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9.八日(夕刻)
拉致されていた男性と、拉致をした側の二人を署まで連行した。
念のため、ビルの前には細川が残っている。上空にはドローンも待機しているはずだ。
署──バスのなかに入ると、二人を上階につれていき、一階に拉致男性を座らせた。すでに救急車を呼んであるから、到着しだい搬送することになる。
上の二人は、古賀が取り調べをする。桜木と大江もついているから、逃げられることはないだろう。
ちなみに、最初に捕まえた男は、古賀とロッカーへ行ったあと、またここにもどしているということだった。例の拘束部屋に入れてある。
『二人同時って、やりづらいな』
さっそく、古賀が愚痴を口にする。
「あ、ようやくお帰りですね」
交通整理を手伝っていた花房ゆきが、車内にもどっていた。
「あ、そうそう、こっちも見てくださいね」
そう言って花房は、画面の半分を指し示していた。
「警視の電話が通じなかったので、わたしがここで応答してたんですよ」
ビルへの侵入のさいに、電源を落としていたのだ。
画面の半分には、古びたマンションのような、もしくは雑居ビルのような建物が映っていた。
「葉月さん、連絡できなくてごめんなさい」
ヘルメットのインカムに呼びかけた。
『警視、あの女性は、このビルに入りました。自宅ですかね……』
「申し訳ないですけど、もう少しそこで見張っててくれますか?」
『わかりました』
こちらが立て込んでいるので、そうしてもらうしかない。
救急車が到着したようなので、拉致されていた男性を隊員にあずけた。命に別状はないだろうが、まだぐったりした様子だった。搬送先の病院には、ここを管轄する警察署から捜査員を派遣してもらうことになった。回復してからの聴取も、そこがおこなうだろう。同時に、回復するまでの警護もしてもらうことになる。人手がたりないので、そこは外注するしかない。
搬送後、取り調べの模様に集中した。
『で、拉致したのは、おまえらなんだな?』
『なんのことだよ!』
パンチパーマが凄む。
『これ、不当逮捕だろ! だいたい、このバスなんなんだよ!』
スキンヘッドも声を荒げる。
『二人同時にしゃべられると、うるせぇな』
古賀は文句を口にすると、自分の靴下を脱ぎだした。それを丸めると、なんとスキンヘッドの口内に突っ込んでしまったではないか。
『ぐううう! ぐうう!』
『桜木さん、ガムテープないかな?』
『さがしてきます』
画面に桜木は映っていなかったが、影の動きで移動したことはわかった。
彼女は、下におりてきた。
「これでいいですか?」
画面の様子から、花房が準備してくれていた。文房具などは一階の階段裏にあるボックスに収納されている。ガムテープを受け取った桜木が上にもどると、それを画面のなかの古賀に渡した。
そのあいだ中、スキンヘッドは詰められた靴下を吐き出すことも許されず、古賀に口をおさえられていた。仲間であるパンチパーマも、唖然とした顔をして、なにもできずにいた。
『しゃべりたくないんだろう? いいぞ、おれの臭い靴下といっしょに口を閉じてろ』
『ううう、ぐうう!』
ガムテープで口にぐるぐる巻きにしてしまった。
『な、なにやってんだよ……こんなこと、許されんのか!?』
ようやく、パンチパーマが抗議の意をしめした。ただし、おびえの色が濃い。
『あ? 光栄だろ、おれの靴下なんだから』
『あ、あんた……おかしいぞ……』
それには、蒼太も同感だ。となりで観ている花房も、吐き気をこらえているのではないだろうか。
『なにが問題なんだ? 暴力ふるってるわけじゃねえ。それとも、あれか? 美女の靴下ならいいのか?』
『……』
パンチパーマが、視線を動かした。桜木雛乃を見たようだ。
『それ、セクハラです!』
桜木が、きっぱりと口にした。
『おれじゃねえだろ』
『いいえ、古賀さんがセクハラしたも同然です』
となりの花房も、それにはうなずいていた。
もう片方の靴下も、古賀は脱ぎはじめていた。
『な、なにすんだよ……』
『おまえもしゃべりたくないだろうから、ほら』
『や、やめろ!』
『それとも、美女の靴下を詰めてもらうか?』
『だから、セクハラ!』
桜木雛乃は思わず前のめりになって、画面に映りこんでいた。
『ふーん、美女だと思ってんだ』
その言葉に、桜木は顔を真っ赤にした。恥ずかしさだけではなく、怒りの蓄積もかなりあるはずだ。
花房とはちがって、桜木は女性らしさを強調していない。SPとして男たちに負けないという覚悟のあらわれだ。そこを攻撃するとは、さすがに古賀は空気を読まない。
『おっと、そんなことはどうでもいいな』
古賀は仕切り直すと、靴下をパンチパーマの顔に近づけた。
『こ、こんなこと許されるのかよ! 拷問じゃねえか!』
背後から、大江が逃げられないように押さえつけている。
『あ? おれの靴下が気に入らないのか?』
顎をつかんで、口をあけさせた。
いいんですか、という顔をとなりの花房はしているが、すでに一人の口に詰めているから、いまさら止めるのも白々しい。
『わ、わかった……な、なにが聞きてえんだよ!』
鼻に靴下を密着させたことがきいたのか、パンチパーマは必死に声をあげていた。
『おまえらは、どこの人間だ? 組には入ってねえよな?』
細川の見立てでは、半グレのたぐいだろうということだった。
『グループの名は?』
『……言えるかよ』
『組じゃないなら、使用者責任は問われねえ。どうせ、おまえらが勝手にやったことだと、むこうはシラをきる。な、組織なんてそんなもんだ。だったら、心置きなく仲間を売っちゃえよ』
『……』
男の心は、ゆれている。
『SFF……』
ボソッと、パンチパーマは告白した。
『SFF? なんの略だ?』
『野球観ねえのか?』
『あ?』
『スプリットフィンガーファストボールの略しかねえだろうが!』
パンチパーマは、憤慨したように声を荒げた。
『なんで、そんな名前なんだ?』
『リーダーが高校球児だったんだよ!』
すると、となりの花房が大声をあげた。
「あ!」
「ど、どうしました?」
「これ」
花房は、画面の半分──葉月のヘルメットカメラの映像を指さしていた。
蒼太も確認することができた。雑居ビルの窓に、野球のボールのステッカーのようなものが貼ってある部屋があった。高校球児というところからひらめいたのだろうが、さすがにその部屋と関連づけるのは強引なようだ。
「これ、フォーク」
「え?」
「握りが」
なんのことを言っているのだ?
「指を挟んでる」
たしかに、野球のボールを人差し指と中指で挟んでいるのをイラスト化したステッカーだ。
「いえ……フォークというよりも、スプリットです」
フォークボールを最近はスプリットと呼んでいることは、蒼太にもわかる。
「ほら、これ、浅いですよ」
「浅い?」
なんのことだろう?
「挟んでるのが、浅いでしょ? だから、スプリットですって」
「あの、花房さん……もうちょっとわかりやすく……」
「スプリットは、フォークよりも浅く挟むんです。フォークは深く挟みます」
どうやら、スプリットとフォークのちがいを語っているようだ。そもそもその二つが、べつの球種だという知識はない。
「フォークは深く挟んで、スナップをきかせます。スプリットは浅く挟んで、スナップをきかせません」
そういえば彼女をスカウトしようとしたとき、地図の能力以外にも、ファイルには野球好き──変化球マニアと記載があったことに思い至った。変化球マニアの意味がわからなかったのだが、こういうことらしい。
「ではあそこが、彼らのアジトだと?」
「そうですよ、たぶん! わたし、伝令に行ってきます」
監督からの指示をマウンドに伝えにいく控え選手のように、花房は二階へ上がっていった。
映像では映らなかったが、古賀たちへ伝えていく。
「葉月さん、そこの地名はどこになりますか?」
伝令の時間をつかって、インカムで葉月に確認した。
『八潮です。埼玉の』
「ぼくたちも、すぐに向かいます」
細かな場所を聞こうとしたが、すぐにもどってきた花房を見てやめた。彼女なら、すでに映像から頭のなかに地図を描いているのではないだろうか。
「この場所まで、菊田さんを誘導できますか?」
「大丈夫です。こんなことぐらいしか役に立てることはありませんので」
「いえ、そんなことはありません」
それに、こんなことが重要なのだ。
花房が運転席に向かった。
「徳本さん、聞こえてますか?」
『聞こえてますよ。いま、ドローンを回収したところです。いつでも出発できます。でも、まだ細川さんが張り込みしていると思いますけど』
「細川さんには、もう少し見張っててもらいます」
申し訳ないが、移動中に連絡すればいいだろう。
ほどなくしてバスが──警察署が移動をはじめた。
『警視、こいつらはどうしますか?』
画面越しに古賀が訴えかけてきた。
「現地に応援を呼んでおきます」
『身柄を、その応援にあずけるってことですか?』
「はい」
この車内にある留置施設(とも呼べない個室)では、収容人数に限界がある。
『じゃあ、つくまで聴取を続けておきます』
「お願いします」
一階には、ほかに福島がいるが、これまで静かにモニターを見物していた。
「細川さんへの連絡は、私がしておきましょうか?」
「お願いできますか?」
「こういうことしか、やることはありませんので」
福島が携帯を取り出した。
と──そのとき、急ブレーキが踏まれた。
「な、なんですか!?」
花房が、運転席のそばから飛んできた。
「飛び出してきました!」
「だれがですか?」
「え、ええーと……細川さんなんですけど……」
ドアが開いて、なにかが投げ込まれていた。重いものだ。
ドンッと、バスの床に落ちたのは、人間だった。
遅れて、細川が車内に足を踏み入れていた。一目見ただけで、龍に変じていることがわかった。
「細川さん……この人は?」
無言のまま、倒れている男性を立たせていた。
「こいつのことは知ってる」
片腕だけで男性を支えながら、細龍は言った。
「山城組の盃をうけてる」
「暴力団員ということですか?」
だが、どうしてこういうことになっているのかを説明してもらわなければならない。
「あのビルの不動産屋にいたから、捕まえてきた」
「え?」
捕まえるといっても、なんの容疑で?
「こいつのことは、新宿署がさがしていたはずだ」
それを聞いて、少し安心した。
「逮捕状が出てるんですか?」
「いや、重要参考人としてだ」
不安が再び競り勝った。任意同行に、暴力で押さえこむのは反則だ。すぐに思い直した。通常の逮捕でも、暴力はご法度だ。
「容疑は?」
「恐喝だ」
「ぼくたちは、八潮に向かおうと思います」
「行ってくれ。ここで取り調べる」
龍の状態でも、冷静な判断はできるようだ。
「う、うう……な、なんなんだ……」
連行された男が、弱々しい呻き声をもらした。
「おれのことは知ってるだろ?」
男を座らせて、あたらめて尋問を開始した。
「し、知らねえよ……だれだ、てめえ……」
威勢よくしたいのだろうが、そんな体力は残っていないようだ。
「おれは、組対の細川ってんだ」
「細川……龍!? あ、あんたが……」
「あのビルは、なんだ?」
「し、仕事場だよ……」
「そんなこと聞いちゃいねえ!」
花房ゆきが、心配そうに眺めていた。
「向かってください」
彼女はうなずくと、菊田のもとに急いだ。混乱を乗せたまま、再出発した。
「なにごとですか?」
二階からおりてきたのは、大江だった。
「この男性が、ビルにいたんですね?」
二階まで細龍の声は届いていたようだ。
「そうみたいです」
細川は男を締め上げている最中だから、かわりに蒼太が答えた。
「あのビルは、犯罪につかいやすい。考えてみれば、あの公衆電話も同じだ」
鋭い指摘だった。
「だから、めぐっているってことなんじゃないかな」
福島が言った。
彼は、すべての犯罪がめぐっているという考えなのだ。一つ一つの事件を解決していけば、いずれ本丸である誘拐事件につながっている──その発言は、強く印象に残っていた。
「おっと、専門外の人間がよけいなことを言いましたね。大江さんのかわりに、私が上に行きましょう」
福島が、移動をはじめた。警察署は走行を続けているが、菊田の運転はとても丁寧で、揺れることもない。
「どうして、あのビルをつかったんですか?」
龍に変じている細川とはちがって、至極冷静な大江は、男にとって、すがりたくなるような存在にちがいない。
「そんなのは、知らない……ただのビルだ! たまたま事務所があったんだ……」
「そこの社長が、組長ということなんですか?」
「……」
男は、沈黙した。
「いや、それはない。こいつは警察がさがしてたんだ。そんなのをつかえば、使用者責任を問われてしまう」
細川が答えた。心なしか、覇気がおさまっている。龍から人間にもどろうとしているようだ。
「おまえは、警察に追われている身の上で、真っ当な不動産屋の職員になっていたわけじゃないよな?」
「……」
「なにをやってる?」
「なんのことだよ……おれは、なにもやってねえ。警察がおれを追ってることも知らねえんだ」
「そうか、あくまでもとぼけ──」
細川の様子がおかしくなった。
「……そうですか」
ゴニョゴニョ、と発言が聞き取りづらくなってしまった。龍が去ったのだ。
「あなたの所属している組は、なにか関係してるんですか?」
急におとなしくなった細川に、むしろ恐怖をいだいたような男に対して、大江はあくまでも静かに尋問していく。
この男の所属するのが山城組だということは、大江は耳には届いていなかったのかもしれない。
「関係ねえ……」
大江の尋問には、素直に答えていく。
「否定しないと、組に迷惑がかかる……そんなことは、いまはどうでもいいです。そんなものは、わきに置いておいてください」
「なんだと……」
「ここでの証言は、組対部に報告はしないし、なんなら、あなたの拘束を解いてもいい」
その言動に、細川は眼を丸くしていた。龍になっていたら、それこそ大江と殴り合いをはじめてしまうのではないか。
この男をさがしているのは新宿署だったと思うが、それについても大江には聞こえていなかったのだ。
「手配されている容疑について、私は知りません。もしそれが殺人以下の犯罪ならば、もみ消してもいい」
大胆な発言だった。
「し、信じられるか……」
「信じるも信じないも、あなたの自由です。ですが、こうして捕まってしまったのなら、こちらに協力をしたほうが得じゃないですか?」
男の表情は、思案に固まった。考えているのだ。今後のシミュレーションを。
「組に義理立てするような時代じゃないでしょう?」
交渉に、これほど適した人材はいないのかもしれない。取り調べという観点では、不適格なのだろう。だが相手をとりこむ能力は、本物だ。
「どうせ、あなたは組からも見捨てられる。いえ、もうそうなっているのかもしれない」
「……あのビルのことを知りたいんだよな?」
「そうです」
「あそこは……どこのもちもんってわけじゃねえんだ」
「土地のことですか? それとも建物の名義?」
「そういうことじゃねえ」
蒼太は、チラッとモニターに眼を向けてみたが、上にいる古賀もこの会話に聞き耳をたてているようだった。映像は向こうには見えないが、会話だけは聞こえる。
「どこのだれだろうと、つかえるんだよ」
「どこのだれでも?」
「わかるだろ? そういう側の人間にとってだ」
「犯罪組織のようなところ、ということですか?」
「平たく言えば、そうだ」
「あの空いている四階のことですよね?」
「ああ。あと、トランクルームとかな」
「カラオケボックスは?」
「店は、ちゃんとした経営だろ」
その言い方は、客のほうが勝手に後ろめたいことにつかっている、という意味にうけとれた。
「不動産屋と消費者金融は?」
「金融のほうは知らねえ。だが……不動産のほうは、真っ当な会社なんだ」
信じられはしないが、大江にはそこの追及は興味がないようだった。
「だれが、そういう仕組みにしたんですか?」
「知らねえよ……だれのもんなのか、知らねえ。もしかしたら、そもそもカタギのビルなのかもしれねえし」
「どういうことですか? どこかの暴力団の所有ではないと?」
「だから、そういうんじゃねえ」
どうやら、想像できるようなものではないのかもしれない。
「つまり、こういうことか?」
いつのまにか、古賀も下りていた。上では福島と桜木が二人を見ていることになるが、いざとなればドローン部屋の徳本もいるから、どうにかなるだろう。
「いつのまにかあのビルには、犯罪を目的とした連中が集まってきた。だが、それぞれに関係性はなく、べつにあのビルをつかったからといって特別料金を請求されるわけでもない──って感じか?」
「……ああ、そんな感じだ」
「ってことは、ビルの所有者を調べたところで、意味はないな」
古賀の言葉に、大江はうなずいていた。
つまり、だれかが故意にその環境をつくりあげたわけではなく、自然にそうなっていった。
「そういうものかもしれせんね、そっち側の人間が集まってくる場所なんて」
総括するように、大江はまとめた。そっち側に、大江が捜査にたずさわっていた中国人組織も入っているのだろうか?
「で、警視様、これからの捜査方針は?」
「あなたは、SFFというグループと関係していますか?」
蒼太は、そのことを確かめた。
「あ?」
その様子だけで、関係していないことがわかった。上にいる二人とは、まったくの他人なのだ。
「このまま、葉月さんの待つ八潮に向かいます。まずは、そこからです」
本格活動をはじめて、まだ一日が終わっていない。それなのに、すでにカオスな状況だ。
それを呼び込んだのは、このメンバーだからなのか……。
はやくも、不安と焦燥が蒼太に降りかかっていた。だが、おりるわけにはいかない。この動く警察署が迷走しようとも、その責任はすべて蒼太が負わなければならないのだ。
ネタかぶりしているドラマがはじまってしまいますが、パクリではありませんので。とりあえず、ここまでの投稿でいったんストップしようと思いますけけど…ちょっと中途半端な箇所なので、あと何話か発表するかもしれません。書き終わったら、すでに発表している部分にも修正を入れることになるでしょう。それと、このあとしばらくして『朱のファイル』をはじめて、そちらのほうがさきに完結することになると思います。




