第十話「消えない揺らぎ」
朝の礼拝堂は、静かだった。
人はまだ少ない。
差し込む光だけが、床に線を描いている。
セイリスはその中央に立っていた。
剣は腰にある。
だが視線は剣ではなく、胸元に向いている。
そこにあるのは祈り。
そして、わずかな違和感だった。
「……今日は、少し違う」
誰に向けるでもない言葉。
光はいつも通り差している。
だが、その光がわずかに揺れて見える。
礼拝堂の奥、誰もいないはずの場所で、黒い影が一瞬だけ滲んだ。
それは魔ではない。
もっと曖昧な、“形になる前の何か”。
セイリスは目を閉じる。
すぐに開く。
そこには何もない。
だが、“何もなかったことにされた気配”だけが残っている。
一歩、前へ出る。
剣に手をかける。
だが抜かない。
「私は……間違っているの?」
小さな声。
祈りでも、疑いでもない。
答えは返ってこない。
代わりに、胸の奥がわずかに揺れる。
信じているものはある。
確かにある。
だが、それが正しいかどうかは分からない。
セイリスはゆっくりと目を開ける。
光は変わらない。
揺れているのは、自分の方だった。
「それでも……進むしかない」
剣を抜く。
だが振るわない。
ただ“在るもの”として構える。
光がわずかに強くなる。
それに呼応するように、黒い揺らぎは薄れていく。
消えたわけではない。
ただ、そこに留まれなくなっただけ。
セイリスは剣を下ろす。
胸に手を当てる。
揺れている。
それでも、消えてはいない。
「……これで、いい」
確かめるように呟く。
光は変わらない。
だが、その中には確かに温度があった。
セイリスはゆっくりと歩き出す。
揺らぎを抱えたまま。
それでも、灯火は消えない。




