エピローグ 根はまた芽吹く
「レイ!」
わたしは叫んでいた。
何度も、何度も。
気づいたら、男たちはみんな倒れていた。
どうやって斬ったのか、正直覚えてない。
体が勝手に動いていた。
レイが教えてくれた通りに。
あの女の人は、馬で去っていった。
最後になにか言ってたけど、どうでもよかった。
レイ。
レイのところへ走った。
「レイ! ねえ、レイ!」
レイは、倒れたままだった。
抱き起こす。
重い。
こんなに重かったんだ。
地面に、丸い石が落ちていた。
さっき、わたしが投げつけた石。
前に、森でアンナと魔物に襲われた。
助けてくれたレイが、帰り道に渡してくれた石。
レイが、ずっと大切にしていたのをわたしにくれた。
無事に帰れる。
そういう言い伝えがある石を、わたしは投げつけた。
レイが、震える手でそれを掴もうとしている。
わたしはそれを拾って、レイの手に握らせた。
「ごめん。ごめんね、レイ」
レイの手は、まだあたたかい。
だから、まだ大丈夫だと思った。
「ねえ、起きてよ。レイ」
返事はなかった。
「朝ごはん、作ってあげるからさ。アンナと三人で、海を見に行こうって言ったじゃん。薪割りだって、まだ終わってないよ……」
返事はなかった。
「レイ。レイ。ねえ、レイってば」
何度呼んでも。
この人が、わたしのお母さんを殺したんだって。
わたしの国を焼いたんだって。
さっき、あの女の人が言っていた。
ずっと、嘘をつかれていたんだって。
レイも、嘘だとは言わなかった。
いつもの、鋭い目じゃなかった。
その目を見て、本当なんだと思った。
なのに。
なんで、わたしは泣いてるんだろう。
なんで、戻ってきちゃったんだろう。
分からない。
分からないけど、手が離せなかった。
どれくらい、そうしていたか。
レイの手から、あたたかいものが少しずつ消えていった。
「セラちゃん……」
振り返ると、村のみんなが見ていた。
「もう、休ませてやろう。じきに暗くなる。わしらも手伝うから、な?」
休ませる。
ああ、そっか。
レイは、もう。
「うん……」
声が擦れていたのが、自分でもわかった。
レイの遺体は、村はずれの丘に埋めた。
マルタのばっちゃんと、ヨハンのじっちゃんの隣に。
小さな土の山が、三つ並んだ。
穴を掘るのは、大変だった。
腕が重い。
人一人を埋めるには、どのくらい掘ればいいんだろう。
そういえばレイも、村の人が亡くなったら、墓を掘っていたっけ。
でも、まだ土が柔らかい。
冬になったら、土が固くなってもっと――
「——ちゃん! おい!」
急に肩を掴まれた。
「セラちゃん! ちょっと休みな。変わるから」
気づいたら、辺りは暗くなっていた。
目から、涙が溢れている。
「セ、セラがやらないと……」
「わかってる。でも、このままじゃセラちゃんが先に倒れるよ。ほら」
差し出された水を少し飲んだ。
今日は月がよく見える。
レイの遺体が、月明かりに照らされている。
「村中が、レイヴァンに世話になったんだ。おれ達にも、恩返しをさせてくれ」
「……うん」
穴を掘り終えると、みんなでレイを入れた。
手には、あの石を握ったまま。
丸い石を持っていれば、無事に帰れる。
そう言っていた。
嘘つき。
自分は、どこにも帰れなかったくせに。
また、涙が溢れてきた。
その晩、村は静かだった。
もうこの村は、ほとんど人がいない。
それでも、いる人達だけでなんとかやってきた。
アンナも、まだ街から帰ってこない。
帰ってきたら、きっと泣くんだろうな。
アンナって、意外と泣き虫だし。
「ね、レイ……」
いつもなら、返ってくる返事がなかった。
真っ白な静けさが、部屋の中を包んだ。
わたしは、膝を抱えて座っていた。
レイの座っていた椅子を見ながら。
エルダインの王女。
セラフィーナ・エルダイン。
だれ、それ。
わたしじゃない。
――どうしたって、負けるのは見えていた。ならば、一度受け入れて機を待つ。
あの女の人の言葉を思い出した。
――あの子を、旗印にするのよ。滅びたはずのエルダインは、正統な王女のもとで蘇る。
くだらない。
わたしは、王女様なんかじゃない。
わたしは、ただのセラ。
レイがつけてくれた名前。
でも、あの女はまた来る。
きっとまた、わたしを探しに。
だったら、待たない。
わたしから行ってやる。
追いかけて、終わらせる。
レイを、こんなふうにしたあの人を。
わたしの、大切なものを奪った報いを。
翌日、村の人たちにあいさつをした。
「そうかい。寂しくなるね」
「元気でな。無理だと思ったら、いつでも帰ってくるんだぞ」
そういった言葉をかけてくれる。
「……ありがとう。アンナが帰ってきたら、伝えといて。ごめんね、って」
「わかった。達者でな」
村を出る前、レイのお墓に立ち寄った。
「レイ、ごめんね。わたし、行くよ」
レイがわたしになにを望んでいたのか。
なんで、自分の剣をわたしに託したのか。
今となっては、わからない。
まあ聞いたとしても、答えてはくれないだろうけど。
「今までありがとう。照れくさくて一度も呼んだことなかったけど、レイのこと、心の底では、お父さんって思ってたんだよ」
物心ついたときから、レイって呼んでた。
実際のお父さんじゃないのも知ってた。
でも、なにも聞かなかった。
どうせ、聞いても答えてくれないから。
素直じゃないからね、レイは。
「じゃあ、行ってきます。お父さん」
村を出るとき足元に、丸い石が落ちていた。
わたしは、それを拾った。
丸い石を持っていれば、無事に帰れる。
嘘だって、知ってる。
でも、拾った。
レイがあの日、わたしにそうしてくれたみたいに。
丘のほうを、一度だけ振り返った。
レイは、もういない。
けど、わたしがレイの分も生きるから。
わたしは、前を向いた。
もう、振り返らない。
行ってきます、レイ。
行ってきます、お父さん。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
業の福音 〜征服こそ正義だと信じていた男は、その手を汚し続けた〜、
これで完結です。
征服する側にいた男が、自分が滅ぼしたものの中に残された子供を拾って、償いのつもりで育てて、それでも最後まで、本当のことを言えなかった。
そういう話でした。
レイヴァンは亡くなってしまいました。
けど、彼にとっては悪くない最後だったのではないかと思います。
レイヴァンの物語はここで閉じますが、セラの物語はこれからです。
意志は受け継がれ、業になるのか。
それとも。
いつか、その続きを書けたらと思っています。
こんな話に最後までお付き合いいただけたこと、感謝しかありません。
もしよかったら、評価や感想を頂けると、今後の励みになります。
では、ここまでありがとうございました。




