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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第3章

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第39話 お祝い

第1部、最終話です!

 新しい年を迎えたある日。リアとゼインは英雄の村でささやかな結婚のお祝いをした。

 二人は偽の夫婦であるから、元々華やかな結婚式をするつもりはなかった。その代わりに村のみんなと新年のお祝いを兼ね、パーティーを開くことにしたのだ。夫婦の証である指輪もなく、誓いの口づけもない。そこにあるのは村人たちの楽しそうな笑顔だけだ。


 リアは珍しく、いつもの聖女服ではなくドレスを着ていた。これは彼女が王都から持ってきたものだったが、今まで一度も袖を通したことがなかった。村で暮らす彼女にドレスは必要なかったのだ。一応リアは今日の主役なので、精一杯のお洒落をしている。ちなみにゼインは皮鎧とブーツを身に着けていた。これが彼にとっての正装である。

 

 雪ですっかり白くなった広場の食事処に、多くの村人が集まった。あちこちに焚き火が置かれ、村人たちは白い息を吐きながら温かいホットワインを飲み、みんなで楽しい時間を過ごす。贅沢なパーティーとは決して言えないが、長い冬を過ごすあいだのイベントとして彼らは今日を楽しみにしていた。それぞれが自慢の料理を持ち寄り、楽しいお喋りに花を咲かせた。


 リアとゼインが偽装夫婦であることは、村の一部の住人だけが知ることだった。多くの住人は本当に二人が夫婦になったと思い、二人を祝福した。

 リアは彼らから祝いの言葉をかけられるたびに、複雑な思いをしていた。自分が村に残りたいという希望の為にゼインまで巻き込んでしまったことに、リアは罪悪感が拭えなかった。


 宴が進み、気づくと隣にいたはずのゼインの姿がなかった。ゼインは元々賑やかな場所が好きではない。いつも人の輪から少し離れたところにいて、静かに酒を飲むタイプだ。


(先に帰ったのかしら)


 一応主役の二人だが、村人たちはそれぞれが好きに楽しんでいる。少しくらい離れてもいいだろうと思い、リアはそっと宴を抜けた。


(あ、ひょっとして……)


 リアはふと思い立ち、ある場所へ向かった。


 ♢♢♢


 リアが向かった先は、村の墓地だった。そこには背を向けてしゃがんでいるゼインの姿があった。


「ここにいたんですね」


 リアの言葉にゼインは振り返った。彼は妻が眠る墓の前にいた。


「どうして分かった?」

「……なんとなくです。偽装とはいえ、結婚をしたわけですから奥様に報告をするのではないかと」

「別に報告しに来たわけじゃない。墓地の雪かきをしていただけだ」


 確かに墓地の通路の雪は取り除かれ、歩きやすくなっていた。ゼインは気まずそうな顔で立ち上がる。リアはゼインの妻の墓の前に跪くと、静かに祈りを捧げた。リアが祈る姿をゼインはじっと見つめている。


 祈りを終えたリアはゆっくりと立ち上がった。


「奥様にお伝えしました。私はゼイン様の本当の妻ではないので、安心してほしいと」

「……リアが気にする必要はない。この結婚はそもそも俺が提案したんだ」


 ゼインはため息をつき、亡き妻の墓を見た。粗末な墓石には何も書かれていない。村の襲撃で多くの人が死に、生き残った村人たちで簡単な埋葬をしたので、ほとんどの墓が同じ状態だ。それでもゼインが村を復活させてから、墓地も綺麗になった。道を整備して周囲の木を切り、見晴らしもよくなり、ここに眠る者にとっては快適な環境となった。


「それならいいんです。そろそろ宴に戻らないと、みんな心配しますよ」

「みんなもう酒に酔って、誰が誰だか分からなくなってる頃だろ。戻る必要はない」

「それもそうですね」

 

