第四話「分からないという距離」
昼下がりの酒場は妙に騒がしかった。
昼食時を過ぎたというのに席は埋まり、笑い声や怒鳴り声が絶え間なく飛び交っている。
航はその一角で一人、木製のテーブルに肘をつきながら昼食を取っていた。
本来なら静かに食事を済ませて帰るつもりだった。
「なあ航、聞いてくれよ」
「断る」
「まだ何も言ってないぞ」
「どうせ面倒事だろ」
向かいの男が不満そうな顔をする。
だが帰らない。
隣には別の男が座り、そのさらに向こうでは顔見知りの女が手を振っていた。
「なんで集まるんだよ……」
誰に言うでもなく呟く。
笑い声が返ってくる。
航はため息をついた。
別に人付き合いが嫌いなわけではない。
ただ静かな方がいいだけだ。
「そういや聞いたか?」
誰かが言った。
「何を?」
「荒野の戦いだよ」
その言葉に、航の手がわずかに止まる。
だが顔は上げない。
「なんでも化け物みたいな剣士がいたとか」
「聖女みたいな女がいたって話もある」
「どっちだよ」
酒場に笑いが広がる。
誰も本気で話していない。
噂話の一つだ。
それなのに。
航の頭には、あの日の光景がよぎる。
白銀の光。
黒き刃。
そして割って入った男。
「……」
忘れようとする。
だが耳は勝手に拾っている。
「聞いた話だとさ」
「またそれかよ」
笑い声。
航は額を押さえた。
「面倒くさいな……」
どうでもいい話のはずだ。
それなのに、残る。
窓の外へ目を向ける。
空は青い。
平和だった。
だがあの日の光景は、その平和の“向こう側”を思わせる。
関わるつもりはない。
それでも。
「……はぁ」
深いため息が漏れる。
嫌な予感だけが残る。
航は飲み物を飲み干した。
忘れればいい。
放っておけばいい。
それが一番楽だ。
それなのに。
胸の奥の違和感だけは消えなかった。
まだ何も知らない。
だからこそ、その距離は曖昧なままだった。




