ出さないようにしたかもわかったと言うと、お茶を飲みながら話してくれた。
「今のアリシアは、例えるなら不治の病気の保菌者じゃ。治療薬が作られるのをずっと待っておるような。発病を恐れて閉じこもってばかりでは、良くなるものもならん。そう気づいて村に行くことも決めたんじゃ。周りに気を付けながらであれば村を出ていろいろなものを見て回ることも薬になるかもしれん。」
でもまだ子供のうちは、心配だから家にいてほしいとばば様は言った。
取り敢えずは現状維持、だね。
神殿は祭祀、寺院は修行、教会は布教が主な役割だそうです。神様のいないという皮肉を込めて神殿で。




