ep.5 "解呪異形"
「解呪異形…!」
ロジェロが呟く。
解呪異形
蠢くだけの呪いから解き放たれ知性を得た異形
普通の異形は本能と殺意だけで動くが
上位個体である解呪異形はわずかな自我を持ち
人間の騎士以上の戦闘勘を身につけている。
「やつは危険だ。私が相手をする」
ロジェロが一歩前に出て、静かに剣を抜く。
先に動いたのは解呪異形だった。
…速い…!そこらの異形とはまるで違う…!
異形と人間では身体能力に差がある
ロジェロは初動でその速さに押されるが
無駄のない動きで攻撃を《《いなし》》
敵の刃を紙一重で逸らす。
金属がぶつかり合い、火花が散る。
次第にその手数の多さに
ロジェロはじわじわと押し込まれていく。
すると突如、異形の動きが変わる
攻撃速度が緩くなり、踏み込むことを止め
守りの構えに変化した。
かかってこいと言わんばかりに。
舐めるな…!とロジェロの瞳に力が宿る。
受けて立つと言ったように技を繰り出す
"蓮撃"
無数の斬撃が近距離で炸裂する
相手の急所を捉える攻撃。
滑らかな足さばきとともに繰り出され
思わず見惚れるほど美しかった。
すごい…これが騎士の戦い
僕ら二人は圧倒され見ることしか出来なかった。
「中々入る隙が見つからねェ…」
アスノがそう呟くと
ロジェロは戦いながら返す。
「騎士の戦いに侵入するな…遊びではない。
私たちは命の奪り合いをしている」
その瞬間だった
異形は攻撃速度を速め、剣技を繰り出す
それはロジェロの剣筋とよく似ていた。
(この異形…瞬時に相手の技を…!?)
「!」
一瞬の隙を突かれ体勢を崩す
動きが乱れる。
解呪異形の剣が、ロジェロの剣を弾き飛ばす
斬撃が彼女の首元を狙って振り下ろされる。
「しまっ…」
その瞬間、アスノが白刃取りで受け止めた
握力で力任せにねじ止める。
「馬鹿!腕が切れるぞ!」
「ロジェロちゃんの言葉、気に入ったぜ」
「そうだ、俺もその覚悟で戦ってきた。
喧嘩は勝つか負けるかじゃねぇ…
生きるか死ぬかだ!」
刃を掴んだ手が血を流す
アスノは食いしばりながら
刃ごと異形を掴み上げ投げ飛ばした。
「…すまない、助かった」
荒い息を整えながら礼を言い
落ちた剣を拾う。
アスノは得意げに鼻をこすり
僕はロジェロが無事だったことに
ほっと息を吐いた。
張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
全員が油断していた時
投げ飛ばされた異形は暗闇で立ち上がり
いつの間にか再び構えを取っていた。
僕だけが瞬時にその気配を感じ取る。
「危ない!」
身体が勝手に動いた
僕は二人の前に飛び込み五発の斬撃を全て受け
視界が真っ赤に染まり、意識が飛んだ。
「シル!」「シル坊!」
不死身だからと言って
痛みが消えるわけじゃない。
(怖い…!怖い…!すぐに逃げたい…!)
そう思ってしまう自分もいたが
ここで一歩踏み出さなければ、僕は変われない…
斬られた傷は直ぐに癒えた。
何も失わずに戻る
組長の言葉が蘇る。
今の僕に出来ることは
派手に敵を倒すことでも
格好よく斬り伏せることでもない。
二人を死なせないことだ!
気絶しかける意識を無理やり引き戻し
僕は解呪異形へ正面から突っ込んだ
動きを読んだわけでもない
もちろん技もない。
ただ、全身の力を込めて飛びつき
その体に抱きつくようにしがみつく
異形の体勢が崩れる。
そのまま僕は自分の全体重をかけ
後方へ倒れ込んだ。
「よくやった、シル!」
"桜閃"
その隙にロジェロの一閃が、異形斬り裂いた。
~~~~~~~~~~
"センニンギリ"が音を立て地面に落ちる
アスノはそれを拾い上げ、ロジェロへ投げ渡す。
「ロジェロちゃん、それ持っとけ」
異形はゆっくりと近付いてくる
クソ…これでも倒せないのか…!
アスノはそんな光景を見ても
ふっと口角を上げただけだった。
拳を構える
「シル坊、カッコよかったぜ
ここから先は…俺に任せろ」
「これは、俺の試練だ」
その言葉に呼応するように
異形もまた静かに拳を掲げる。
アスノが一歩大きく踏み込み
豪快な右ストレートを放つ
しかし異形はその腕の下を
滑り抜けるように潜り込み
鋭いカウンターを顔面へ叩き込んだ。
こいつ…剣だけじゃなく喧嘩も強い…!?
おもしれェ…とアスノは血を豪快に拭う。
「解呪異形と人間のステゴロ!ノッてきたぜ!」
二人の拳が同時に突き出される
互いの顎へクリーンヒット
揃ってよろめき、白目を剥きかける
先に意識を取り戻したのはアスノだった。
異形の首を掴み、そのまま地面へ叩きつける
異形も即座に跳ね起き、鋭い回し蹴りを放つ
アスノはそれをあえてノーガードで受け止め
異形もまた
アスノのアッパーを真正面から喰らう。
凍える洞窟の空気が、二人の熱気に包まれる
拳と拳がぶつかる音が洞窟に響いた。
血が飛び散る。
思わず息をすることすら忘れていた。
やがて異形は後ろへ下がり
不思議な間合いと構えを取った
それを見た瞬間、アスノの目が見開かれる。
「双竜拳…!」
「なるほど…オヤジも過去にこの洞窟に来て
お前と戦ったとみた…よし見せてみろ」
異形が見せる構えは双竜拳
その名の通り双竜組に代々伝わる技
過去に組長と戦い真似たものだと考える。
アスノは歯を食いしばる
異形は拳を青く光らせる
まるで二匹の竜が空を裂いて
飛び出してくるかのような一撃。
その衝撃に稲妻が走る。
アスノはそれを避けることなく真正面に食らう
腹にめり込み、血が口から噴き出す。
しかしその顔は笑っていた。
「おい異形、覚えておけ
古い双竜拳なんざ、俺には通用しねぇ」
血を拭う。
アスノの全身が揺らぐ
その時のアスノの目には竜が宿っていた。
「これが、新時代の双竜拳だァ!!」
咆哮と共に踏み込む
黒い竜がアスノの拳から飛び出したかのように
異形へ噛みつく。
轟音と閃光
衝撃波が洞窟を駆け抜け、足元の石が飛び散る
異形の右腹部と左腕が跡形もなく消し飛ばした。
異形はやがて力なく崩れ落ちる。
「解呪異形、お前今日から俺の舎弟だ…!」
アスノはボロボロになりながらも、笑顔だった
初めての解呪異形との戦い
僕たちは無事、命の奪り合いに勝利した。
その後アスノは腰を擦りながら
ヘルニアが悪化した…と涙目になっていた。
そんな彼を見て
命懸けの死闘のあととは思えない光景に
張りつめていた胸の奥が、少しだけ緩んだ。
~~~~~~~~~
僕らは双竜組の本部へ戻った。
ボロボロのアスノを見て
門番の男たちが一瞬目を丸くする
すぐに道を開ける。
大広間。
組長は座り、腕を組んだまま
僕らを見下ろす。
ほんの一瞬だけ視線が"センニンギリ"に移り
すぐに僕らへ戻る。
「…アスノの同行を認めよう」
たったそれだけ。
驚きも称賛もなく、まるで「それが当然だ」と
言わんばかりの顔だった。
やった…!
これで、僕らの旅の仲間に
心強くてうるさくて
頼もしすぎる男がひとり加わった。
アスノは隣でニヤリと笑い
拳を軽く突き出してくる。
組長はぽつりと話し始める。
『双竜組先代は、かつてあの洞窟で
"センニンギリ"の試し斬りを行なっていた』
重い声が、静かな部屋に響く。
『しかしその最中
洞窟に潜んでいた異形に襲われ命を落とす
以来、その刀を奪い取り
洞窟に居座り続けるサムライのような
解呪異形が現れた』
「国を変えると言っていたお前らには
朝飯前だっただろう?」
組長はわずかに口の端を吊り上げた。
僕は思った
正直…命を落としてもおかしくなかった
アスノがいなければ、ロジェロがいなければ
僕ひとりでは何も出来なかっただろう。
あの解呪異形ひとつに苦戦していては
とても国なんて相手にできない。
拳を握る。
皆の足を引っ張らないように…
不老不死に甘えず
この力に見合うだけの強さを
手に入れなければならない。
ここはただの通過点…
そう自分に言い聞かせながら
僕はもう一度
"センニンギリ"の銀色に輝く刀身を見つめた。




