表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名も無き戦場  作者: 六花
揺らぎ
PR
47/76

第四十六話「遅れている刃」

境界は静かだった。


風が吹いている。

草が揺れている。

空は高く、雲は薄い。


いつもと変わらない景色。


少なくとも、そう見えるはずだった。


ヴァルクは一人で立っていた。


手には剣。


依頼ではない。訓練でもない。

ただ、ここに来た。


それだけだった。


理由はない。


だが昔からそうだった。


ここにいると、少しだけ呼吸が整う。


剣を抜く。


短い音。


空気が一度だけ、薄く鳴る。


振る。


一閃。


空を切る。


草が揺れる。


問題はない。


いつも通りの動き。


だが。


ヴァルクは眉をひそめた。


(……遅れている)


結果が、遅れている。


剣を振った“あと”に、草が倒れる。


風ではない。


力でもない。


“現実の反応が遅れている”。


もう一度振る。


横薙ぎ。


空気を裂く。


今度ははっきりと分かる。


刃は通っている。

だが世界がそれを受け取るのが遅れている。


ヴァルクは動きを止める。


空を見上げる。


静かだ。


異常はない。


だがその静けさが、妙に“揃いすぎている”。


(どこかで似た感覚がある)


既視感だけが、わずかに残る。


剣を構える。


今度は何も斬らない。


ただ振る。


一閃。


――遅れている。


今度は“はっきりと”。


刃の軌道のあとに、空間が追いついてくる。


ヴァルクは目を細める。


(空間が遅れている)


そんなものは戦場には存在しない。


だが否定できない。


風ではない。魔力でもない。敵でもない。


ただ、“世界の反応”そのもの。


そのとき。


足元の草が揺れた。


遅れて。


ヴァルクは視線を落とす。


風はすでに通り過ぎている。


揺れる理由はない。


だが今、揺れた。


ヴァルクは剣を下ろす。


(これは斬れないものではない)


そう直感する。


むしろ逆だ。


“斬るという行為が遅れている”。


剣は届いている。

だが世界がまだ受け取っていない。


ヴァルクは息を吐く。


空を見上げる。


境界の森。


風。


光。


すべては正常に見える。


だがその正常さだけが、少しずつずれている。


ほんのわずかに。


確実に。


「……始まっているな」


言葉は風に溶ける。


返事はない。


当然だ。


だがヴァルクはそれでいいと思った。


戦えるならまだいい。


問題は敵ではない。


剣の届く・届かないでもない。


――剣が“世界に認識される速度”そのものだ。


ヴァルクは剣を納める。


境界は静かなまま。


だがその静けさそのものが、少し遅れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