 リアは思わず笑った。リアは歳の割に大人びた女だが、笑うと少女のようなあどけなさが見える。ゼインはリアが笑う顔を見ながら、思い出したように言った。


「そういや村の連中は、春になったら俺たちの新居を建てると張り切っているが、ちゃんと断るから心配するな」

「あ……」


 リアは急に恥ずかしさを覚え、思わず地面に目を落とした。二人はこのまま別居生活を続けることになっているのだが、夫婦となった二人がいつまでも別々に暮らしているのはおかしいと村人たちから声が上がった。春が来たら二人の為に新居を建ててやろうと村人たちが勝手に盛り上がっていて、リアとゼインは困惑していたのだ。


「あの……私は、一緒に暮らすことになっても、別に構わないと思ってます」

 

 リアは俯きながら、思い切ったように話した。ゼインはリアの思わぬ言葉に目を見開く。


「本気で言ってるのか?」

「本気です……周囲を欺くなら、私たちは同居すべきです。ゼイン様のことは信頼していますし、寝室を別にすれば問題もない……かと」


 リアは俯きながら話した。いつまでも二人が別居していると結婚の事実そのものを疑われるかもしれない。春になれば多くの旅人が村を訪ねてくるようになる。二人が偽りの夫婦であると噂が広まれば、再びリアを王都に呼び戻す理由を教会に与えてしまうだろう。


 ゼインの返答はすぐにはなかった。恐る恐るリアが顔を上げると、ゼインは腰に手を当て、空を見上げていた。


「……ならばこうしよう。教会の裏に部屋を増築して、俺がそこへ引っ越す。それでいいか?」

「は、はい。それでいいです」


 リアはホッと胸を撫で下ろした。

 ゼインは無言でリアに近づくと、彼女の前に立った。リアは戸惑いながらゼインを見上げる。


「前に俺はあんたにこう話した。『あんたはもう俺のものだ。誰にも指一本触れさせない』と。その気持ちは今も、少しも変わっていない」


 リアは驚いた顔でゼインを見つめ返した。


「俺がなぜあんたを褒美に欲しいと言ったのか、今までその理由を話したことはなかったな。もちろん、村の復興にリアが必要だったのは確かだ。王が認めた聖女だったあんたなら、村を元に戻してくれるはずだと。でも、理由はそれだけじゃない」

「それだけじゃない、とは……?」

 リアは怪訝な顔をした。


「あんたは覚えちゃいないだろうが、俺は以前、戦場であんたに手当てをしてもらったことがある」

「え?」

「戦場で俺は魔族の呪いを受けてしまった。他にも大勢の仲間が呪われ、みんな混乱してた。その時に現れたのが、あんただった」


 

 ――その時、ゼインは一瞬気を失っていた。再び目を覚まし、飛び起きたゼインの目の前にいたのが、リアだった。頭にフードを被り、顔を布で覆い、目以外を隠していた彼女はゼインの身体に手を当て、呪いを解いていたのだ。

 周囲の惨状は恐ろしいものだった。どこを見渡しても焼け焦げた木々。煤なのか呪いなのか、もはや判別がつかないほど黒くなった仲間たち。彼らは皆ぐったりと横たわり、生きているのかも分からない。


 そんな中で、リアは呪いを受けた者たちを治療していた。ゼインが意識を取り戻して起き上がったのを確認したリアは、安心したように「よし」と呟いた。リアはゼインの顔をちらりと見たが、すぐに他の倒れた者のところへ行こうとした。

 

 あんたは誰だ? とゼインが声をかけようとしたその時だった。


「リア様! すぐにお戻りください! これ以上ここにいては危険です!」


 リアを呼ぶ声がした。ゼインが目をやると、一人の若い騎士がリアを呼び戻そうと必死に呼びかけている。


「まだ治療が必要な方が大勢います。あなたは先に戻ってください」


 リアは騎士の呼びかけに応えず、倒れた者の治療を始めた。


「リア様! 困ります。もしもあなたの身に何かあったら……」

「何かあったら? 『あの方』はそれを望んでいるのではないですか?」


 リアに睨まれた騎士は困ったように立ち尽くした。ゼインはリアのことが気になったが、状況はひっ迫していた。急いで立て直し、魔族の攻撃に備えなくてはならなかった。ゼインはその場を離れ、結局リアとはそれきりだった――


 

