第六十九話「揺れの共有」
レイの店は、いつも通りの空気を保っていた。
だが、その静けさはどこか薄い。
まるで、何かの余韻だけが残っているようだった。
航はカウンターに寄りかかりながら、無意識に脇差へ手を伸ばしていた。
昨日の“あの違和感”は消えていない。
むしろ、少しだけ濃くなっている。
(気のせいじゃない)
そう思える程度には、はっきりしていた。
そのとき、店の扉が開く。
セイリスだった。
「……やっぱり、ここにいたのね」
静かな声。
だが、いつもより少しだけ早い。
航は顔を上げる。
「呼ばれるとは思ってたけどな」
セイリスは席に座るでもなく、店内を一度だけ見渡す。
その視線は落ち着いているようで、わずかに探っている。
「昨日の“揺れ”、感じた?」
単刀直入だった。
航は少しだけ間を置く。
「感じた。あれは……戦闘とかじゃないな」
セイリスは小さく頷く。
「ええ。物理的な破壊ではないわ」
一瞬の沈黙。
航は脇差を軽く叩く。
「これも、変だった。噛み合いが悪い」
セイリスの視線がそこに向く。
だがすぐに逸らされることはない。
「同じ現象ね」
その言葉は断定に近いが、冷たさはない。
むしろ“確認”に近かった。
航は少しだけ肩をすくめる。
「で、それって何なんだ?」
セイリスはすぐには答えない。
少しだけ視線を落とす。
「まだ確定はできない」
「でも……昨日のは、観測上“ひとつの系統”として繋がっている可能性が高い」
航は眉をひそめる。
「系統?」
セイリスは軽く息を吐く。
「ばらばらの異常じゃない」
「どこかで、同じ方向に揃えられている」
その言葉に、航の表情がわずかに変わる。
「揃えられてる……って、誰が?」
セイリスは首を横に振る。
「そこまでは分からない」
「ただ、自然発生では説明しづらい」
静かな沈黙。
レイの店の空気だけが、いつも通り流れている。
それが逆に、現実感を薄くしていた。
航は小さく息を吐く。
「面倒な話になってきたな」
セイリスは少しだけ目を細める。
「そうね。でも……完全に悪い話とも限らない」
航はちらりと見る。
「どういう意味だ?」
セイリスは少し間を置いてから答える。
「まだ“壊れてはいない”から」
それは楽観ではない。
ただの事実確認だった。
航は天井を見上げる。
「壊れる前兆ってことか」
セイリスは否定しない。
ただ、小さく頷く。
「今はまだ、“揺れている段階”よ」
沈黙。
だがその沈黙は、以前よりも重くはなかった。
むしろ、共有された認識として落ち着いていた。
航は軽く笑う。
「じゃあ、とりあえずは生き残る準備ってやつだな」
セイリスはわずかに視線を緩める。
「ええ。それが一番現実的ね」
二人の間に、短い“共通理解”だけが残る。




