↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
業の福音 〜征服こそ正義だと信じていた男は、その手を汚し続けた〜  作者: 星喰ゆう
第四章 冬の村

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/55

第四十四話 一人にならないように

 魔物の死骸を、村人総出で焼いた。


 柵の外側に、魔物の死骸を集めた。


 何十匹も。

 数える気にもならなかった。


 木を集めて、火をつける。


 黒い煙が、空へ昇っていた。

 風が吹き、森のほうへ流れていった。


 あの匂いは、しばらく忘れられそうにない。


 魔物の肉は食えない。


 魔素の塊のようなものだから、人が食べればすぐに中毒になって死ぬ。


 これだけの数が食べられたら、冬に飢える心配はしなくていいだろう。


 命がけで戦った代償は得られない。

 それが、魔物との戦いだ。


 かといって、そこら辺に埋めれば土が腐る。

 この土地で、作物を育てることは難しくなるだろう。


 だから、焼くしかなかった。


 攻城戦のあとも、死骸を焼いた。

 いや、あのときは焼けなかった。


 いつもなら、戦のあとはインカント隊が詠唱で焼く。


 だが、あの攻城戦では、それすらできなかった。


 インカント隊も限界だった。


 味方は、壁の下に積まれたままだった。


 ここに、彼らはいない。

 自分たちで焼くしかない。


 そのほうがいい。


 村の男が一人、俺の隣で同じように煙を見ていた。


 なにも言わなかった。

 俺も言わなかった。


 言葉にできることは、なにもなかった。



 人の墓は、村の裏手の丘に三つ並んだ。

 この村がよく見える場所だ。


 最初は、オットーとその奥さんの墓は、家の近くに作るつもりだった。


 だが、そこは魔物がまた来るかもしれない場所だ。


 せっかく作った墓が、倒されるのは可哀想だ。

 誰かがそう言った。


 二人も、遺体は見当たらなかった。

 あったのは、血の跡だけ。


 残ったものも、ほとんどなかった。

 壊れた家から、わずかに残った鍋と鉄の道具を、彼らの遺品として埋めた。


 あの二人は、最後は後悔をしたのだろうか。

 柵の外に取り残されると分かっていて、動かなかった人達だ。


 死ぬときは、ここでと決めておる。


 じいさんはそう言っていた。

 その通りになってしまった。



 ニールの墓には、入れるものがなかった。


 遺体はどこにもない。

 どこで喰われたのかも分からない。


 俺は、空の穴を掘った。


 なぜかはわからない。


 ただ、誰かのために命を賭けたニールの墓を、ただの木の棒を立てた墓にするのは、あまりにも不憫だと思った。


 穴を掘り終えた頃、アンナがセラと共に俺のところに来た。


「……レイヴァンさん、これ」


 手には、小さな木彫りの人形を持っていた。


 俺は、それを見たことがあった。


 ニールが、アンナに彫ってやったものだ。


 いつだったか、削りかけのそれを焚き木のそばで見せてきたことがあった。

 なんの形なのか、俺には分からなかった。


 まだ途中なんです。


 あいつはそう言って笑っていた。


 不器用でしょう、でも、あの子は気に入ってて、と。


 完成したそれもやはり、なんの形なのか分からなかった。


 だが、アンナは、それを、両手で握っていた。


「いいのか? ニールがお前に作ってくれたものだろう?」

「……はい。でも、おとうさん、寂しいかもしれない、から」


 アンナは、震えていた。


 セラが、アンナの手を握りしめている。


「わかった。じゃあ、ニールが一人にならないように埋めてあげよう」

「はい」


 アンナが空の穴に、小さな木彫りの人形をそっと置いた。



 俺はその上に、そっと土をかけた。



 セラは少し離れて、それを見ていた。


 あの夜、俺の血まみれの手をじっと見ていた。


 なにも言わなかった。

 今も、なにも聞かない。


 ただ、土をかける俺の手を見ている。


 この子はあの夜、なにを見たのだろう。


 聞けなかった。



 村の連中が、順に丘を降りていく。


 誰も、多くを語らなかった。


 前もこうだったのだろう。


 ヨハンが、最後まで残っていた。


「アンナは、わしらが引き取ろう」


 ぽつりと、そう言った。


「他におらんからな。わしらも生い先短いが、まだ、あれくらいの子なら世話できるじゃろう」

「ヨハンさん……」

「もっとも、数年後には、わしらが世話をされておるかもしれんけどな」


 ヨハンは、村の方を見ながら言った。


 この村は、そうやって繋いできたのだろう。

 欠けた分を、残った者で埋める。


 だが、埋める者も、少しずつ減っている。



「レイヴァン、あんたには、世話になったのお」


 ヨハンが、俺のほうを見た。


「あんたがおらんかったら今ごろ、この丘の墓は、三つじゃ済まんかった」


 俺は、何も言えなかった。


 礼を言われる資格が、俺にはない。


 この村を襲ったあの群れと同じだ。

 俺も、よその村を喰い荒らしてきた。


 喰われる側の恐怖を、俺はこの村で初めて知った。


 だが、それは言わなかった。

 言えば、この爺さんの感謝が行き場を失う。


 黙って頭を下げた。


 人殺しの頭を。



 俺達も、丘を降りた。


 言葉は交わさない。

 一度だけ、振り返った。


 俺みたいな人間に、屈託のない笑顔を向けてきた。

 人を助けるために、魔物の群れに飛び込んだ。

 父親として、最後まで娘を思って戦った。


 あいつは、俺に憧れていた。

 目や、態度を見て、なんとなく思っていた。


 でも、俺なんかよりもニールの方が、何倍も尊敬できる人間だった。


 結局俺は、どこに居ても、何も守れない人間だ。



 目の前には、母を奪われた子と、父を奪われた子が、二人で丘を下っていた。


 俺には、この二人を守れる自信がない。


 ニールの顔が、頭から離れなかった。



 本格的な冬が来た。


 あの群れが最後だった。

 それきり、魔物は下りてこなかった。


 厳しい冬だと、ハンスは言っていた。


 だが雪は、それほど積もらなかった。


 その言葉を遺した本人はもう、この村にいない。


 村人たちは、倒れた柵を組み直した。

 今度は、俺が言うより先に、みんなで。


 誰かが指図しなくても、村は動くようになっていた。


 春が来た。


 畑を耕した。

 俺も、クワを握った。

 剣ではなく。


 夏が来た。


 セラの背が、柱の傷を一つ追い越した。

 前にこの家にいた子が、遺した傷を。


 秋が来た。


 冬の支度をした。

 その頃には、村全体を柵で覆っていた。


 今度は誰も、森のほうから目を逸らさなかった。



 そうやって、一年が過ぎた。


 また、一年が過ぎた。


「おーい。レイヴァン! こっち手伝ってくれ!」

「はい! 今行きます!」


 俺は、この村の人間になっていった。


 薪を割り、屋根を直し、柵を見回る。

 ただの村の男に。


 誰も、俺の昔を聞かなかった。

 俺も話さなかった。


 俺が何をしてきたか。

 この剣が、どれだけの村を、この村と同じ目に遭わせてきたか。


 セラにも言わなかった。


 いつか、言わなければ。

 そう思った夜は、数えきれない。


 喉まで出かかる。

 そのたびに飲み込んだ。


 まだ早い。

 この子が、もう少し大きくなってから。


 そう、自分に言い聞かせて、また一年が過ぎた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。