「私が、ゼイン様を助けていた……?」


 ゼインの話を聞いたリアは必死に思い出そうとしたが、当時の記憶を思い出せなかった。彼女にとって戦場での記憶は思い出したくもないもので、生と死のはざまで呪いを解く為に必死だったリアは、誰を助けて誰に出会ったのか、もはや分からなくなっていたのだ。

 

 リアは遠くから彼を見た記憶があるだけで、ゼインと直接話したことがなかった。王宮で出会ったのが初対面だと思っていたが、そうではなかった。


「あんたが覚えていなくても無理はない。あの時、戦場は大混乱だったからな。あんたはあの時顔を隠していた。人目を避けるようなその姿と、騎士が『リア様』と呼んでいたことで、あんたがマティアスの婚約者だと気づいた」

「……目立つと魔族に狙われると思い、顔を隠していました」

「どうせあの男に『顔を隠せ』と言われたんだろう? 婚約者が危険な場所にいることを大っぴらにしたくなかったんだ。くだらん浅知恵だ」

 

 ゼインがフンと鼻で笑うと、リアは図星だったのを隠すように俯いた。


「俺はマティアスに腹が立った。婚約者を危険に晒し、自分は野営地に籠って愛人らしき聖女とイチャついてると噂になってたからな。何故あんただけが命がけで働いてるんだと」


 ゼインの脳裏に、当時出会ったリアの姿が浮かんでいた。顔を隠していても分かる、リアの凛とした美しさにゼインは目を奪われた。リアの聖女服は血と泥でひどく汚れていたが、全く気にする素振りもなかった。あっという間にゼインの呪いを解き、また他の者の手当てに移る。ゼインはすぐに戦いに戻ったが、リアの姿が頭から離れなかった。


 リアは驚きながらゼインを見つめた。ゼインはリアを利用する為に「褒美に欲しい」と言ったのだろうと彼女は思っていた。だが、そうではなかった。リアのことを以前から彼は知っていて、戦場でのことも全て分かっていた。


「ウィラードを倒し、これからどうすべきか考えた。元々俺は、ウィラードを倒したら家族の後を追うつもりで傭兵団に入った。復讐を果たした後のことなど何も考えていなかった。だがあの時リアを見たことで、俺に新たな目的ができた。リアをあの間抜け顔の王子から奪い、村に連れ帰ると決めた」


「ゼイン様は……何もかも知っていて、私を……連れ出してくれたんですね」

「あんたはあの男と一緒にいるべきじゃないと思った。強引なやり方で連れ出したことは、申し訳ないと思っている。俺は女の扱いが上手くない。あんたに嫌な思いをたくさんさせたかもな」


 リアは手で顔を覆い、身体を震わせた。

「嫌な思いなんて、そんな……ゼイン様はいつも私を気遣ってくれました」


 リアの脳裏にこれまでの出来事がよぎる。思えばゼインは最初から、リアに不用意に近づかないようにしていた。それがリアにとっては「怖い」という印象になったのだが、彼は彼なりにリアを守ろうとしていたのだ。

 

「俺にできることは、リアを完璧に守ることくらいだ。俺がいる限り、リアのことは命を懸けても守る。それが俺の、リアに対する責任でもある」


 リアは身体を震わせながら、何度も頷いた。ゼインは困ったような顔でリアが泣くのを見ていた。一瞬手を伸ばそうとして思い直し、ごまかすようにその手で頭をかいた。


 だがゼインは思い直し、もう一度片手でリアの身体を抱き寄せた。リアはゼインの思わぬ行動に驚いたが、そのままゼインの胸に身体を預け「ありがとう」と涙声で呟いた。ゼインは無言で頷き、リアを愛おしそうに見つめた。


 偽の夫婦となった二人だったが、本当の夫婦のような強い信頼で結ばれていた。これ以上の言葉は、二人には必要ない。


「……少し身体が冷えたな。二人だけで飲み直すか」

「はい、ゼイン様」


 リアは顔を上げ、ゼインを見つめて微笑む。ゼインもリアを優しい目で見つめ、微笑みを返した。




 第1部 完

第1部、最後まで読んでいただきありがとうございます。このお話はもう少し続きます。第2部の公開までは少し開いてしまいますが、よければブクマをして再開までお待ちいただけると嬉しいです。

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