ep.19 "伝説のババァ"
空いた穴から霧が抜け
白かった視界がゆっくりと晴れていく。
アゴニは目を見開いたまま固まった
「ツ、ツワブキ…何故…毒は…?」
ツワブキは肩を回しながら言った
「ああ、毒…あんなもん、効かんよ」
その口調は淡々としているのに
背筋が冷えるほど重い。
「全盛期なら一瞬で分解できたんだがねぇ…
歳をとると、体の巡りが鈍って困るよ」
ぼやきながらも、その眼光は鋭い。
「ブラム様が…莫大な金をつぎ込み…
山をくり抜いて造った
絶対に壊れない牢を…どうやって…!」
「ぶっ壊した」
短い言葉が、恐ろしく響いた
…これが"伝説のババァ"!
ツワブキは兄弟を見下ろし
ゆっくりと息を吐いた。
「やっぱりブラムの仕業か
私の可愛い子ども達を…
こんな目に合わせやがって…」
そして言葉が冷たく刺さる
「覚悟は…できてんだろうな」
次の瞬間
アゴニは岩石のような一撃を受け
床にめり込み、そのまま動かなくなった。
ツワブキはすぐに
弾丸が撃ち込まれ
傷だらけの二人の元へ駆け寄った
「ゼラ…ユーリ…こんなになって可哀想に…」
震える手で、優しく頬に触れる。
痛みに顔を歪めながらも
弱々しく笑う二人。
「大丈夫だよ…絶対に死なせないからね」
その声は、戦士ではなく母の声だった。
「…ほか二人も来てるんだろ?」
ゼラが頷く。
ツワブキはゆっくり立ち上がり
拳を握りしめた。
「よし。じゃあ助けに行こう。
私の可愛い子を…取り返しにね」
そして、ニヤリと笑う。
「もうここまで来たら仕方ないね…
…全員でフジの町に革命起こすよォ!!」
いつも優しいツワブキ母さんが
ふと、昔の血の匂いをまとった気がして
…ちょっと怖かった。
ツワブキ母さんに状況を伝える
ロジェロとマリーは
地上二階でまだ戦っていると。
ツワブキは二人を両腕で抱え込み
足に力を込めた。
「掴まってな」
地面が鳴った。
次の瞬間天井へ向かって一直線に跳び上がる
分厚い石天井が連続して砕け
三人の身体が煙のように縦へ走った。
一階天井を破り…
さらに二階の床まで突き抜け…
ショートカットで戦場に躍り出た。
そこに見えた光景は
解呪異形の巨大な腕が
今まさにロジェロとマリーを
攻撃しようとしている瞬間だった。
「ツワブキ母さん!?」
ロジェロが叫ぶより早く
ツワブキはその腕を片手で掴み
逆の手で思い切り引き裂いた。
千切れた腕が空中で跳ね
異形はのたうち回る。
突き破った穴から、地下の毒霧が外へ抜けていく
ロジェロとマリーは涙を浮かべた。
ツワブキは静かに一歩前へ出て
謎の構えを取る
その瞬間…空気が震えた。
身体の周囲を雷が奔り、竜の形を象る
さらに炎が滾り、虎の咆哮のように揺らめく。
ロジェロ達は息を呑む。
「…竜虎覇道……!」
轟音と閃光が重なり
雷竜と炎虎が同時に吼えながら突き抜ける。
異形は抵抗する間もなく
壁にめり込み動かなくなった。
四人はただ呆然と立ち尽くす。
母は…強すぎた。
~~~~~~~~~~
息を整える間もなく、ツワブキは言った。
「まだ安心すんじゃないよ…
あのブラムを倒してからだ」
ロジェロもマリーも再び顔つきを引き締める。
その時、三階へ続く階段から足音が降りてきた
ゆっくりとした、耳障りな拍手。
「いやぁ…素晴らしい。
まるで絵画のような家族の絆だぁ…!」
降りてきた男、町長ブラムは
金色の服を身にまとい
下品なまでの富の匂いを漂わせていた
卑しい顔をした男だった。
「ブラム……やってくれたねぇ」
ツワブキの顔に、再び怒気が浮かぶ。
しかし、おぉ怖い怖い…という表情でニタっと
気味の悪い笑みを浮かべ余裕そのものだった。
「ところでツワブキさん…
あなたの子ども達はね…
全員、私の毒に犯されている」
場の空気が止まる
「あなたは分解できたみたいだが…
他の子は…どうかな?」
ツワブキは言う
「お前を倒して…治す方法を吐かせるよ」
ブラムは鼻で笑った
「治す方法は…薬しかない
私は解毒剤を持っているが…
だが…そう簡単に渡すと思うかね?」
ツワブキは黙って睨みつける。
笑いながら続ける
「私を殺しても無駄だよ…
薬の在処は死んでも言うつもりはないし
国がすぐに回収する。
なぜなら"指名手配犯ロジェロが毒にかかった"
…その事実から
薬があることが国にとって脅威になるからな…」
ロジェロの拳が震える。
「そして既に、私は国に情報を伝えている」
ツワブキの口から低く漏れる
「…クソ野郎……」
ブラムは嬉しそうに言った
「この薬が欲しければ
──あなたの命と引き換えだ」
ロジェロが叫ぶ
「ツワブキ母さん!
こんなやつの言うことなんて聞くな!
毒なんて…山の薬草を試せば…
どれかで治るはずだ!」
ブラムは腹を抱えて笑う
「そんな甘い毒ではない…
奇跡なんて起きない
これは私だけが作れる毒だ」
ツワブキは一度だけ息を吐き
ゆっくりと、ブラムへ歩み寄る
ロジェロたちの制止を背中で受け止めながら
抵抗することなくその場に膝をついた。
「私みたいな老いぼれ一人で…
可愛い子供達の命が助かるなら、安いもんだよ」
その背中は一切震えていない
覚悟を決めた者の顔だった。
ブラムは口角を上げ
わざと明るい声で言った。
「…残念だったなぁ」
次の瞬間
ツワブキの背に刃が沈んだ
ロジェロたちの叫びが響く。
ツワブキは声を上げない
ただ前を見つめたまま
少しだけ微笑んでいるようにさえ見えた。
ブラムはまるで楽しげな踊りでも始めるように
鼻歌を歌い出す。
そしてそのリズムに合わせて
刺し…
抜き…
刺し…
抜き……
淡々と狂気そのものの動作を続けた…
血が床に滴り、音を立てて広がっていく。
ロジェロたちは泣き叫びながらも動けない
ツワブキの身体がたび重なる刃で沈んでいく。
家族の心が、粉々に砕けていく音がした。




