ep.25 "異形人間"
その名を聞いた瞬間
空気が一段階重くなった気がした。
「…北極星の四季の、息子…!?」
ロジェロは息を飲む。
ゲイルという男は
ただのヤクザの頭なんかじゃない
この国の頂点に近い場所と
深く繋がっている存在だった。
そんなやつが…この町を…
カナは小さい手を握りしめてこちらを見る。
「わしは…ゲイルを説得して取り戻したい
双竜組…いや、旅の者たちよ。
どうか協力してはくれんか…!」
先生はやれやれといった顔で
その様子を黙って見つめていた。
いきなりのお願いに戸惑いはしたが
ここまでの話を聞いてしまえば…
答えはもう決まっていた。
困っている人間を見て見ぬふりなんてできない。
僕らは虎牙組を倒し、バーサの町を…
ゲイルを取り戻す
自然と心がひとつにまとまっていった。
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「…ところで、この家に二人で住んでるのか?」
ふと気になって尋ねると
カナと先生はそろってうなずいた。
「うむ。ゲイルと住んでいた家は壊されたのでな
今はここに住んでおる。わしと先生の家じゃ」
「ええ。二人で暮らしています」
「…」
僕らが一瞬、言葉を失って黙り込むと
先生が慌てて両手をぶんぶん振った。
「ご、誤解しないでくれ。
僕は決して少女愛好家ではないから!」
「先生、わしはもう五十六じゃぞ」
「その情報を今ここで出すのは
やめてくれないかな…」
僕らは固まる。
「…五十六?」
思わず聞き返すと
先生はまたため息をつき
こちらをまっすぐ見た。
「…君たちを信用して
すべて話そうと思います」
カナも頷く。
「彼女は見てのとおり子どもの姿ですが
年齢は五十六歳です」
頭の中で、数字がうまく結びつかない
先生は淡々と続けた。
「カナは、国が管理している
"異形研究所"から逃げ出してきたんです。
そこでは…
異形から人間を作り出す研究が行われていた」
異形から…人間をつくる…
「カナはそこで生み出された
元異形の人間なんですよ」
…なんだ、それ…!?
カナは腕まくりをする
次の瞬間、彼女の肌が
ざらついた黒い皮膚へと変質していく。
腕だけでなく、全身の皮膚が
異形の皮膚へ変わり
小さな異形へと姿を変えた。
「…!」
僕らは言葉を失う。
異形といえば
あの忌まわしい怪物たちの総称…
さっきまでの少女カナは
人間よりもよほど人間らしい表情をしていた。
だけど今…
僕らの目の前にいるのは紛れもない異形だ。
「異形…人間…」
先生が静かに説明を続けた。
「表向きは異形の生態調査という名目ですが
実態は国家ぐるみの闇です。
異形を人間へ変えたり
人間に異形の能力を埋め込んだり…
非道で倫理に背いた人体実験が
日常的に行われている」
「すべては、国の戦力を増やすため…」
元異形の人間
信じられなかったが
目の前に存在している
僕らは嫌でも信じるしかなかった。
「そこで作られたカナは
どうにか研究所から逃げ出し
この町にたどり着いた。
そこで、同じように
孤独だったゲイルと出会ったんです」
孤独だったカナと、孤独だったゲイル
二人は欠けた心を埋め合うようにして
家族のように暮らしていた。
ロジェロの故郷のことが、ふと頭をよぎる
家族のような絆と…失われた日常。
なぜゲイルはそんなカナを裏切り
虎牙組に戻ってしまったのか…
その理由は、誰にもわからない。
だが、このまま理由も知らないまま
「さようなら」なんて、あまりにも救いがない。
それに、町がこのまま
虎牙組の支配下に置かれれば
人々は踏みにじられ
酷い目に遭うだろう
なおさら見過ごすことなんてできない。
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出発の準備のため
カナは僕らを連れて、再び武器屋を訪れた。
僕らの服や武器は
ここまでの旅と戦いですっかりボロボロだ
虎牙組との戦いに備えて
装備を整えろとカナは言う
「わしの我儘で
面倒ごとに巻き込んでしもうたからな…
これはお詫びじゃ」
そういって少ない金貨を僕らに渡してきた
最初は断ったが、カナは頑として引かない
結局…ありがたく受け取ることにした。
ロジェロは新調の鎧とより硬質な剣を選んだ
一方でアスノは…なぜか腕輪を買っていた。
「それは防具?なんか重そうだけど…」
「これ、修行の道具だってよ。
これ付けて日常過ごして
戦う時に『本気出すか…』て外したら
めっちゃ強そうじゃねェかァ?」
漢の考えることは本当に理解しがたい。
武器を眺めながら僕は呟いた
「北極星の四季の息子…僕らに倒せるかな…」
「安心しろ、ゲイルは───」
カナの言葉を遮るように
店の入口の方で
バタバタと慌ただしい足音がした。
振り向くと
先生が息を切らしながら店内へ飛び込んでくる。
「ゲイルが…この町に来た!」
その一言で店の空気は一瞬にして張り詰めた
僕らは何も言わず、同時に店を飛び出す。
「あっ…!お客さん!お金は!」
背後から店主の悲鳴が聞こえるが
カナが振り返りざま叫んだ。
「虎牙組をやっつけるから
それで勘弁してほしいのじゃ!」
店主は頭を抱える
僕らは町の門へと走る。




