第一話「二つの光」
二つの光は交わる
定めの光と契りの光
鳴り止まぬ鐘は空に響く
――『交わりの光』より
その場所に最初から“異常”は存在していなかった。
ただ、正常であるはずの条件が、静かに少しずつ噛み合わなくなっていっただけだ。
誰かがそれに気づいたときには、すでに“戦場”と呼ばれる状態が成立していた。
風は吹いている。
空は曇っていない。
地面も特別に荒れているわけではない。
それでもそこには、説明のつかない圧があった。
まるで空間そのものが、そこにある“何か”を避けているかのように。
セイリスはその場に立っていた。
剣はすでに抜かれている。
握り方に迷いはない。
思考よりも先に、身体が結論に辿り着いている。
目の前の存在を見た瞬間、それは“敵”として認識された。
理由はない。
だが、その認識は疑う余地もなく固定される。
聖者としての在り方とは、そういうものだった。
ヴァルクは少し離れた位置にいた。
立ち方は軽い。
だが、その軽さの奥に戦場の癖が混ざっている。
こちらを見ている。
しかし敵意はない。
ただ、確かめているようだった。
「……来るのか」
声は小さい。
独り言に近い。
その言葉が終わるより先に、セイリスは踏み出していた。
判断ではない。
すでに“そうなる形”だった。
距離が消える。
剣が振るわれる。
迷いはない。
ただ“届く軌道”だけがあった。
ヴァルクはそれを避ける。
最小限の動き。
だがそこに“戦っている感じ”は薄い。
刃は空を切る。
セイリスの中にわずかな違和感が生まれる。
だがそれはすぐに押し込まれる。
もう一度踏み込む。
さらに深く。
ヴァルクは受け流す。
だが“受けている”という感覚がない。
戦っているはずなのに、噛み合わない。
そのズレだけが積み重なる。
セイリスの呼吸がわずかに乱れる。
だがそれは感情ではない。
違和感の結果だった。
ヴァルクもまた同じだった。
現実の輪郭が、少しだけ薄い。
そして、その瞬間。
空気が落ちる。
音ではない。
圧が変わる。
視界の奥に“何か”がいる。
「止めろ」
その声と同時に、戦いの意味が途切れる。
セイリスの動きは止まる。
止められたのではない。
続ける理由が消えている。
ヴァルクも同じだった。
剣は構えられたまま、動かない。
沈黙が戻る。
さっきまで確かにあったはずの戦闘だけが、切り離されている。
距離は変わっていない。
だが、その意味だけが違っていた。
セイリスは理解できない。
ヴァルクもまた同じだった。
ただ一つだけ残る。
この戦いは確かに“起きていた”。
そして同時に、何かがそれを“成立させきる前に止めた”。
遠く、視線のようなものだけが残る。
それが誰のものなのかは、まだ誰にも分からない。




