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本当は、まだ公開できる状況ではないのですが、似たようなドラマがはじまってしまうので、そうなると発表しづらくなってしまうという判断から、緊急に投稿します。パクリではありませんので、あしからず。
プロローグ
こんな場所に足を踏み入れたのは初めてだった。
「山吹蒼太、入ります」
警察庁内にある殺風景な一室だ。部屋のなかには、五十歳ぐらいの男性が待っていた。すべての上司を記憶しているわけではないが、知らない人物だった。
「少し待ちましょう。もう一人やってきます」
その人物は、後藤と名乗った。
「あの……どのような話なのですか?」
胸に広がる靄のような感情を吐き出してしまった。蒼太は、静岡県の小さな警察署の署長をつとめていたのだが、先日、警察庁にもどってきたばかりだった。当初は、刑事局にある部署の室長に任命された。通常、室長は警視正に昇進してからになるから、異例の抜擢といえるだろう。
それなのに……すぐに取り消されて、人事課への異動を命じられることになった。警察庁の人事課は、長官官房に属している。出世コース的には悪くない。しかし、どこかに不穏なものを感じていた。
答えが返ってくるまえに、もう一人が到着したようだ。
「山吹朱里、入ります」
蒼太は、驚きをもってその人物を視界に入れた。
五つ年下の妹だった。同じように警察庁で働いている。
むこうも驚いたようだ。
「おにいちゃ──兄さん……」
「朱里……」
これは、どういうことだ?
「では、話をしようか」
後藤は、そう切り出した。
「君たち兄妹には、ある重要な任務に従事してもらいたい。人事課としての新しい試みだ」
二人して、上司の説明を待つしかなかった。
「警察組織において、人事はとても重要なものだ。ほかの省庁ならば、まちがった人事で命が奪われることは稀だ。しかし、うちはそうではない」
人事課の心構えを説こうというのだろうか?
「そこで君たちには、そのことを身をもって証明してもらいたい」
「なにをしろというのですか?」
蒼太は、疑問を投げかけた。妹も同じ気持ちのはずだ。
「山吹蒼太警視。君のほうは、警視庁で」
「警視庁? 出向ということですか?」
これまで全国の警察署を渡り歩いて、ようやくサッチョウにもどってきたばかりだというのに……。
これでは、なんのための人事課への異動なのか。
「そういうことになります」
次いで男性は、妹に告げた。
「山吹朱里警部。君のほうは、警察庁として……だが、うちは捜査機関ではない。なので、建前上はどこかに所属することになるでしょう」
蒼太は、警視庁。
妹は、警察庁。
同じ人事課でも、活動はべつになるようだ。
「あの、もっと具体的におっしゃってください」
妹が、たまらずに声をあげた。
「そうですね……ここからは、個別に話をしましょう。二人の内容は、似ているようで、まったくちがうものです」
思わず、妹と顔を見合ってしまった。
「では、君から話そう」
まずは蒼太が指名された。妹は、部屋の外に出された。
「山吹蒼太警視。君には、これから警視庁で人員を集めてもらいたい」
「どんな人員ですか?」
「新しい警察署だよ」
意味がわからなかった。
「警察署を新しく増やすのですか?」
まさか、その署の人員をすべて選べというのだろうか?
さすがにそれは、いち人事課員の範疇を超えた業務内容だ。
「安心したまえ。警察署といっても、人数は多くないのだ」
「何人なのですか?」
「君を入れて、九人」
「……たったそれだけですか?」
新しい警察署というから、百人単位の人数を頭に描いていた。
「少数精鋭だよ」
「は、はあ……」
その声は、自身の耳にも困り果てたように届いた。
「まさしく、新しい試みだよ。各部から、一名を人選してもらいたい」
最初、理解することができなかった。
九人。
「まさか……各部署からですか?」
警視庁には、「部」が九つある。
警務部、警備部、刑事部、生活安全部、総務部、交通部、組織対策犯罪部、地域部、公安部──。
その部から、各一名ずつを人選するということなのだろうか?
「さすがに頭の回転がはやい。君たちを選んだかいがあったよ」
予想したことをつぶやいてしまっていたようだ。
「……ですが、幅が広すぎませんか?」
「そうかね?」
「たとえば警備部は、特殊部隊SATもあれば、SPもいます」
刑事部も、殺人捜査をする一課から経済犯の二課もある。ほかの部署も、一つに集約できるような業務ではない。
「だれを選ぶかのバランスも、君の任務のうちだよ。ただし警務部に関しては、君自身がそうなのだから、残りの八部署になるが」
警視庁では、人事課は警務部に属している。
「なにをめざして編成するのですか?」
「どういうことかな?」
「たとえば、殺人事件の解決のためなのか……それとも、地域の治安を改善するためなのか……」
警察署がうけもつ範囲は広い。酔っぱらいの介抱から交通整理、事件捜査──それを九人だけでカバーするというのは、どだい無茶な話だ。
「それこそ、多岐にわたるよ。まあ、だが……それではいくらなんでも困るだろうから、そうだな……たとえば、ほかの署では手に余るような案件を多くあつかうことになるだろうね」
ぜんぜん「たとえば」ではなかった。具体性に欠けすぎだ。
「君の感性にまかせるよ」
そういう丸投げが、一番困る。
「もちろん、指針になるものはある」
「どういったものですか?」
「ファイルだよ」
「ファイル? 人事ファイルのようなものですか?」
「そうだ。だが、表に出るようなものではない」
その言動に、うしろめたいものを感じとった。
「安心したまえ。表に出せないものではない。本来なら出す必要のないものだ」
「もっと具体的に教えてください」
「警察官のプロフィールデータだよ。通常の業務とは関係のない──たとえば特技や趣味のような」
「それをつかって、人選をしろということですか?」
「そうだ」
そのファイルを眼にしていない以上、なにも言葉を返すことはできない。
「詳細は、おって知らせます。ただし、このことは妹さんには口外しないでもらいたい」
「どうしてですか?」
「彼女には、似て非なる任務をあたえることになります。君のやり方を聞けば、混乱するでしょう。また君のほうも、妹さんのやり方を知れば混乱するかもしれない。会うのも、電話での会話も避けてもらいたい」
「……わかりました」
蒼太が部屋を出て、入れ替わりに妹が入室した。言葉をかわすことはなかった。
少数精鋭のチームをつくり、その指揮をとる……。
それがどのようなものになるのか、具体的なイメージはまったく頭に浮かんでこなかった。
1.一日(水曜日)
「ここは……」
蒼太は、呆然と声をもらしてしまった。
あの面談から三日が経っていた。蒼太は警視庁本庁舎に出勤したのだが、そこに居場所はなかった。新しい警察署と聞いてはいたが、まだそれは建設されていないはずなので、まずは本庁で仕事をするのだろうと考えていた。あの警察庁の上司──後藤からも、警視庁本庁へ行けと指示があったわけだし……。
警務部の人事課長から一枚のメモを渡された。それには住所が記されていたので、そこへ行けということだと解釈して、その場所へ向かった。
警視庁から三百メートルほど離れているだろうか、都心のただなかに、ひらけた場所があった。どうやら大型バスの駐車場のようだった。
このようなところが官庁街の近くにあるなんて、これまでまったく知らなかった。もっとも、蒼太はこれまで地方勤務が多いから、このあたりの地理にうといだけかもしれない。
それにしても、こんな場所になにがあるというのだろう?
大型のバスが数台停まっているだけだ。
「……」
そのなかの一台に眼がいった。
「これは──」
「山吹警視でありますか!?」
緊張した声で、蒼太の思考は中断した。
制服を着ているから、バスの運転手のようだ。しかしそれにしては、自分のことを警視と呼んだ。
「そうです……あなたは?」
「はい。昨年まで昭島署に勤務していた菊田といいます!」
生真面目に運転手は敬礼した。
年齢は、まだ二十代だろう。蒼太よりも若いはずだ。いまの言い方だと、すでに警察を辞めていることになる。
「警察官時代は、警視のようなエリートにお会いすることはありませんでしたので、緊張するであります!」
「は、はあ……」
その生真面目さに圧倒されてしまった。
「そ、それで……菊田さんは、いまなにを……」
バスの運転手に転職したのだろうが、念のためたずねてみた。
「はい、一度は警察官になってみましたが、やっぱりぼくにはあいませんでした。安定をもとめて公務員をめざしたんですけど、もともとバスの運転手に憧れていたんで」
彼の事情はわかったのだが、自分がここにきた理由がまだ不明のままだった。どうやら、この菊田と、蒼太の眼にとまった車両が関係しているらしいことは予想がついている。
そのバスの車体には、でかでかと『警視庁』と書かれている。
「あれはいったい……」
観光バスを改造しているようだが、窓はなく、だからといって護送車のようにものものしくもない。
「自分は、この運転をまかされています!」
「それがよくわからないんですけど……」
「いえ、自分はこれを運転することしか知らされていませんので」
すでに警察官ではないのだから、重要なことを教えられていなくても不思議ではない。彼は、あくまでも民間人なのだ。
戸惑いながらも、これからの行動を模索しようとしていたところで、携帯が音をたてた。
「山吹です」
『私です』
後藤だった。
『つきましたか?』
「はい……バスの駐車場であってるんですよね?」
『では、それに乗ってください』
「ここにあるバスですか?」
それしかないのはわかっていたが、そう確認した。
『新しい警察署だよ』
「え?」
言っている意味がわからなかった。
「どういうことですか?」
『そのままの意味だよ。その車のなかが、新しい警察署になるのだ』
冗談を言っているようではない……。
「本気ですか?」
『私は、冗談が好きではない』
通話を終えると、蒼太はためらいながらも大型バスに近寄った。
「どうぞ」
ドアが開くと、なかへ足を踏み入れた。
「これは……」
想像していた内装ではなかった。
一般的なバスではない。運転席の後ろのエリアは想像よりも広々としていて、通常の座席はなく、オフィスにあるようなイスが何脚が置かれている。壁際にはホワイトボードもそなえつけられているようだ。大画面の液晶モニターもある。本当にオフィスのようだった。
そして、さらに驚くことがあった。
「二階建て?」
まちがいない。窓がないために外からではよくわからなかったが、このバスは二階建てになっている。
「一階のこのスペースは、捜査本部になるらしいです」
あとからついてきた菊田が説明してくれた。内部に関することは、事前に説明されているらしい。
捜査本部──会議室というイメージでいいのだろうか?
とにかく、メインオフィスとしての利用になるのだろう。少々、縦長になってしまうが、広さとしては問題ないはずだ。
「テーブルも収納されていますから、必要に応じて出してください」
モニターやホワイトボートとは逆側の壁を指さしながら、菊田は続けた。たしかに折り畳み式の机が設置されていた。
「イスもテーブルも、走行中でも滑らないようになっているみたいです」
そこまで考えられていることに、少し安心した。
「この奥に、トイレがあります」
菊田は、後部のほうを示していた。たしかにそれらしい扉がついている。
「さらに奥には、収納倉庫もあるみたいです」
もう一つの扉が、その入口だろう。
こうして車内に立っていると、バスのなかは広いと感じてしまう。
「上にもいろいろあるみたいですね」
その言葉に誘わるように、ちょうど運転席の後ろに設置されている階段から登ってみた。ちなみに運転席は個室のように仕切りがされていて、それなりの広さが確保されているようだ。
二階は、一階と同じように座席はすべて取り外されている。普通のバスを改装したのだとすれば、だが。
一階よりは狭いスペースだが、やはりオフィスのような空間だ。
「そこにパーテーションがしまってあるそうです。それで囲めば、取調室にできる、と」
パーテンションは、壁際にたてかけるように置かれていた。
なるほど、二階は取り調べスペースか。
「あと、そこのロッカーみたいなのは──」
たしかに、ロッカーのようなボックスがある。
「そこが、留置施設みたいです」
「留置施設?」
なんのことだ?
理解はできなかったが、ロッカーを開けてみた。ひと一人が入れる空間が、たしかにあった。しかし、本当に一人しか入れないし、しゃがむことはできても、寝転がることは不可能だ。
「ここに被疑者を?」
菊田は、困った顔になっていた。
「あー、奥には仮眠室もあるそうです」
一応、警察署としての最低限の機能はあるらしい。
「これは?」
ちょうど中央部にボックス席のようなものがしつらえてあった。留置ロッカーよりは大きい。
「さあ……」
それだけは、菊田にもわからないようだ。
「入ってみればいいんじゃないですか?」
天井まで仕切りは続いているから、出入り口を開けてなかを覗くしかないようだった。
そこへ向かいはじめようとしたところで、また携帯が鳴った。
『そろそろ内見はすんだろう?』
「は、はい……」
『では、人選に入ってくれ。例のファイルを利用すれば、必要な人材がすぐにそろうだろう。あ、そうそう、必要になりそうなスキルをいくつかあげておくから、参考にしてくれ』
「……このバスで移動しろということですか?」
『それが警察署であり、移動手段でもある。では健闘を祈る──』
また一方的に通話が切られた。
「どこへ向かいますか?」
メールが入っていた。いま言っていた、必要そうなスキルについてらしい。メンバー候補にしたほうがよい特徴──と題がふられていた。
一、オートバイの運転にたけている者。
一、ドローンの操縦にたけている者。
一、あとはお好きに──。
以上のような文面だった。
結局、二つだけしかない。ほとんどこちらで選べというのとかわない。
それに、ドローンとバイクとは……。
このバスとはべつに、白バイを用意するということだろうか。
だいたいドローンについては、どうやってそんな特技があることを……。
「そうか……」
それこそ、例のファイルで調べればいいのだ。
紙のファイルではない。デジタル化されている。
正式名称は『警察法および地方公務員法における職員の特異事項備忘録』というそうだ。ただし本来の機能よりは制限されている。全国の警察官の裏データが閲覧できるものだが、蒼太が眼にできるのは警視庁所属の警察官だけになる。正確には、退職した警察官のデータも入っているそうなので、警視庁に所属したことのある警察官ということになるだろうか。
現時点において制限なく、すべての機能を使用できるのは、妹の朱里だけのようだ。そして、あくまでも地方公務員限定なので、蒼太のような国家公務員の情報は閲覧できない。
携帯でも利用できるから、すぐに検索した。たしか、調べたい名称・単語を入力すれば、関連する人物名が表示されるはずだ。
ドローンと入力したら、想像以上に名前が出てきた。趣味として操縦している人はそれなりにいるだろうが、ここまで多いとは。
ドローンですらそうなのだから、バイクについては、もっとたくさん候補がいるだろう。
菊田が、どこに向かうんですか?、と瞳で催促していた。
「足立区の千住署に向かってください」
「わかりました!」
初めての任務に、喜々として運転席へ移動していく。
ドローンとバイクのことは、とりあえず置いておく。まずは一番重要だと思える人材を確保することにした。このバスが警察署というのなら、事件を捜査するのに王道な部署──刑事課の人間を最初に引き入れるべきだろう。
千住署には、お世話になったことのある先輩刑事がいるのだ。
「到着しました」
蒼太はバスを降りた。千住署の前の通りは、けっして大きな道路ではない。大型のバスが停まれば、片側の車線を埋めてしまっている。しかも、すぐ先には東武鉄道とJRの踏切がある。
「ちょ、ちょっと!」
制服警官があわてたようにやって来た。
「こんなところに停車されたら──」
一般のバスだと思ったのだろうが、途中で車体に書かれている『警視庁』の文字に気がついたようだ。
「こちらの刑事課に用があります。交通整理をお願いします」
同業者にたいしてはあまりやらない行為だが、身分証を提示して階級を理解してもらった。
途端に敬礼が返ってきた。
千住署の署長がだれなのか把握していないから断定はできないが、階級は警視か警視正だろう。もし警視正であったとしても、この難解な任務が終われば、じき蒼太も警視正への道筋が整うはずだ。この任務に何年従事すべきなのか謎だが、かりに二年やれば、その後一年か二年を警察庁ですごして警視正に昇進することになる。そんな立場の自分に異をとなえる人物はいないだろう。
少し傲慢すぎる考えだが、こんなところで手間取るわけにはいかない。まだ職務をはじめるまえの、メンバー集めの段階なのだ。
「わ、わかりました!」
若い制服警官は了承してくれた。
安心した蒼太は、署内へ向かおうとした。
騒がしくなっていたのだろうか、玄関口から数人が様子を見に出ていたようだ。そのうちの一人が、興味深げな声をあげていた。
「だれかと思えば、キャリア様じゃないですか」
「古賀さん……」
年齢は、蒼太と同じはずだ。それだけでいえば同期ということになるが、大学を出ている蒼太と、高卒からの叩き上げでは、同期とは呼べない。階級では蒼太のほうが上だが、警察官としての経験では、まったく歯が立たない。
古賀と出会ったのは、まだ初任研修時代のことだ。
キャリア警察官は入庁後、警察大学校の初任幹部科で四ヵ月間の研修をうける。その後、短い交番勤務を経て、各警察署への配属となるのだが、それがおよそ一年間。その後、再び大学校へもどって一ヵ月の研修を終えると、警部に昇進し、管理職としてのスタートをきることになる。
いわばそこまでの一年半ほどが、初任研修という流れだ。そのわずかな「ひら」の期間に交流があったのが、この古賀だ。
当時は、警視庁捜査一課の若手有望株という存在だった。それはつまり、蒼太も捜査一課に配属されたということではあるが、キャリア捜査員がハードな仕事をまかされるわけもなく、当初は古賀と同じ班とはいえ、交流が深かったわけではない。
ある殺人事件の捜査でいっしょに聞き込みをする機会がめぐってきた。それまではもっとベテランの警部補がついていたのだが、たまたまその人が腰痛で休んだからだった。
同世代ということもあり、古賀は蒼太のことを特別あつかいしなかった。いや、同年代の警察官のほうが、普通は腫れ物あつかいするだろうか。とにかく、古賀は普通とはちがった。
その聞き込みの途中で、逃走中の犯人とでくわしたのだ。二人で協力して犯人を追いつめた。しかし犯人は拳銃を所持していた。
蒼太は、犯人から銃を突きつけられた。いま現在においても、あれほど危険な場面に立ちあったことはなく、死を覚悟した瞬間だった。
その危機は、古賀と蒼太の連携でなんとか脱することができた。古賀が犯人の気をそらしたすきに、蒼太が犯人の拳銃を奪い取ったのだ。そして二人して犯人を取り押さえた。
お手柄のはずだが、しかし二人とも上司から叱責された。古賀はキャリアである蒼太を危険なめにあわせたとして、管理官から。蒼太は同じキャリアの理事官から、そんな危険な役回りはキャリアの仕事ではないと説教された。
ともに叱られた同士、シンパシーを感じる仲になった。それからすぐに蒼太は警察庁にもどり、古賀は所轄署へ異動となった。
蒼太のほうは、キャリアとしての慣例どおりの異動にすぎない。が、古賀の場合はどうなのだろう。
警察組織は配置転換が多い。古賀の異動もその一環ではあるのだろうが、どうしてもあの件でペナルティをうけたのだと、蒼太はうしろめたい感情をもっている。
当の古賀本人は、どう思っているのだろうか。これまでに電話で何度か連絡を取り合っていたが、その話題については、おたがいが触れていなかった。
「もう警視正にはなったんですか?」
「まだまだ警視ですよ」
「でも、いずれは上がるんでしょう?」
よほどのことがなければ、キャリアなら警視正までは上がれる。そのさきの警視長へは、能力や成績が関わってくる。
それに対して、ノンキャリアの古賀が警視正になることはないだろう。もしなれたとしても定年間際にようやくなれるかどうかだ。
「で、警視様がどうしてこのような場所に? あの大層なバスはなんすか?」
「ぼくはいま、警視庁警務部人事第二課に所属しています」
「は、はあ……」
古賀の反応は鈍かった。普段、人事課の人間と会うことはないはずだ。実際に異動になるときも、人事課員とは書面でしか接点はない。
「署長に用事でしたら、案内はできませんよ。おれ、嫌われてますから」
思わず笑ってしまった。あのころから、変わっていなかったからだ。
「いいえ。ぼくが会いたかったのは、古賀さん、あなたです」
「おれですか?」
「古賀さんには、新しく立ち上げる警察署に来ていただきたい」
「え?」
一瞬で、眼が細められた。
「異動ってことですか?」
「まあ、そういうことです……」
「新しい署って、いったいどこに?」
当然の疑問だ。
「あれです」
「え?」
蒼太は、眼の前に停まっている二階建てバスを瞳でしめした。
「まだ名前は決まっていませんが、新しい移動式の警察署に来てもらえませんか?」
「……」
古賀は混乱のためか、しばし呆然としていた。
「刑事課からは、あなたを選びました」
「どうして、おれなんですか?」
「一番、ふさわしいと思ったからです」
そんな言葉で説得できるはずもなかったが、熱意だけは込めて蒼太は伝えた。
「……」
「受けてくれませんか?」
突然押しかけてこんな話をしても、普通なら断られる。冗談だと思われても仕方がないほど荒唐無稽な内容だ。
警察の人事とは、当然のことながら、もっと厳格に決められるものだ。
「……ま、おれにこれ以上の出世はないし、この署でも浮いてるし……」
「お願いできますか?」
「いいよ、おもしろそうだ」
本来なら、冒頭に出てきた妹・朱里が主役の『朱のファイル』をさきに投稿するはずでしたが、逆になってしまいました。つくりとしては、『朱のファイル』→『蒼のファイル』という流れが自然だったのに…。というか『蒼』のほうは、ぜんぜん完成してません。『朱』のほうは、ひと通り書き終えています。




