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第22章 有と本質の暗黒

彼女の前に現れた機械は、その電動ノコギリの大腕を振りかぶったのである。

しかし彼女の足裏に取り付けられた装置が、彼女を裕に浮上させ、容易く攻撃を回避させた。そこから彼女は連携を仕掛けるように、苔結ぶ天井を土台として力強く斬りかかった。

剣の柄の部分をぐっと握りしめ、不可思議な神性をも受け持つ彼女の一撃は閃光のように迸り、それは機械の装甲を打ち崩した。

斬りかかった反動で地面に足をつけるや否や、彼女は間隙無く再三剣を構えた。剣先が少し電流を帯びている。先程の剣戟で装甲を破ったため、恐らく内部機械の破損によって電流が多少漏れているのだろう。

だが其れは彼女――オルタナにとって大きな進歩の兆しでもあったし、戦旗を翻すのに最高の土台が揃ったと言っても過言では無いだろう。

大凡に彼女としての究極的な観念がそう言った以上、それこそが無我としての彼女の意思だったし、所以に彼女としての兵器に対する余裕感情を産ませたのである。

…彼女は再び仰ぎ見た。薄暗い部屋の中、血眼にしているかのようにモーターをフル稼働している兵器の様相は見苦しささえ思わせた。


「…お前としてノ、お前の意思ハ」


不意に彼女は静かに呟いた。呆気なくそれはモーター音によってかき消されてしまった。


「…ゆめゆめ全てを滅ぼしかねない、終わりの意思ダ」


無意識に手が震える。剣を持つ右手ががたがた音を言わせ、小刻みに揺れ動く。もはや感覚は役立っていなかった。

急に彼女は金縛りに遭ったかのように身体が動かなくなった。彼女に依る意思によってさえ動かないのである。こう言う時に限って心身二元論をつくづく思わせるものだ。

やがて意識が朦朧とする。眩暈が急に襲い掛かり、兵器は絶好の機会と見なして電動ノコギリで彼女を手にかけようとした。彼女は蒙昧とした意識の中、半ば諦めていた。

そして視界は真っ暗になった。全てが消えたのである。暗闇によってモーター音さえ遮られ、彼女は真空地帯そのものに居た。

光さえ見当たらない絶望の顕現とも言えような空間の中で、彼女はぼうっと前を見続けた。やがて闇がうっすらと白に染まっていくと、彼女の前に大きな鏡が現れる。大理石で出来あがった、彫刻のような反射鏡である。

そこに映っていたのは自分の姿では無く、もう1人の自分であった。それは先程、意識を失ってから豹変した、"第二人格の自分"だったのである。


苔の世界の中で、<自分>は声高らかに笑っている。――狂っている。彼女は自分にそう思った。

今や彼女は闇の世界で本当の自分を客観的に見る存在だ。一種の形而上学的な存在にさえなっている。彼女は徐に見下ろした。先程戦っていた兵器の攻撃を容易く避け、高速な動きを伴わせる。

兵器の視線を欺きながら、彼女は目に見えない速さで剣を真上から真下に向かって突き刺した。其れは装甲を既に破って露呈していた内部機械をぐちゃぐちゃにした。

まるで人の脳髄を掻き回すかのような彼女の目は悍ましかった。世界をも簡単に見下すような神にさえ為りかけていたのかもしれない。

しかし闇の世界の彼女はそれをどうすることも出来ないでいたし、また、何をしようとも思えなかった。――無気力に近い『達観』だったのである。結局、そういう感情に至っていた。

鏡の中の自分は兵器を爆破させた。木っ端微塵に爆発四散する兵器を傍らに、気色悪いせせら笑いが聞こえるかのような笑いをしていた。もはや彼女は"彼女"では無かった。

勃然と湧いて出る笑い。今まで培ってきた自己知己の総てが破壊させるかのような破滅的破壊力を内包せし笑いは、その苔覆う部屋で響き渡った。


彼女は何かを言っていた。しかし何も聞こえなかった。寧ろ聞こえないでせいせいさえした。

寡黙としての自分を貫き通していたつもりでいたのにも関わらず、まさか存在したとは思えなかった第二人格がここぞとばかりにする大演説を聞いても、感情が潔しとしないからである。

やがて闇の世界は徐々に消え失せ、大いなる光に包みこまれた。そして彼女は"元の身体"と"精神"とを合致させた。

彼女は薄気味悪くなって、持っていた剣を遠くに投げ飛ばした。目の前では煤けた兵器が横たわり、未だに微笑の出火をしている。彼女は悲しくなって、そのまま地面に座り込んだ。

目を両手で覆い隠し、先程見たもう1人の自分に明確な殺意さえ見た。それは<霊性>――寛恕の心をも殴りつける意思は、彼女を地べたに座らせたのである。

目頭がふと熱くなって、両手がしっとり濡れる。落ち行く静かな雫は、彼女の感情の全てを表現していた。如何にもオルタナは此の世の何もかもを信じられなくなってしまったのである。

これが自分の本性なのだ―――そう思い込むと、なおさら恐怖感が渦巻いて両手が濡れる。


「…やっと気づいたか」


ふと後ろを仰ぎ見ると、黒いマントを羽織った男が立っていた。―――カイアス博士、否、セヴェロンであった。


「…シモーユ、お前も気づいただろう。お前の本性を」

「気づいた。何もかも…何もかモ……」

「――なあ。既にお前は気づいてるかもしれないが……」


彼は苔の壁に靠れ掛かっては、徐に天井を見上げた。彼は悲しそうな面をしている。ふいに釣られて、彼女も悲しくなった。


「今までお前が見てきたのは、全て幻想だ。本物はその兵器と私だけだよ――お前の本性を暴く為に、な」

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