第七十三話「再接続」
ダンジョン内は、静かだった。
静かすぎる、と言った方が正しい。
航は足を止める。
「……戻ってるな」
誰に向けた言葉でもない。
だが、その言葉にセイリスが反応する。
「何がですか?」
「違和感だよ。前より“はっきりしてる”」
セイリスは周囲を見渡す。
空間そのものに変化はない。
壁も床も、崩壊しているわけではない。
それなのに。
どこか、わずかに遅れている。
風が吹いたあと、音が届くまでの間が伸びている。
「……気のせい、ではないですね」
セイリスの声は静かだった。
だが、その静けさの奥にわずかな揺れがある。
その頃。
ダンジョン外部。
ヴェリオスは観測ログを見つめていた。
「……戻ってきているな」
端末に表示された数値が、微かに跳ねている。
一度収束したはずの揺らぎ。
それが、同じパターンで再発していた。
「収束ではなかった……か」
呟きながら、記録を遡る。
前回の異常と、今回の初動。
一致している。
だが、完全には説明できない。
“何かが抜けている”
その感覚だけが残る。
ダンジョン内部。
航は壁に手を触れる。
「……前より軽い」
「軽い?」セイリスが聞き返す。
「圧がない。空間の“重さ”が減ってる」
セイリスは沈黙する。
意味は分からない。
だが、否定もできない。
その瞬間だった。
空間が一瞬だけ、遅れる。
音が、ほんのわずか遅れて届く。
セイリスが目を細める。
「今の……」
航は答えない。
代わりに、短く息を吐いた。
「やっぱり戻ってきてる」
ヴェリオスの観測装置が警告を出す。
《微弱同期異常・再検知》
「……やはり同じだ」
だが違う点がある。
前回よりも、初動が早い。
まるで“知っていたかのように”再発している。
「……偶然ではないな」
ヴェリオスは記録を保存する。
そして一瞬だけ、手を止める。
「一度、収束したはずのものが……戻る?」
ダンジョン内部。
セイリスは小さく息を吐く。
「前回より、はっきりしていますね」
「そうだな」
航は短く答える。
だがその表情は、わずかに硬い。
“説明できる違和感”ではなくなっている。
理解の外側に、少しずつ寄っている。
空間がまた、遅れる。
今度は一瞬ではない。
ほんの数秒。
だが確実にズレている。
セイリスは無意識に剣へ手を伸ばしかけて、止めた。
戦うべき相手がいない。
それが逆に不気味だった。
ヴェリオスの端末が再び揺れる。
「広がっているのか……?」
収束ではない。
停止でもない。
進行している。
だが方向が分からない。
ダンジョン内部。
航が低く呟く。
「これ、前より悪いな」
セイリスは答えない。
ただ、静かに目を閉じる。
祈りではない。
確認でもない。
ただ、“世界の呼吸”がずれている感覚だけが残る。
そして。
誰も答えを出さないまま。
ダンジョンの空間は、もう一度だけ遅れた。
今度は、確実に。




